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47 販売初日――完売

 昼前まで交代で2つの寸胴鍋のスープの灰汁を取り、私はその合間に一度販売スペースを離れ、宿に戻って背負い籠に入るだけのカレーの皿やスプーンを入れて来た。もちろん、皿は割れないように紐で縛ってサラシで包んできた。

 

 私が綺麗な皿やピカピカのスプーンを持って来たことに、ノエラさんもマーシャさんも凄く驚いていた。ちなみにマーシャさんは今日はずっと居るようだ。ノエラさんが心配なのだろう。

 

 もう結構前から良い匂いがしていたが、昼頃になってノエラさんがもう良いんじゃないかと言うので、私は2つの寸胴鍋にカレー粉を小瓶1本ずつ投入した。

 

 途端に私たちの販売スペースをはるかに超えてカレーの香りが広がっていく。その頃から少しずつ人が集まってきて、気づけば販売スペースの外に軽く人だかりが出来ていた。私たちはたくさんの視線に晒されていた。

 

「ねえ君、ここは何の店だい?」


「食事処です。カレーという新しい食べ物を出すお店です」 

 

「やっぱりここか。昨日知り合いがえらく熱を込めて語ってたんで、興味があったんだよ」 

 

「私もですよ。取引先の人に教えてもらいましてね」 


「こんな隅っこの方とは思わず、随分探しましたよ」

 

 どうも昨日、ギルド職員と思っていた人の中にはその取引先の人も混ざっていたらしく、その人たちから噂を聞いた人達が私達の店を探したり、開店するのを待っていたりしていたらしい。

 

(口コミというやつね。こんなに早くにここに詰めかけるような人達は、新しい情報や美味しいものの噂に敏感で、人に勧めるのも好きだから良い宣伝になると思うわ)


 ヨーコがそう言うなら凄く売れそうだが、いくら人気になっても今以上の量は作れないのでほどほどの評判で良いのだが――。


 私はそう思ったが、少しずつ人だかりは大きくなっているように見える。

 

「――もう、さっさと売り始めましょう。このままじゃ周りの迷惑になりそうです」 

 

 私がノエラさんにそう言うと、ノエラさんは慌てた感じで頷いて厨房へ戻る。私とロナは人だかりの前の方の人から、まず10人お店に招き入れて椅子に座ってもらった。残りの人達に並んで待ってくれと言うと、暫くの間は変化なしだったが次第に1列になりはじめたのでホッとした。

 

 メニューは一つだけなのでどんどんカレーを出していく。今日はマーシャさんまで手伝ってくれて、初めてでも何とか人手は足りた。

 

「……ッ!?」


「何だこれはっ!?」


「美味い!」


「美味しいっ!」 


 すぐにカレーの美味に対する驚きの声が漏れ始めた。お客さんの反応的に、カレーはこの辺りでは馴染みの無いメニューで間違いないだろう。

 皆、カレーに恐る恐る口を付け、それから驚愕して一気に貪り始めるのでカレー初体験なのが良く分かった。

 

 ちなみにお客さんの半分くらいはパンを持参していた。そういう人はヨーコのいう「クチコミ」を聞いて来た人だろう。パンを持って来ていない人がパンを持参している人を羨ましそうにする光景が何度も見られた。

 

 昼頃から販売を始めたが、2時間もしない内にすべて売り切れて今日の販売は終了となった。お客さんの声はほぼ賛辞か絶賛で、不味いと言っている人はいなかった。

 

 だが、1時間以上待って食べられなかった人は皆、ガッカリして中には怒っている人もいた。まあ、店の席数も仕込みの量も限界はあるので仕方ないのだが。

 

 別にノエラさんは悪くないのだが、ノエラさんがそういうお客さんにも頭を下げて謝り、何とか帰ってもらった。私はそういうノエラさんを止めるかどうか迷って、とりあえずただ見ていた。

 

 いずれ売り子を雇ったら店はノエラさんとその売り子に任せる事になる。何か大きな問題が無い限り、販売業務に関してはあまり口を出さないほうが良いかもしれない。

 

 ともかく、販売初日は大成功だった。マーシャさんの助言もあってカレー1杯小銀貨2枚という高額で売ったのだが高いと言う声は聞こえなかったし、見た感じ皆満足していたように見えた。

 

 試食の時よりさらに値段を上げたのは、もちろん出来るだけ高く売れた方が良いからだが、それ以上にお客さんに小銀貨で支払ってもらう事を選んだからだ。

 

 小銀貨1枚と銅貨5枚で売って、仮に全員がその通り支払うとすると1日あたり銅貨400枚以上受け取る事になる。10日で4000枚だ。

 

