63 招かれざる客
ミラとロナが森で工作をしていた日――昨日の昼過ぎ頃のこと。
リヴァーディアの東街門はちょっとした緊張状態に陥っていた。東街門は貴族街へ出入り出来る内壁の門へ真っすぐ続いており、目抜き通り沿いには裕福な商人達の店が軒を連ねていた。
逆に東街門を出て街道を真っすぐ進むと隣領であるモンテシエラ領の街へと続いている。
そんな東街門の前で門の兵士と押し問答する一団があった。
「貴様等!平民の兵士如きが貴族の馬車を足止めするとはどういう了見だ!?」
「そう言われましても、手続きには従って頂かないと。勿論、貴方様だけでしたらそっとお通しする事も可能です。ですが、武装した集団をお連れになっているので……」
「だから、あれらは私の護衛の兵だと言っているであろうが!」
「――とおっしゃいましても、他領の貴族様が10人以上の武装した兵士をお連れになっているわけですから、勿論、申請なさっておられるはず。ですからご領主様の発行した通行許可証をお見せくださいと申し上げております」
「だからそんなものを、貴族の私が何故平民如きにいちいち見せねばならんのだ!?」
「残念ながら規則ですので、見せて頂かなくては困るのです」
「貴様如き平民が困ったところで私に何の関係がある!?」
「通行許可証を提示して頂けないならお通し出来ないからです」
「さっさと退け!それで済む話だろうが!」
「いえいえ、全く済まないのです」
「きっさまぁ!私を愚弄するか!?」
「いえ、ですから通行許可証さえ見せて頂ければ――」
――と言うような押し問答を、彼らは先ほどから延々と繰り返していた。
対応している門番は平民だが筋金入りの叩き上げであり、ゴリッゴリの剛の者だ。木っ端貴族如きに気圧されたりしない。それどころか何処か煽っているようですらあった。
☆
ベテラン門番は相手が通行許可証など持っていない事は十分承知の上で、ことさら丁寧に応対し、問題のある一団を門に釘付けにしていた。
その間、関係各所に伝令が走り、それなりに迅速にこの話は領主にまで届けられた。
「――何?モンテシエラのホズアデク男爵の……第何子だと?」
側近のトルストイが話す内容に、領主は首を傾げた。眉間には皺が寄っている。
ホズアデク男爵と言えば、子だくさんで有名だった。正妻、側室、妾に産ませた子供が山ほど居るはずで、本人が名乗ったからと言って簡単に「ハイそうですか」とはならない。
しかもたとえ本当に嫡子だとしても、男爵位を継いでないなら現状、ただの裕福な平民でしかないのだ。
「詳細は不明ですが、ともかく一応、嫡子だそうです。あまり評判の良い人物ではないそうですが、そのおかげで門の兵士の中に彼を見知っている者がおりまして――」
「ほう?他領まで名が轟くほどの不良息子というわけか?」
側近の言葉に領主アンドリュース・リヴァーディアはニヤリと笑った。
「は。件の嫡子殿は10人を超える私兵を武装させて東街門にお越しになり門を通りたいと仰せでございまして、只今、気の利く者が対応し、来訪の理由などを聞き出そうとしているようでございます」
「ふむ?1人ずつバラバラに街に入れて集合させれば良かろうに、わざわざ門前で騒ぐ目的は何だろうな?」
「――評判通りのお方であれば、何もお考えではない可能性も……」
「そこまでか?モンテシエラもホズアデク男爵も先が思いやられるだろうな――」
領主はひとかけらの心も籠らない口調で呟いた。
「――まあ良い。適当にあしらって追い返せ。ただ、もし他にも何か気になる情報があるなら知らせよ」
「かしこまりました」
数は少ないとは言え、他領の貴族が故も無く先ぶれすら無く、武装した兵士の集団を引き連れていきなり街に押しかければ当然、領地間の問題となる。最悪、宣戦布告と判断されても致し方ない。
本当に側近の言う通り、それすら判らぬ馬鹿だとしても、その馬鹿がそんな事を仕出かした理由は少し気になる。一体何が狙いの行動なのか。それによっては只では済まぬ事になる。
「――まったく、馬鹿と武器と私兵など、最悪の組み合わせではないか」
領主はため息とともに独り言ちた。
☆
ところが事態はそれで収まらなかった。その翌日の昼前。領主アンドリュース・リヴァーディアの執務室に側近のトルストイが急ぎ足で入ってきた。心なしか表情も険しい。
領主はイヤな予感がしたが「どうした?」と聞くしかなかった。
「――困ったことになりました。アドレッド様が何処からか件のモンテシエラの男爵の嫡子の話をお聞きになったようで、一団を街に入れるように手配してしまったらしいのです」
「何だと!?追い返させたはずだろう!?」
「それが追い払われたにも拘らず門外でグズグズと留まっていたようで……」
「話をお聞きになったアドレッド様は平民の兵士が貴族に何たる無礼を、と憤慨され、件の嫡子殿に対しいたく同情されたご様子だったそうです」
「そんな理由で――目的も分からぬ武装集団を街に招き入れたというのか?」
