74 ロアク
ロアクのフルネームは、只の「ロアク」だった。名付けたのはホズアデク男爵。何故ならロアクは男爵が、妾ですらない只の使用人に産ませた子だからだ。
使用人だった母は事故で亡くなるまでロアクの父親の素性を誰にも語らず、ロアク本人ですら聞かされなかった。
そういう事情で只の住み込みの使用人の子として育ったロアクだが、一人になった時、背後関係を調査されて父親が発覚した。おかげでロアクは孤児院に放り込まれず、そのまま母と暮らしていた部屋に残された。
ロアクは男爵家の家族たちと殆ど関りがないので特に虐待もされず、と言って男爵の子として優遇もされなかった。そして使用人だった親がいないにも関わらず、引き続き使用人の子として他の使用人たちに育てられた。
中肉中背。容姿は良くも無く悪くもない。良くある茶色の髪が癖毛なのが唯一の特徴というくらい、際立った特徴がなかった。ただ、そのまま育てば、育ちは特殊でも、普通に男爵家の使用人になっていた筈だった。
ある時、男爵家が探索者ギルドから魔物肉を1頭分丸ごと購入した。その際、ロアクも厨房で料理人を手伝って解体した。
当然、毛皮も内臓も処理されている筈が、何故か内臓がついたままだった。原因は恐らく男爵が物凄く急がせたせいだった。
それでも誰かがちょっとでも確認すれば回避できる筈が、誰も確認しておらず起こってしまった事故らしい。
その魔物肉の内臓から偶然、魔石を発見し、ロアクが何かおかしいと言うので使用人頭が処分に迷い、男爵の側近に報告した。
魔石は実は魔法石であると分かり、大騒ぎになった。ついには男爵にまで話が伝わり、男爵はロアクに興味を持った。
男爵が魔法使いを招いて調べると、ロアクは魔法使いとして才能があると分かった。その魔法使いから暫く訓練を受け、ロアクは急速に才能を開花させた。
そしてロアクが手に入れた魔法石は奇跡的にも「隠形」の魔法と「透明化」の魔法、さらに「認識阻害」の魔法が入った魔法石だった。
ここまで隠密行動に特化した魔法石を持つ魔物が狩られたこと自体、奇跡的だったし、この魔法石を調べた魔法使いが調べた結果を正直に報告した事もまた奇跡的だった。
ロアクを短期間教えた師匠であるその魔法使いは「今の生活に十分満足している」と言って笑った。
魔法石とロアクの才能の事を知ると、ホズアデク男爵はロアクをロアクと名付けた。以前の名前は捨てさせた。そして屋敷の警備や自分の護衛を任せるようになり、稀に暗殺を指示するようになった。
ロアクは基本的にまじめな性格だった上、才能があり、師匠が良かったせいで、たとえ相手が魔法使いであっても気配や魔力反応を微塵も悟られないほどの隠密特化の魔法使いに成長していった。
ロアクはすっかり男爵の切り札となり、男爵家の周辺に放たれた間者を秘かに始末する事がメインの仕事になった。そして時折、訳を聞かされず標的を伝えられると個別の暗殺を行う。
今は望めば殆ど何でも与えられるし、貴族なみの食事も与えられ、仕事一件毎の報酬もそれなりの額だった。
ロアクには自分の境遇や今の待遇に特に不満はなかった。ただ、気に入っている訳でもなかった。
自分の父親が男爵であると知ってから、今まで一度も愛情や家族の情を示されたことは無い。放りださずに育ててもらった事や、それなりの好待遇がそれ(愛情)にあたると言われればそうなのだろう。
だが、男爵から感じるのはお気に入りの道具、あるいはお気に入りのペットに対するような愛着だけだったので、ロアクも男爵に対して愛情や家族の情、忠誠心を感じたりはしなかった。
ロアクが感じていたのは使用人としてはまともな待遇を与えられ、仕事以外は無関心であまり束縛や干渉をされなかった事への感謝だった。
そんな訳で、ロアクは男爵の事を父親ではなく、仕事先のボスと認識していた。好きでも嫌いでもなかった。待遇には不満はないが過剰な感謝もない。自分もそれなりの成果は出していると思っていたので、当然の報酬を貰っているという意識だった。
そして、男爵からの新しい指示は、少女2人の抹殺だった。
リヴァーディアの用意する会談の場で標的の少女2人の顔を確認し、隙が出来るまで見張り、出来ればリヴァーディアの街の外で殺すようにとの指示だった。