 勿論、銅貨も材料の仕入れや生活費で使うし、そもそも「異空間収納」の魔法があるので正直、それほど困らないのだがノエラさんやマーシャさんには心配されてしまうかもしれない。かと言って両替すれば無駄に両替費用が掛かってしまう。

 

 最終的に手元には小銀貨150枚と銅貨120枚ほど残っていた。銅貨で払った人もいたし、何杯売れたかちゃんと数えていなかったのだが、最終的に81杯分売れたようだ。仕込んだのはあくまで「ほぼ80杯分」なのでこう言う事もあるだろう。逆に足りない事もあるかもしれない。

 

 まだ日は高いがノエラさんの仕事はここで終わりだ。ノエラさんとマーシャさんを送り出し、それから食器と寸胴鍋を片づける。と言っても厨房で人目を避けて「洗浄」の魔法を使うだけだ。その後、椅子を倉庫に仕舞って鍵をかけると、テーブル代わりの箱を隅に寄せて床を掃いて終わりだ。

 

 ノエラさんは後片付けも手伝うと言ってくれたが、帰ってくれたほうが魔法が使えて楽なので「今日は帰って休んでくれ」と言うと驚かれた。マーシャさんも軽く目を見張っていた。

 

 従業員をこき使わず、過度に拘束せず、逆に従業員の体調を気遣う経営者が珍しかったらしい。正直そんな良い人間ではないし、実際以上の高評価はちょっと居心地が悪いが、もっとうまくやる方法が分からないから仕方がない。

 

 とりあえず、この調子なら冬の生活費は大丈夫だろう。あとは1か月後、計画通り売り子を雇ってノエラさんと売り子さんに店を全部任せる事が出来たら完璧だ。

 

 私とロナは鼻歌混じりで宿屋への帰路についたのだった。

 

 

 ☆

 

 

 その少し前、街のとある一角。

 

「ギース、襲撃は中止だ」 

 

「あぁ!?ふざけてんのかミック。俺がやるっつったらやるんだよ!」 

 

 ギースと呼ばれた男は彼の周囲にいる誰よりも大きく逞しい身体を起こして、声をかけて来たミックという男に睨みをきかせた。

 

「普通はそうだ。だが聞け、昼頃、例の女が市場で目撃された。どうも店を開くようだ」


「――何……?ノエラが?――見間違いじゃねえんだろうな?」 

 

「間違いないらしい。昼に2時間ほど店を開けて、その後は保護者の女と帰ったようだ」 


 ミックがそう言うと、ギースは黙ってしまった。何かを考えているようだ。

 

「――もう一度言うが、襲撃は中止だ。やはりギルドの職員を襲撃するのはリスクが大きすぎる」

 

 ミックはそう言って何度も説得したが、これまでは全てギースに拒否されていた。

 

「――ああ、まあ、そうだな……」


 だが、今回ギースはミックの言葉を否定しなかった。


「ギルドは基本、どこも領主と繋がっている。中でも商人ギルドに手を出すのは絶対まずいんだ。領主が動いてしまうかもしれないからな」


「ああ、わかったよ」


 もうどうでも良いとばかりにギースは頷いた。標的が変わったのだ。いや、元々彼の狙いはノエラだが、マーシャというギルド職員に匿われていたせいで、手が出しにくくなった。そこでそのマーシャを襲撃して排除しようとしていたのだ。


「――ノエラも懲りねぇなあ……俺達の許しなく商売なんざ出来ねぇってのに」 

 

 俺達の、というか「お前の許し」だろう、とミックは思ったが黙っていた。ギースはこれまでノエラが何度働こうとしても、彼女の職場にちょっかいをかけてノエラの評判を落とし、働けなくしていた。それでノエラが自分の元に戻らざるを得ないと思っていたからだ。だがノエラはマーシャに匿われ、戻らなかった。

 

「――だがやっと隠れ家から出てきたんだ。今度は今までみたいに甘い事じゃすまねぇぜ」 

 

 ミックはため息を吐いた。だが、彼としてもギースがギルド職員のマーシャ宅襲撃を諦めてくれたら御の字だった。ギルド職員を襲撃するのと、ギルド職員の関係者を襲撃するのとは同じようで全く違う。後者ならほぼ領主が動く事はないだろう。

 

 そのギルド職員がよほどの有力者でもない限り、その程度で領主がいちいち動いていてはキリがないからだ。

 

 あと気を付けるのはマーシャを殺さないこと、ノエラに傷をつけないこと。良く分からないがギースはノエラに執着している。ノエラはギースにとってお気に入りの商品だ。手に入れば満足するだろう。ミックはそう結論づけた。



読んでくれて、ありがとうございました♪

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