領主が信じられないという表情で半ば独り言のように呟いた。
「――武器さえ与れば問題なかろうと仰せだったそうでして……」
そんなものは馬車に隠すなり、それこそ先に持ち込んでおくなり、いくらでもやりようはあるし、金さえあれば街に入ってからでも簡単に調達できる。
領主は眩暈をこらえるように額に拳を当てて目を瞑った。長男にも次男にも長女にもそれぞれ、ちゃんとした側近をつけて教育を受けさせ、その報告も定期的に届いていた。
長男は少し体が弱く、次男は多少我儘な性質があり、長女は何故か男装しか身につけようとしないという以外、全員、概ね問題なく育っていたはずだ。その息子がどうしてこんな考えなしの暴挙に及ぶのか――。
「――待て、まさか報復のつもりではあるまいな?」
領主は僅かに表情を引きつらせた。つい先日、アドレッドがミラとロナに――主に、ミラに――手酷く突っぱねられた――というか相手にもされなかった事は、報告を受けている。
だからと言ってこれでは短絡的な上に陰謀とも呼べない。単なる子供の仕返し――嫌がらせだ。やるならせめて貴族らしく――いやいやいや!やったらダメなのだ!あの魔法使い姉妹を敵に回すのはリヴァーディアにとってリスクが高すぎる。何より領主自身、何故か割と彼女達を気に入っているのだ。
「――アドレッド様については何とも申し上げられませんが、派閥の者達は恐らくそのような思惑もあるものと……」
トルストイが頭痛を堪えるように眉間に深い皺を刻む。あまりにも今更だが子供達につけてある側近達を大幅に見直すべきだろうか。領主も頭が痛くなってきた。
「――それで、結局、ホズアデクの息子の目的が何だったか分かったのか?」
その言葉に側近がさらに眉を顰め、額の汗を拭う。
「それが、どうやら例の魔法使いのようでして……」
「何だと!?いかん、すぐにミラとロナに連絡せよ!」
「――それが、申し上げにくいのですが、昨日の昼ごろに街を出られたのを門の兵が確認しておりまして――兵によれば森に採取に行かれたのでは、と……」
「まずいな。鉢合わせて揉めると魔法使い殿が怒る。そしてその結果はギーストリアの一件で想像がつく。さすがに我がリヴァーディアの街の中で他領の男爵の嫡男を怪我をさせるとどう利用されるか分からん。第一、怪我で済む保証もない」
領主は集めた情報と、一度本人に会った事で、ミラの人物像をある程度正確に掴んでいた。
……あの少女たち――特にミラは恐らく全くと言ってもいい程他人を信じておらん。一見礼儀正しく見えるが、あれは礼儀というよりは隙を見せて他人から攻撃されないよう身を護っているだけだろう。
……反面、自分には落ち度がないのだから、攻撃された場合や相手に落ち度がある場合は、迷わず相手を攻撃できる――極端に言えばそういう考え方だろう
……過酷な貧民街を生き抜く為、彼女が決めた彼女の道理、それを侵す者は彼女の敵になる。それはある意味、理屈ではない
領主は少しだけミラやロナを哀れに思ったが、今はそれどころではないと我に返った。
「む……、今すぐ魔法使い殿の店と従業員を保護するよう護衛の兵の手配を!どちらかでも被害があると誰も只では済むまい」
「はっ、只今」
領主にとってミラとロナは切り札になる可能性がある。同時に、それ以上の危険な火種になる可能性でもあった。
☆
その頃、巨木の森の浅層。夜が明ける頃に眠りについた私とロナは自作の箱の中で薄い掛布に包まってまだ寝ていた。
最近ベッドで寝るのに慣れてしまって、直に床で寝ると少し体が痛く感じるが、ずっと床で寝るのが当たり前だったので眠れないなんて事はない。
眠ってから6~7時間した頃、閉じている瞼に弱い光が当たり、時折、明滅する。私はそんな刺激で目を覚ました。
天井の脱色した部分から光が差し込むという事はもう随分、日が高くなっているらしい。
今、何時ごろだろう、と思いつつ目を開けてふと天井を見ると、そこに人影があった。
「ロナ!」
「――んん?…………え、誰あれ?」
その、天井の脱色した部分越しに見える人影は何やら身振り手振りをし、壁を叩いたりしているらしく慌ただしい。
どうやら、向こうからも私とロナが見えているようだ。
「――んー、敵意は無さそうだけど……?」
人影を見てロナがそう言った。私もそれはそう思う。思うがちょっとそれでは済ませられない。
最低限、素性を聞き出して口止めしなくては。うーむ、もっと森の奥で実験するべきだっただろうか?――今更言ってもしょうがないか。
「ともかく、外に出てとっ捕まえて話をしよう。油断しないで」
「おっけー」
とは言いつつ、今慌てて魔力探知をしてみると、彼はごく普通の大人の男で特に強そうじゃないのは分かっていた。
私とロナは掛布を床においたまま、杖を持って閂を開けた。開けながら私は中から外を見る窓も必要だと思った。そして外から中を覗かれない為の工夫も――。
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