別に標的が老若男女のどれであろうと、ロアクは今更、気に病んだりしないし特に感慨も無い。ロアクにとっては只の仕事の1つでしかないからだ。
男爵の指示通り、男爵についてリヴァーディアの領主館へ入り込み、豪華で煌びやかな応接室の見える庭園の片隅で標的の少女2人をジッと待った
男爵によれば、少女2人も魔法使いで、なおかつ、過去に魔法使いと戦い相手を殺しているという。実力はそれなりに高いと予想できるが、実際にどの程度かは見てみなければ判らない。
ロアクはまずはしっかり距離を取り、会談の間に徐々に近づきつつ、少女たちの実力を計る事にした。
視線の先で小さく見える男爵が扉から応接室に入り、豪華な椅子に座る様子が伺えた。会談が始まったようだ。
ロアクは少しずつ慎重に距離を詰めて行く。既に少女2人の魔力探知の範囲内のはずだが気づかれた様子は無い。もう一つ別の魔力探知も発動していた。そちらはリヴァーディアの領主が抱えている魔法使いかもしれないが、そちらにも尻尾は掴まれていない自信があった。
それなりに時間を掛け、ついに応接室の扉の外まで接近出来た。誰にも存在を気づかれていないはずだ。
その時、応接室の扉が開き、中から10歳前後の少女2人が出て来た。標的だ。
だがその時、予想外の事が起きた。
ロアクの目に映った、2人の少女たち。その2人のうち前を歩く少女が、あまりにも美しかったせいでロアクは一瞬だけ、目を奪われた。
その瞬間、ロアクの魔法制御が僅かに乱れ、ロアクが見惚れてしまった少女に僅かに気配を察知されてしまった。
ロアクはすぐに気を取り直し、完璧に魔法を制御し直す。
少女は警戒し、もう一人の少女をそれとなく庇いながら魔力を制御する。それはいつでも魔法を発動する準備だった。そうしながら馬車に乗り込み少女たちは去って行った。
ロアクは驚いた。あんな幼い少女に見惚れて魔法制御をしくじった自分にも、その僅かの間の綻びを察知した標的の少女にも。
自分の失敗が原因とは言え、ロアクは標的に僅かでも気取られたのは初めてだった。そして、魔力を感知するのも隠すのも得意なロアクは、少女の魔力制御を感じ、標的の少女が恐ろしい程の腕利きの魔法使いだと実感した。
自分が全力で挑めば殺せるとは思う。思うが、実際には相手の魔法次第で無理かもしれない。ロアクがそう感じた相手は今まで1人もいなかった。
「――何か、馬鹿バカしくなったな……」
ロアクは思わず独り言ちた。何故、あんな強敵と命がけで戦わなくてはいけないのか。ロアクはこの仕事にこれっぽっちも誇りや拘りを持っていなかった。
しかも男爵の為に命を懸けるなど、正直ありえない。ロアクにとって男爵はちょっと金払いの良い雇い主でしかない。
恐らく男爵は、ロアクに破格の待遇を施しているつもりだろう。ロアクもそれは察していた。もしかしたら親としての愛情すら注いでいたのかもしれない。
だがロアクにとっての愛情の基本は使用人だった母から受けたごく普通の愛情だ。男爵の示してくれたものはロアクの基準に全く満たない。
しかも、あんな綺麗で可愛い子を殺すなんて――。
だいたい、元を正せばミゴスカのほうが思い通りにいかなくてキレて暴れてあの子に迷惑をかけたのだ。そのミゴスカを殺したのはロアクだが命じたのはミゴスカの父親だ。あの子が死ななきゃいけない理由が何もない。
「――よし、やめた」
元々、そろそろ辞めようと思っていた。自分は所詮、セコい宮廷専門の暗殺業者だ。戦う力は普通の人とほぼ変わらない。だが、逃げ隠れするなら男爵には絶対見つからない自信がある。なんなら、誰にも知られずにいつでも男爵の屋敷へ自由に出入りできる。
この事がきっかけで、ロアクはホズアデク男爵と一方的に決別し家を出る事を決めた。そして一度、自分の荷物と貯めていたお金を取りに男爵邸の自室に戻り、そのまま男爵と今までの自分を捨てたのだった。
☆
後日。いつまで経っても報告に戻らないロアクにかつてない程イラついていたホズアデク男爵ログイール・ホズアデクはリヴァーディアに放っている間者からの報告で、ミラとロナの生存を知って怒り狂った。
そして男爵が抱えている間者組織の長にロアクの捜索と捕縛を命じた。だが、待てど暮らせどロアク確保の一報は届かなかった。
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