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72 ホズアデク男爵

 ホズアデク男爵――ログイール・ホズアデクは一部ではやり手として、一部では悪徳貴族として名の通った人物だった。

 

 実際ログイール・ホズアデクは「悪徳貴族」と言っていい程には善良ではなく「やり手」と言っても鼻で笑われない程には無能ではなかった。

 

 そして一番有名なのが「子だくさん」であるという事実だ。貴族は血を絶やす事を嫌うとはいえ、明らかに必要をはるかに超える、多くの妻子を抱えていた。

 

 貴族であっても仲睦まじいことで有名で、側室も妾も置かない夫婦もいる。

 

 ホズアデク男爵の場合はその真逆であり、平民が思い描く「貴族らしい貴族」だった。

 

 それぞれの妻子にいちいち愛情をかけたりはしない。その時々で気に入った妻だけに愛情を注ぎ、その妻の子供だけは何とか恩恵を受ける事が出来た。

 

 そんなホズアデク男爵なので、正妻の子であってもミゴスカに特別に愛情を注いだりはしなかった。と言うかほぼ放置していた。

 

 ある時、ホズアデク男爵が周辺領地に放っている間者から耳を疑う報告があった。

 

 ミゴスカが隣領のリヴァーディアの街で暴れて捕まり、監獄塔に拘置され、取り調べを受けているというのだ。

 

「――脱出の手引きは出来んのか?」 

 

「リヴァーディアの監獄塔は砦の中に隔離されています。看守や護衛を抱き込むにしても相当の時間と費用が必要かと……」 

 

「奴は名を名乗っているのだな?」 


「は、ミゴスカ様は常に次期ホズアデク男爵と名乗っておられました。その事を誇りに思っておられましたので……」


 ならばなぜ、その立場について少しでも考えてみようとしないのか。側近の男はそう思ったが当然口には出さなかった。

 

 ログイール・ホズアデクが今までミゴスカを継嗣としていたのは正妻の一族との契約のようなものだ。問題がない限り、ログイールがその座を揺るがせることは無かっただろう。


「――仕方ない。ロアクを呼べ」


「は、只今」


 側近の男は、ホズアデク男爵の傍を離れると、部下を伝令に走らせた。

 

 ロアクが呼ばれるという事は、ミゴスカが切り捨てられるという事だと、側近の男は理解していた。

 

 ホズアデク家の実態は商家の集合体のようなものだ。これでまた家内の勢力図が変わるだろう。近い将来、別の商家出身の妻子が「正妻」と「嫡子」になる。

 

 しばらくして部下が一人のまだ若い男を連れて戻ってきた。これほど早く戻ってきたのは、ロアクが男爵邸に自室を与えられているからだ。

 実のところ、ログイール・ホズアデクが誰よりも信頼して傍に置いているのが、一族の誰でもなく、このロアクという男だった。

 

 側近の男は、ロアクがログイール・ホズアデクの子飼いの暗殺者であると察していたが一族の者として扱っていた。

 

 側近の男はロアクを引き連れて男爵の側へ戻った。

 

「来たかロアクよ。久々だな、息災であったか?」 

 

「はい」 

 

「怠りなく鍛えておるか?」 

 

「はい」 

 

「良し。ならば仕事だ。ミゴスカがリヴァーディアの監獄塔に捕らわれた。行ってやってくれ」 

 

「はい」


 ロアクは短く返事をすると、踵を返し男爵の前から去って行った。

 

 側近の男はそれで終わったと思った。だが、意外にも男爵の微かな独り言が耳に届いた。

 

「馬鹿者が――何故名を名乗ったりしたのだ……」 

 

 それは、側近の男には「名を名乗りさえしなければ助けてやれたのに」という意味に聞こえた。事実、これまで何度もミゴスカの悪事は揉み消されていた。

 

 だがそもそも何故ミゴスカは家名まで名乗った上で狼藉に及んだのか。おそらく家名を名乗らず捕まったのならログイールは精鋭を送り込んででも救い出しただろう。

 

 なのになぜこれから悪事を行うという時にわざわざ己の名を名乗ったのか――今までそれで上手く行っているからだ。そしてそもそも悪事とは思っていないからだ。

 

