61 アドレッド
店にアンネリーゼが来た翌日、私とロナは昼前頃ノエラさんにカレー粉を2日分届けて、そのまま巨木の森にカレー粉を作りに行く予定だった。
カレー粉作りにかかり切りになってしまう事への一応の対策として、とりあえず、作る時は出来るだけ大量にまとめて作る。そうしておけば毎日作らなくてもいい。
ただ、同じ場所で一時に材料の薬草を採りすぎないように、森中を駆けずり回る必要があり丸1日潰れる大仕事だ。冬以外なら野営して2~3日かけてもいいが、冬は寒すぎて無理。
――だったのだが、最近、良い魔法が手に入った。拠点用の建物を作れる3つの魔法だ。
そこで、昼前から出発し、カレー粉作りと、拠点用建物作りの実験と練習をして、出来た建物で試しに夜を過ごしてみて翌朝街に帰って来るつもりだった。
ところがカレー粉を念のため2日分届けた後、いつも通り北街門をくぐって街を出ようとしていた時、私とロナ目掛けて息も絶え絶えに走り寄って来る者がいた。商人ギルド職員の見習いの少年だった。
「ミ、ミラさぁ~ん!ロナさぁ~ん!」
「ん?」
「ん?」
「ハァッ……ハァッ……ハァッ……ミ、ミラさん……良かった……まだ……街にいた……」
少年はホッと安堵の表情を浮かべたが、私は逆に顔を顰めた。
商人ギルドは商品の売り買いや素材の買い取り、人材紹介などもしているが、基本的には許認可やら権利関係の事務処理がメインの業務なので、呼び出されるとしてもそんなに急ぎである事は少ない。つまり緊急の呼び出しはほぼ悪い知らせなのだ。
「ハァッ……ハァッ……すみません、ミラさん……ハァッ……ハァッ……商人ギルド会館へ……ハァッ……ハァッ……至急お願いします」
「えー?理由分かります?」
「ハァッ……ハァッ……マーシャさんに言われて来ただけなので詳しくは……ただ、何か偉い人が来たみたいですよ?」
どうやら昨日に引き続き、厄介事であるのは確定した。アンネリーゼはお姫様の割に道理を弁えていてくれて助かったが、彼女の周りにいた貴族連中とは間違いなく平穏に話が出来そうになかった。
考えてみれば彼女のお父さん――領主も話の分かる感じだった。この街に来てから、貴族関係ではちょっとラッキー過ぎた。
だが普通、貴族と言えば、理不尽、傲慢、冷酷、無礼、不愉快、そう言った悪い言葉に豪華な服を着せたような者ばかりだ。会わずに済むならなるべく会いたくない。
「ミ、ミラさん、お願いします!逃げないで!」
そんな私の逃げたい心を見透かしたように、商人ギルドの見習いの少年が困り顔で泣きついて来た。年齢的には私やロナより4~5歳年上なのだが、正会員の商人である私たちと見習いの少年ならこれが正しい言葉遣いだった。つまり彼はとてもまじめなギルド職員見習いなのだ。
しかも私は、彼がマーシャさんの口利きで商人ギルド見習いになった孤児院出身の元孤児だと知っている。
見習いなので今は雑用くらいしか出来ない彼が、雑用すらできないと評価されると見習いの立場すら怪しくなる。そしてマーシャさんのおかげで職を得る孤児が減る――もしくはいなくなる。
それを分かっていて彼を使いに出したならマーシャさんも怖いが――そこは違うと思いたい。
「――ギルド会館でいいですか?」
「はい!ありがとうございます!」
そうと決まれば時間がもったいないので、私は半分ほど、ロナは全力で走って商人ギルド会館へ向かった。さすがに待っていられないので見習いの少年は置き去りにした。
商人ギルド会館について中に入ると、すぐにマーシャさんが私たちを見つけて駆け寄って来た。
「ミラさん、ロナさん、ごめんなさい。伝言は聞きました?」
「はい。何か偉い人が来たとか?」
「そうなんです――これからそのお方がお待ちの応接室にご案内しますが――そのお方というのが、アドレッド様なんです」
「――アドレッドって誰です?」
「シーッ!ミラさん、呼び捨てはマズいです。――アドレッド様と言うのは、ご領主様の2番目の御子で、リヴァーディア領の次期領主と目されているお方です」
