58 プロローグ
すっかり冬になり寒さは一段と厳しくなった。
私たちの定宿は多分このリヴァーディアの街で一番の安宿。その割に良い宿で、女将さんも親切な気の良い人で文句は無かったのだけど――。
「――さむっ!」
私は日の出前の寒さに耐えきれずベッドの上で体を起こした。
良い宿とは言っても安宿には違いなく、ベッドは固く掛布は薄い。いや、ベッドがあるだけ良いのだが。
部屋には当たり前だが暖炉も暖をとれる魔法具も無い。私は練習して完璧に制御できるようになった「炎の玉」の魔法を発動し、炎の玉を呼び出した。
炎の玉は私の目の前で浮かび、風の無い日の焚き火より静かに燃えている。次第に暖かくなり翳した掌は熱いくらいになったので炎の玉を制御しサイズを小さくする。
そうしているうちにロナも起きて来て、炎の玉に手を翳した。こうやって身体が温まるまで炎の玉の前で2人、ジッとしているのが最近加わった朝の日課だ。
その後、まあまあ身体が温まったらロナと2人で朝食。勿論メニューはヨーコのカレーとレモンティ。
秋ごろギースと揉めて、その数日後に店をノエラさんに任せることが出来た。と言うのも商人ギルドが売り子を紹介してくれたからだ。
まだ実績が足りず信用が無いため、人材を紹介してもらえなかった私たちだが、領主とのコネと「客分」という身分で、急遽、商人ギルドが「信用あり」と査定を変えてくれた。
おかげで店は一応、私たちの手を離れ、そこそこ儲かっている。
銅貨で払う人もいるが全部小銀貨で貰ったと計算して1日だいたい80食分、小銀貨160枚ほどの売り上げで、ノエラさんに小銀貨6枚、売り子の人に小銀貨4枚報酬を支払い、スープの材料の仕入れに小銀貨20枚ほどかかるので、1日の売り上げは多少増減するがだいたい小銀貨130枚。
場所代は既にこの冬の分をギルドで払ってあるため、これ以上何かで引かれる事はない、純粋な利益だ。
実際のところ「そこそこ儲かる」なんてものではなく好調過ぎるほど好調で、徐々に評判になっているのもあり「もっと売ってくれ」と言われているのだが、カレー粉の生産が追い付かないため、1日80食で限界だった。
作れば作った分、片端から売れそうなだけに勿体ない感じもするが――それより何より困るのが現状、私とロナがカレー粉作りにかかり切りになってしまっている事だ。せっかく人を雇って店を任せたのにこれじゃあ意味がない。
だがカレー粉作りまで人に任せると間違いなく作り方が漏れて広まる。そうなると、うちの店の売り上げがどの程度変わるか分からない。
チョット減るくらいならいいが、大手や老舗に真似されたら丸ごと客を取られそうだ。
私もロナも魔法の訓練や、魔法石狩り、巨木の森中層への順路や狩場の開拓、その他にも色々やりたい事があるのだが――。
そんな冬のある日の午前中。丁度、ノエラさんと売り子のリザさんがスープの仕込みをしている頃を見計らって、私とロナは今日の分のカレー粉を届けに向った。
ちなみに新しく雇った売り子のリザさんは二十歳すぎくらいの、結構、綺麗なお姉さん。
明るい茶色のショートカットに琥珀色の瞳、白い肌。
口数が少なくまじめな性格で、大人しめのノエラさんとは相性が良さそうな人だ。
そして彼女も孤児院出身で、これまでかなり苦労してきたらしい。
ちなみのちなみにノエラさんを魔法の弟子にしたので、週に1回ほどスープの材料の仕入れに付き合っていっしょに市場を巡り、魔力感知、魔力探知を教えつつ、ノエラさんが「認識阻害」の魔法を使って私がちゃんと出来ているかどうか観察して指導するようになった。
元々独力でも少しは使えていたようなので、ノエラさんは割と近い将来「逃げ専門の魔法使い」として完成するのではないだろうか。
☆
小走りで市場の人波を縫いながら、私たちの販売スペース――お店の近くまで来た。
いつもなら気の早すぎる客が店の前で1人2人待ってるくらいなのが、今日は店の前にギースの手下に襲われた時の様な人だかりが出来ていた。
嫌な事を思い出して少し嫌な気分になりながら、私は人波をかき分けて店に到達する。
ちなみに私もロナも身長が大人のお腹かせいぜい胸の下くらいまでしか無いが、力は大人より余裕で強い。遠慮なくグイグイ押しのけて通ると押された人々の悲鳴や苦情があちこちから聞こえた。
「はい、すみません、通りまーす」
「ごめんね~」
「あっ、ミラさんロナさん良いところに。お二人にお客様です。先ほどからお待ちで――」
