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71 街へ

 翌朝。朝食と朝の儀式ルーティーンのあと、ロナと二人で念入りに魔力探知で確かめ、周囲にデカい魔物はいないと結論してから塔の外に出た。――実は内緒でヨーコにも頼んで確認してもらった。

 

 巨大蜘蛛は当然、肉食だろうし、毒もあるかもしれないし、糸は厄介だし、外皮――甲殻は堅そうだし、棘もあるし――要するに、超怖かったからだ。

 

 幸い、もう近くにはいないようだが、塔には移動に使ったのか少しだけ蜘蛛の糸がかかっていた。

 

 元々、この塔は解体せず置いていく予定ではあったが、下手に解体して蜘蛛の糸を刺激すると、巨大蜘蛛が戻ってきそうな気がして、改めて放置確定だった。

 

 この辺りがあの巨大蜘蛛の縄張りだとすると、隠れ家を設置するにはなかなか怖い場所かもしれない。ただ、それなら他の場所はここより安全なのかと言えばそこだって中層だ。安全である保証は全くない。


 塔を出た後、1階の扉を潰して壁と一体化させる。これで壁を突き破らない限り中には入れない、はずではある。


 私とロナは街までの新たな道を開拓するのはやめて、来た道を西へ戻り、岩山地帯が見えたところで南に下った。


 行きとは逆に、森の木々が小さく細くなったら浅層に戻ってきた証拠だ。上を見上げれば見事な木々の断層がある。初日に塔を設置した場所を通過しようとした時、突然、こちらに近づいて来る魔力反応を探知した。


 気を抜いていたわけではないし、常に魔力探知をかけてはいたが、かなり近づかれるまで探知できなかったらしい。


「ロナ」


「ん?」


 ロナはキョトンとしている。まだ探知出来ていないらしい。私はロナに魔力反応の事を伝え、移動を止めて待った。

 

 私たちが待ち構えているのは分かるはず。これで近づいて来るなら相当フレンドリーか、逆に殺す気満々か、そもそも魔力探知できない人か――しかし中層付近まできて魔力探知も気配察知も出来ないとか、それはそれで大丈夫なのか。

 

 10分ほど待つと、草木をかき分ける音と人の気配が近づいて来た。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……ん、あれ?」 

 

 木の影から姿を現したのは、まさかのアウレリアスだった。

 

「え……」 


「おー?」

 

「やぁ君たち、奇遇だねぇ!」 

 

 困惑する私とロナをよそに、アウレリアスは元気よく挨拶してくれた。確かに奇遇だが――。

 今日も見た感じ、護衛や同行者がいるようには見えない。領主の長男が護衛も連れず、一人でこんな所まで?それだけ探索者として優秀なのかもしれないが――。

 

「こんにちは。アウレリアス様はどうしてこんな奥地まで?」 

 

「もちろん来たかったからだよ。実は昔から巨木の森の珍しい動植物にとても興味があってね♪――私が探索者になったのは、元々は身体が少し弱いせいで父上の跡継ぎとして皆の信頼を得られなかったからだと思われている。それも間違いじゃないんだが、そもそも私は、後継ぎにふさわしくないんだよ」 

 

「という事は、今日は植物採取ですか?」 

 

「いやぁ、採取はほとんどしないよ。重くなるし帰るまで鮮度が持たないからねぇ」


 アウレリアスはそう言って背負っている鞄から大きな長方形を取り出した。それを渡されたので開いてみると、たくさんの紙が閉じられた紙束で、1枚1枚に植物の絵が描かれていた。

 

「おー!?」


 ロナが目を丸くして驚いている。とても上手くて私もビックリした。 

 

「メチャ上手いですね」 

 

「そうかい?そう言ってもらえると嬉しいよ」


 アウレリアスはホントに嬉しそうにニコニコして鞄を開いて見せる。


「それは私の趣味のスケッチでね。こっちは探索者ギルドに売る用ね。そっちと同じく森でスケッチしたものと場所なんかの情報とセットで持って行くと結構良い値で売れるんだよ」


 そう言って、別の紙束も見せてくれたが、どれも物凄く上手かった。売れるというのも納得だ。


「――にしても、さすがに一人だと危なくないですか?領主一族のアウレリアス様としたら護衛くらい付けないとまずいのでは」


「おいおい、君たちまで、うちの者たちのような事を言わないでくれよ。小言は彼らから散々貰ってるからね」


 今度は、心底ウンザリした顔でそう言う。アウレリアスはとても貴族とは思えないほど表情が豊かだった。

 