「――何でそんな人が……?」
「カレー食いに来たんじゃないの?」
ロナが気の抜けたことを言ったが、意外にそうなのかもしれない。アンネリーゼも昨日カレーを食べて帰ったし。
「アドレッド様のご用向きは分かりませんが――あのお方は少々、ご気性が荒いと言うか――ご気分が変わりやすくておられるというか――」
マーシャさんはマーシャさんらしくなく、言葉を濁す。だが私たちに警告してくれているようだ。
要するにアドレッドはキレやすい高位貴族らしい。絶対仲良くなれそうにないが、領主やアンネリーゼの家族だ。出来れば敵対せずにやり過ごしたいが――。
私はマーシャさんに頷くと、彼女に案内されていつもの会議室ではなく上客用らしい豪華な応接室に連れて行かれた。
「失礼いたします。ラミナ商会のラミラ様、ラロナ様をお連れしました」
マーシャさんが私たちを公式名というか商人ギルドの登録名で紹介し招き入れた。応接室に入ると、豪華な長椅子に若い男が一人、どっかりと腰かけている。
如何にも横柄な感じだが、見た目は非常に整っていた。肩より少し上まである金髪に青い瞳、白い肌。流石あのアンネリーゼの兄と言うところか。
「ほう。其方たちがギーストリアを討伐した魔法使いか?……聞いていた通り、まだ年端もゆかぬ子供ではないか!」
だがその言葉や、話し方を聞いた時点で、私はもうすぐにでもこの場から逃げたいと思った。
地位を笠に着て強引に呼び出しておいて、名乗りもせず、座るよう席を勧めもしない。
しかも私たちは魔法使いと名乗ったことは1度も無い。マーシャさんも私たちをラミナ商会の者として紹介した。
いくら人払いされているとはいえ、相手が秘密にしているかも知れない事をベラベラと大声で喋り、既に聞いていたなら反応する必要も無いのに年齢について大げさに驚いて見せる。私たちに直接語り掛けず、お付きの者とだけ話す。
典型的貴族と言えばそうかも知れないが、要するに私とロナという存在を対等な交渉相手とも、何か話をする相手とも思っていない。ただの珍獣扱いだ。
「――急ぎの用と聞いてきましたが、特にないみたいなので下がらせてもらっても良いですか?」
私がそう言うと応接室の空気が一瞬で凍った。
「ん?何を言っている。まだ私が何も話しておるまい?」
アドレッドは私が何を言っているのか分からなかったらしいが、キョトンとした様子で私の言葉を却下した。
「ご用があるなら早く聞かせてください」
「――其方、アドレッド様に何という不遜な態度だ!」
「平民の分際で何たる不敬!」
私が話を急かすと、途端にアドレッドのお付きの貴族たちが眉間に皺を寄せて騒ぎ出した。
その様子は昨日来たアンネリーゼのお付きの男と完全に一致していた。
領主と話をして、この領地に少しだけ期待していた部分もあったのだが、領主とアンネリーゼ以外の貴族がこんなんばっかじゃ、逃げて来た、以前いた街と変わらない。
まあその辺りの反応を見る為にわざと煽ってみたのだが――正直がっかりだ。客分の身分を貰ってもまともに機能しないんじゃ、足枷程度の意味もない。
アドレッドがお付きの貴族達を手で制した。さすがにお付きの貴族たちもピタリと口を噤む。
「――フンッ!子供、なかなか鼻っ柱が強いではないか。気に入った!其方たちを私の側近にしてやろう!」
ババーン!と言う感じでアドレッドがドヤっている。「有難いだろう?私は寛大だろう?さあ泣いて感謝するがよい!」という感じだろうか。そして断ったら死ぬほど怒るんだろうか。断るけど。
「そういうお話ならお断りします。お話はそれで全部ですか?」
お付きの貴族たちがまた騒ぎ出すかと思ったが、今度は誰も口を開かなかった。応接室はシーンという音が聞こえそうなほどの静寂に包まれた。
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