67 両替
アンネリーゼから「今日はどうしたのだ?」と嬉しそうに聞かれ、一応トルストイさんにした話を繰り返したが、やはりモンテシエラの賊の件は気にするなと言われてしまった。
だが、それはそれとしてお礼くらいは言っておきたい。
「アンネリーゼ様。昨日、私とロナが留守の間、襲撃された店を守ってもらったと聞きました。従業員も怪我も無く無事でした。ありがとうございました」
「ふっ、気にするな。彼らも私の領民だ。自らの領民を守るのに何の不思議がある?――まあ正確には父の領民だがな」
アンネリーゼはそう言って笑った。実に美しいが男装のせいで美しさ以上に凛々しさ増し増しで周囲の女性側近や女性の使用人が声も無く騒めいたように感じた。
「――ふむ。話がそれだけなら私の部屋に行かないか?せっかく来てくれたんだ。ゆっくり話そう」
そう言われて一瞬迷ったが、トルストイさんにもアンネリーゼにも、モンテシエラの事は気にするなと言われたので、わざわざ領主に会わせてもらう必要は無さそうだと思った。
「私たちがお部屋にお邪魔しても良いんですか?」
アンネリーゼが良いと言うのだから良いに決まってるが、周囲の貴族はほぼ「ダメに決まってるだろう!?」という顔をしていたので、一応声に出して聞いてみる。
アンネリーゼも側近達へぐるっと順に視線を向ける。
「――何だ、ダメなのか?」
「このまま応接間でお話になられては如何かと――姫様のお部屋ですと警備の問題もございますので……」
「ここでは余人の耳目が有りすぎるではないか。私はミラとロナとは友達として気兼ねなく話したいのだ」
「しかし姫様のお部屋は領主館の最奥、ご家族以外の者がみだりに立ち入る訳には――」
「――ああ、もう分かった分かった。すまんなミラ、ロナ、また店にでも寄せてもらう。その時に話そう。ではまたな!」
そう言うが早いか、アンネリーゼはサッと立ち上がり、応接間を出て行った。
まるで激しい通り雨が降ってすぐに止んだような慌ただしさだった。アンネリーゼは終始冷静な瞳をしている様に見えたが、見ようによっては結構、短気に見えたかも知れない。前会った時も思ったがそういう印象になってしまってもいいのだろうか?妙に心配になってしまう姫様だ。
「――じゃあ、私たちも帰ります。ご領主様にもよろしくお伝えください」
「もうお帰りでございますか。せっかく姫様に会いに来ていただいたと言うのに申し訳ございません」
「いえ――」
実際のところ、助かったと思っていた。お姫様の部屋なんて緊張しかないし、友達と言われても急には難しい。丁寧語モードも既に限界突破している。
その丁寧語もちゃんと出来ている自信はないが、一応、自分なりに、貴族の人用に格式張って喋っているので非常に疲れるのだ。
そしてこういう時は決まってロナは私に任せてダンマリだ。妹に頼られるのは嬉しいが、こういう頼られ方はあまり嬉しくない。
案内の人を付けてもらい、領主館の外まで送ってもらって外に出ると、私もロナも大きく息を吐いた。
「ふぅ~~~!」
「いやぁ~~!緊張するね」
まだ貴族街なので周囲の目は貴族の目だ。私はロナを目で制し、さっさと走って貴族街を出た。私たちの事は貴族街の門番にまで周知徹底されたようで、何の制止も誰何も無く門を通される。
平民街の通りを走り抜けながら、何となく思った。街は快適だが、反面、窮屈だ。時には息が詰まる感じがする。
アンネリーゼは良い子だと思うし嫌いじゃない。友情も示してくれているし、むしろどちらかと言えば「好き」寄りだ。領主も割と良い人だと思う。でも正直、面識が無いままのほうが良かった。そう思うのは薄情だろうか――。
逃げ場がないから息が詰まるのかもしれない。ならさっさと逃げ場を用意すればいいのだ。早いとこ巨木の森の中層に良さげな場所を見つけて、魔法建築の練習をして、隠れ家を作りたい。
色々、物資も買い込んで街より快適に過ごせる感じで、防衛も出来る感じの隠れ家だ。考えただけでワクワクし、息苦しさは一瞬で霧散した。
魔法使い達が襲って来るせいで、期せずして次々に魔法石が手に入っているが、ホントなら魔物から自力で獲る方が好みだ。
うぅ、久し振りにガッツリ森で狩りをしたくなってきた。そうだ、ヨーコに聞いたアレを使えば――。
私はとりあえず「異空間収納」の魔法を使い、中にお金がいくらくらいあるか調べてみた。驚いたことにいつの間にか小銀貨8千枚ほども貯まっていた。
考えてみれば、私たちは食費はほぼ0みたいなもんだし、宿は1か月分くらい先払いしてあるし、この冬の宿泊費、残り全部払ってもたかが知れている。正直他に使いどころが殆ど無かった。
私は「異空間収納」の魔法があるのでいくら貯まっても良いが、このまま貯め込み続けると街の小銀貨が無くなったりとか――いや、いくら何でもそこまでは?でも今のペースだと1年で約4万8千枚。10年で48万枚。そもそも小銀貨って48万枚もあるのだろうか?