「いや、アウレリアス様に何かあったと後で聞いたら嫌だし、それに私たちが偶然会ってた事が知られたら『何で止めなかった』とか言われそうじゃないですか」 

 

 実際にはもっと面倒な事になるかもしれない。まあリヴァーディアの領主ならそういう理不尽な事にはならないかもしれないが――。そうは言っても簡単に安心はできない。

 

「ふふ。大丈夫だよ。これでも一端の探索者だからね」 

 

 アウレリアスは私たちに向って片目を瞑って見せた。凄い美形がやると物凄く綺麗で絵になる仕草だった。私にはいまいち効果はないが、世の女性ならイチコロかもしれないとは思った。

 

「――それで、君たちの方はどうしてここにいるんだい?」


「私たちは訓練を兼ねて狩りに来て、今は街に帰っているところです」 

 

「なるほど、そうなんだね」


 アウレリアスはウンウンと頷き、納得の顔をした。それから少しだけ話をして、アウレリアスは森の奥へ歩いて行った。

 

「さらに奥へ行くとか――しかも独りでしょ?ウチらよりかなり危ないと思うけどなー」 

 

「私もそう思うけど、流石にあれ以上、口出しできないよ。いくらあんな感じでもお偉い貴族様だからね」 

 

 実際、それなりの実力がなければここまでだって無事に来ることは出来ない。自分で言う通り、実はかなり強いのかもしれない。

 

「そりゃそうか。まあいいや、帰ろ帰ろ」 

 

 ロナがアウレリアスに興味を失って肩を竦めた。私もほぼ同時にアウレリアスへの興味を失った。

 

 私とロナはそこから更に半日ほどかけて森を出ると、行きと同じく2人で手を繋ぎ、今度はロナが「慣性力」の魔法を使って、ロナのほぼ全力疾走で、私は6割ほどの力で街へ走った。

 

 最早ロナも補正込みの瞬発力は平均的大人男性の3倍近い。その瞬発的なスピードを「慣性力」の魔法を使って維持するので、森の端から街の門まで1時間もかからない。

 

 私とロナは午後の遅い時間には何とかリヴァーディアの北街門にたどり着いた。

 

 ☆

 

 同じ頃、リヴァーディアの北東にある、とある施設。

 

 すぐ東側に貴族街の壁があり、北側には平民街――それも比較的、貧しい平民たちが住む区画がある。

 

 そこは罪人を収監する監獄塔と、それを守る看守、護衛兵の詰める砦、砦を外界と遮断する高い障壁で構成された監獄区画だった。

 

 軽微な犯罪や現行犯なら現場や兵士の詰め所で取り調べ、罰則もその都度与えられる。貴族である役人が、全ての罪をいちいち裁いたりはしないからだ。

 

 だが、貴族の犯罪者や重大な犯罪を犯した者に対してはそういう訳にはいかない。その場合、裁きまでの間、あるいは裁きの後も監獄塔に収監される。

 

 監獄塔も身分により待遇は違うが、貴族でも平民でも過酷であるのは間違い無いという。

 

 平民の間では「監獄塔に入れられて生きて出られた者はいない」と実しやかに語られており、一方では「悪事を働く者は監獄塔送りになるよ」というのが、子供を叱る時の定番の脅し文句にもなっていた。

 

 そんな監獄塔で、ここしばらく忙しく取り調べを受ける拘留者がいた。ミゴスカ・ホズアデク――ホズアデク家の継嗣で次期ホズアデク男爵だ、と本人は主張している。

 

 ミゴスカはここでも毎日、殆ど同じ主張を繰り返していた。「自分は貴族」「貴族が平民に何をしようが咎められる謂れはない」「早く自分を解放しろ」「父上がこの事を知ったら貴様等只ではすまんぞ」等々――。

 

 対して取り調べる方も、噛んで含めるように「お前が狼藉を働いた店の主はこの街の客分、只では済まされない。減刑を望むなら少しでも取り調べに協力した方が良い」と言い聞かせ、動機や背後関係など詳細に聞き出そうとしていたが、全く成果が得られなかった。

 

 最後にはいつも「平民に準ずる身分のお前がご領主様の次に位列されるお方に仇をなしたのだ。せいぜい覚悟するように!」「ふざけるな!そんな馬鹿な事があるか!」「この街ではこれが普通だ。そして馬鹿はお前だ!」などと罵り合って終わる。

 

 だが、そんなある日。毎日、何の進展もない押し問答を繰り返すだけの、淀んだ空気の拘留室で、拘留中のミゴスカ・ホズアデクが死んでいるのが発見されたのだった。



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