 正直、側近の男にとっては、ミゴスカというホズアデク家の恥部とも言える男が跡を継がない事は朗報でしかなかった。だが、表面上は感情を消し、頭を下げた。

 

 やがて側近の男が別の用事で離れると、ログイールは独りになった。その顔には強い怒りの表情が浮かんでいた。

 

「――仇はとってやる」 

 

 

 ☆



 10日ぶりにリヴァーディアに戻った私とロナは、いつもの北街門をくぐって街の中に入った。

 

 その足で向かったのは宿でもギルド会館でもなく商人街だ。理由は資材の買い出し。

 

 何かとよく使うサラシや、買っておけば何かの時に役立つであろうあれこれを補充したり、新しく買ったりするほかに、新しく大きめの布を買う事にしたからだ。

 

 というのも、この10日間、拠点の箱の床で眠ったが、宿の長期宿泊でベッドで寝る習慣が付いていてあまり快適には眠れなかった。帰る頃になってベッドも魔法で作れば良かったとようやく気づいた。

 

 そしてどうせなら固いベッドでは無く柔らかいベッドで寝たいという事で、ベッドに厚めの布を入れることにしたのだった。

 

 ただ、ベッドを設置するには今回作った箱では小さいのでもう少し大きくする必要がある。そして箱を大きくしてベッドを入れるならついでに他の家具も作って設置したい。

 

 そんな事を考えながら布団や綿入れ、家具や小物、そして引き続き各種工作道具や変わった素材なんかを買い込んでいると、門の兵士が走ってきた。彼の視線は間違いなく私とロナに向けられている。

 

 どうやら帰ってきて早々に、厄介事を持ち込まれるらしい。

 

 あの兵士がイキナリ私を攻撃することは無いと思うが、一応、立ち上がって待ちうける。私の勘違いでそのまま通り過ぎて走り去ってくれたら嬉しいな~、と思っていたが兵士は真っすぐ私たちの前までやってきて立ち止まった。

 

「ミラ様、ロナ様にご領主様から招集がかかっております。良ければ市場の外に馬車をまたせてありますので――」 

 

 その若い兵士とは顔見知りだが直接話をしたことは無い程度の関係で、そのせいか異様に緊張した様子で固い喋り方だった。

 

 彼は只の伝令なので、彼にごねても仕方がない。私は頷いて、ロナと一緒に伝令の兵士の後について馬車に乗り込んだ。

 

 二人しかいない馬車の中でロナが小さくため息を吐いた。

 

「――何かこの街に来てから、超忙しいね」 


「ホントにね」 

 

 以前いた街、モンテシエラでも毎日のご飯を得るため忙しかったが特に誰とも絡む必要はなかった。毎日、ロナと少し話す程度で後はひたすら一人で森と貧民街をうろついていた。

 

 私はこういう人付き合いのような忙しさは苦手だ。ロナはそうでもないのかと思っていたが、口ぶりからするとロナも少しは疲れているのかもしれない。

 

 だがまあ、カレーは売れると分かったし、自分達で拠点も作れるようになった。せっかく街にも少し慣れたし、決定的に嫌になったらいつでも森に逃げれば良いのだから、それまでは頑張ってみるつもりだ。

 

 ロナも私もわざわざこの場で話すような適当な話題もなく、黙って馬車に揺られた。そしてしばらく経って、馬車は領主館に到着した。

 

 正直、私とロナなら自分で走った方が断然速いが、そうされると仕事が出来ずに困る人達が居るんだろうから私たちは大人しく馬車で運ばれた。敵対していない限り、あまり無関係の人を困らせたくはない。

 

 馬車を出迎えたトルストイさんに連れられ、私とロナは前回も来た、小規模だが贅を尽くした応接室に入った。そして今回はお茶やお菓子を振舞われる暇も無く、ホントにすぐに領主が側近を引き連れてやって来た。

 

 私とロナが領主と対面する形で座ると、相変わらず嫌な顔をしている側近もいたが、もう慣れてしまった。

 

 そして使用人からお茶が給仕されると、領主は人払いをした。使用人だけでなく彼の側近も護衛も出て行くよう言われ、皆、不満そうに出ていった。残ったのは領主とトルストイさん、私とロナだけだった。



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