良く分からないが、いつの間にか訳の分からないトラブルの火元になるのはイヤなので、適当に両替しておくことにした。
ちなみに以前、商人ギルド会館で聞いた話によれば、貨幣は、遠方は分からないが、少なくともこの地域では全て共通らしい。
マーシャさんに会うため、私たちの販売スペースに行くとまだ店内は満員、外にもお客がたくさんいて皆忙しそうにしていた。私はとりあえずマーシャさんに声をかけ、両替したいと相談した。
商人ギルド会館に向う道すがらマーシャさんに聞くと商人ギルドでは両替手数料は2%だという。「異空間収納」の魔法を誤魔化す為、一度マーシャさんと別れて宿に帰り、小銀貨を数えて10枚ずつ小分けにして紐で括り、さらにいくつかごとにサラシでまとめて背負い籠に入れた。物凄く時間がかかった。
商人ギルド会館に行くとマーシャさんが待っていた。
「すみません、ちょっと数えるのに時間がかかって」
「大丈夫ですよ。ではこちらにどうぞ」
私とロナはいつもの会議室に通され、背負い籠から小銀貨の包みを取り出した。約800束に分けて10枚ずつ括ってある小銀貨を見て流石にマーシャさんは絶句し、応援の職員を連れて来て数を確認した。
手数料2%という事で小銀貨160枚ほど支払い、金貨40枚、銀貨240枚に両替してもらった。手元には端数の小銀貨が数枚残っていた。ほとんど使わない私たちなら手持ちはコレで十分だ。
私が金貨と銀貨を背負い籠に入れる態で「異空間収納」の魔法に仕舞うと、マーシャさんがちょっと心配そうにした。
「ミラさん達なら大丈夫と思いますが、一応、気を付けてくださいね」
「ありがとうございます」
その後、マーシャさんと一緒に店に戻ると、店の営業は終わり、ノエラさんとリザさんが店の片づけと掃除をしているところだった。丁度いいタイミングだ。
「ノエラさん、リザさん、ちょっといいですか」
「はい?」
「なんでしょう?」
私が話しかけると、二人は首を傾げながら近づいて来る。
「急な話で悪いんですが、明日から10日ほどお店を休もうと思います」
まさに急な話で驚いたせいか、ノエラさんもリザさんも目を丸くして固まってしまった。
「その間、二人は自由にしてくれたらいいんですが、こちらの都合で店を休むので、休んでいる間の報酬は普段通り支払おうと思います」
「えっと――?」
「それはどういう――?」
何とか声を出したノエラさんもリザさんも、まだ良く分からないという顔をしていた。
「以前、人から聞いた話ですけど、昔、とある国ではユーキューという制度があったらしいです。それは、店の主が従業員に報いる一つの方法として出勤扱いで休暇を与えるというものだったそうです」
「そ、そんな事が――?」
「……ッ!?」
「でも、どうして今回、そのやりかたを?」
マーシャさんも初めて聞いたらしく、良く分からないという顔で口を開いた。それはそうだろう。私もヨーコに聞いたので、ユーキューという仕組みはヨーコの生きていた時代でヨーコの住んでいた国の話だ。今ここにはない仕組みなので良く分からなくても何の不思議もない。
「ノエラさんとリザさんを他の店に取られない為です。急に収入が無くなると二人とも困ると思います。そうなると、よそに就職されてしまうかもしれませんから」
「いえ、そんな心配はいらないと思いますけど……」
「ここより良いトコなんてないし、だいたいそんな簡単に雇ってもらえませんし……」
ノエラさんもリザさんも驚いたような呆れたような表情になった。
「まあ、私たちがいない間の安全対策でもあります。営業中って襲われやすいみたいですし。ということで嫌じゃ無ければそんな感じで。私とロナはちょっと森に行ってきます」
ビックリ顔のノエラさん、リザさん、マーシャさんにそれだけ言って、私とロナは店を後にした。3人は「い、いってらっしゃい」「お、お気をつけて」「お、お早いお帰りを――」と三様に送り出してくれたのだった。
ちなみにノエラさんにはこっそりと、週1の魔法の練習を1回お休みにするけどごめんね、と伝えた。ノエラさんは笑って許してくれた。
☆
ミラがご機嫌でロナの前を走っている。その背中を追いながらロナはこっそり溜息を吐いた。
ミラってば、またポロポロ「秘密」を「こぼして」いる。
以前、人から聞いたという「ユーキュー」とか言うものの話だが、ロナやミラの育った環境でいったい誰が教えてくれるというのか。――当然、そんな人いるわけない。そこに疑問を持つ人もいるはずだ。
そういう人から「何処で誰に聞いたのか?」と突っ込まれると自分が困るのに――相変わらずミラは変に抜けている。
ミラが拾ったという「特別な魔法石」はホントに特別で、きっと「異空間収納」の魔法以外にも色々と特別な秘密があるんだろう。
ミラが秘密にするならロナは無理に聞こうとは思わないが、こうポロポロ溢されると多少、不安になる。
「困ったお姉ちゃんだー」
「ん?」
「いやー何もー」
そう言ってロナが笑うと、首を傾げるミラ。
普段は頼もしい「姉」のミラだが、こーいうところは自分がフォローしなくては、と改めて思うロナだった。
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