焦っているらしくノエラさんが小走りにやってきて早口で告げる。だが、そう言われてもあまり知り合いのいない私たちは首を傾げた。
店の中はもうすでにリザさんによって箱テーブルとイスが並べられていて、その椅子の1つに誰かが座っているらしいが、その誰かの周りを大人数人が囲んで立っているので見えなかった。
とりあえずノエラさんにカレー粉の小瓶を渡し、私とロナは私たちを待っているという「誰か」の元に向う。
「すみません、私たちをお待ちと聞きましたが――」
そう言ってその「誰か」に近づこうとすると周りの大人が反応して私とロナを押しとどめる。――いや邪魔すんなよ。
私が力を込めて、私を押しとどめる大人を逆に押しのけようとした、その直前に囲みの奥から声がした。
「止めなさいお前たち。ここは彼女のお店でしょ!」
すぐに「誰か」を囲む人垣が開き、座っていた声の主の姿が見えた。金色で豊かな長い髪、輝くような碧の瞳を持つ綺麗な少女が背筋を伸ばして美しい姿勢で座っている。歳は私やロナと同じくらいに見えた。
少女は顔も綺麗で凛々しかったが、負けないくらい身につけている物も立派で豪華だった。そして何故か貴公子のような男装だった。
何故かヨーコが少し興奮気味で(ベルバラだわ~♪)とか何とか言っていたがヨーコが訳の分からない事を言うのはいつもの事なのでとりあえず無視だ。
「――私たちを待ってたのは君?会った事ないと思うけど誰?」
私が男装少女の方へ近づこうと、人垣が開いてできた道へ1歩踏み込もうとした時、周りの人垣から鋭い叱責の声がした。
「無礼者!跪かぬか!」
念のため声の方を見ると、間違いなく私に向って言った言葉のようだ。だが、何が無礼か良く分からない。――というかお前ら、私の邪魔をするの、もう2回目だぞ?
イラッとして私は、私を叱責した大人を睨んだ。とりあえず文句を言っとこう、と思った時、またも男装少女に先を越された。
「無礼者はお前だ馬鹿者!彼女が『客分』と周知された事をお前たちは知っているはずだ。リヴァーディアの法をリヴァーディアの貴族自らが蔑ろにする気か!?」
私を叱責して逆に男装少女に叱責されたお付きの男は「も、申し訳……」とか「そ、そんなつもりは……」とかゴニョゴニョ呟きながら最終的に口籠った。そして何故か猛烈に私を睨んでいる。何だ?やるならやってやるが?
私がお付きの男と睨み合っていると、男装少女の冷え冷えとした声が響いた。
「――そうか。どうしても理解できんか。彼女は『客分』。客分である間、領内で父上に継ぐ地位を領法で保証されている。お前は領法に背き、領主の意向に反し、現状、己より上位の地位の者に公然と楯突いている。そんな事も分からんようでは無能と判ずるよりないな?」
お付きの男が我に返ったのか、顔面蒼白で男装少女を仰ぎ見た。
「お、お待ちください!そのようなつもりでは、私は……ッ!」
お付きの男は何かを訴えようとしたが、周りの別のお付きの者たちに止められた。そしてお付きの一人に連れられこの場から去って行った。
男装少女はその姿を冷ややかな視線で一瞥し、軽くため息を吐いた。
「――すまんなミラ殿。貴族というのは頭の固い者が多くてな」
男装少女はそう言って立ち上がると、自ら私に歩み寄って手を差し出した。
「私はリヴァーディア領領主アンドリュース・リヴァーディアの娘、アンネリーゼ。貴女の知己を得たくて来た。よろしく頼む」
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昨日の更新時点では気づかなかったのですが、ランキング98位になってました。そして今日は54位でした。ちなみに注目度ランキングというやつに載せてもらいました。何処に載ってるのか分からずちょっとさがしました(笑)昨日はどうせすぐランク外に戻ると思って改めてコメントを追加したりしませんでしたが、流石に今日は「気づかなかった~」とかわざとらしいのでコメントします。
一瞬でもランキングに入れたのは読んでくれた人達のおかげです。ありがとうございます。良ければ続きも楽しんでもらえたら嬉しいです♪
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読んでくれて、ありがとうございました♪
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