43 カレー
結局商人ギルドでは現状、人材の紹介は無理という事で、当然、今売り子を紹介してもらうのも無理だった。
とりあえず私はマーシャさんの立ち合いのもと、ノエラさんと報酬に関してと仕事の内容について簡単に契約した。有難いことに私のほぼ全ての要求が通った。
そして当然だが私達が雇い主となるので邪魔が入った場合の対処やノエラさんの安全を守るのは私達の責任で義務となる。
私はさっさと実績を作るべく一刻も早くカレーを売る事にした。当面、売り子は自分達でするしかない。ギルドがカレー屋を実績として認めてくれたらさっさと売り子も雇って私とロナは訓練に戻ればいい。
そう決めて、街の広場で毎日朝から夕方まで開いている市場の端っこの方に小さい販売スペースを借りた。とりあえず期間は1か月。それで成果を出せれば最低限の実績と認められるとマーシャさんが言うのでそう決めた。
費用は「熊」の魔石を売って工面した。借りるスペースは市場の端っこのあまり良い場所ではなかったのでそれ程高くなかった。一方で「熊」の魔石はなかなかの高額で売れたので久々に懐が少し暖かくなった。
「あ、あ、あの、い、いきなり、ですか?」
魔石を売ったり販売スペースを借りる手続きをしていると、ノエラさんが顔を青くして口を開いた。つっかえつっかえしながらも言わずにはいられなかったらしい。
「そうですね。今日は準備して、明日から売り始めましょう」
私がそう言うと、ノエラさんは何故かふらりと倒れそうになりマーシャさんに支えられていた。
☆
いったい、いつまで匿ってもらえるのか――いつまでこうしていられるのか、毎日そんな不安と焦燥感に苛まれながら働き口を見つけることも出来ず、今さら他の街に逃げる勇気も出ないノエラはマーシャさんの部屋で鬱々と暮らしていた。
マーシャさんが自分を匿ってくれているのは純粋な善意だと確信できるのでそこは安心なのだが、それだけにただマーシャさんの負担になっている事がノエラの心を苛む。
そんなある日、マーシャさんが仕事から帰ってくるとノエラを雇いたい人が居る、という話をした。
正直信じられなかった。マーシャさんの事は信じているが、もうギルドでは自分の抱えるトラブルの事は知られている。すでに紹介してもらえる働き口も無くなってしまっていた。それが急に、何故?
酷く不安を感じているとマーシャさんが説明してくれる。
なんでも最近商人ギルド会員になった新人商人の小さな女の子が、新しく食事処を経営しようとしているらしく、その食事処の料理人を探しているという。
驚く事に、その女の子はせいぜい10歳ほどの本当に小さな子供だという。そんな子が商売を始めると言うのもビックリだし、改めて自分の不甲斐なさにノエラは愕然となった。
すぐにも会いたいとの事で、翌日マーシャさんに連れられてノエラは商人ギルド会館へ赴いた。
初めて顔を合わせたその少女達は本当にまだ幼い子供だった。確かに早い子であればそろそろ見習い仕事を始める年齢ではあるが――。
ところがその子達――と言うか代表して喋っているミラと言う子はビックリして声も出ないノエラを置き去りにしてマーシャとどんどん話を詰めていく。
気づけばノエラは彼女たちのお店で料理人として働くことに決まっていた。
だがノエラが働いていると知られると、またアイツらの邪魔が入る。一緒に働いている人や雇い先に粘着して迷惑行為を繰り返すので、ノエラはすぐ働けなくなる。それだけでも困るのにアイツらの迷惑行為や暴行で怪我人や死人、新たな標的や犠牲者が出ると思うとノエラはとても働きたいとは言えなかった。
だがミラと言う少女は事も無げに「そうなったら戦う」という。さらにはノエラの事も守ると。正直、意味が分からなかった。ノエラより遥かに小さい子がどうやってノエラを守るというのか。
ノエラが口に出せずに悶々と悩んでいると、いつの間にか彼女達が販売を予定している料理を作ってみるという話になっていた。その後、ミラたちが借りた販売スペースにも行ってみるという。
竈はギルド会館の厨房のものを使っていいとマーシャさんから許可が出たらしく、マーシャさんの案内でミラともう一人の少女とノエラ、全員でぞろぞろと竈の前に移動した。
ミラとその相棒らしいロナという少女の背負う大きな籠からたくさんの食材が入った寸胴鍋が取り出される。ノエラはその寸胴鍋とそれらの食材を使ってスープを作れと言われた。
特別腕が良いわけじゃないが、ノエラは孤児院で仕込まれたので食材さえあればそこそこ美味しい物を作れる自信はあった。
他の面々が見守る中、ノエラは次々と素材の下ごしらえをしていく。野菜は種類も量もたっぷりあったが圧巻だったのは魔物の肉だ。たまに切れ端やくず肉が入るだけでも平民にはご馳走なのに、目の前には何と魔物丸々1匹分らしいブロック肉があった。
こんなにお肉があるなら、特に技術が無くても素材を全部鍋に放り込んで煮込めば美味しいスープになるのでは?と思ったが、仕事なのでノエラは出来る限り真面目に作業した。
素材を処理した時には竈に火が入り寸胴鍋が設置され、ぐらぐらとお湯が沸いていた。ミラとロナがパパッと準備してくれたらしい。
素材を寸胴鍋に入れ、火の勢いに気を付けながら暫くの間、寸胴鍋を見張りながら灰汁を取り続けていると、野菜がどんどん柔らかく煮崩れて美味しそうな見た目になり、良い匂いが漂い始めた。
「――出来ました。魔物のお肉をたっぷり入れたので美味しいと思います。あとは煮込めば煮込むほど野菜が柔らかくなって味が染みて美味しくなるはずです」
作業を終えたノエラがミラを振り返って不安そうにそう言った。すると即座にミラから返答があった。
「味見してもいいですか?」
「え、ど、どうぞ……」
ノエラは慌てて小皿か何かを探そうとしてキョロキョロと周りを見回すがそれをミラが制止して背負い籠から綺麗な金属のスプーンを取り出した。それは一点の曇りも無くキラキラと輝いていてノエラにはまるで宝石のように見えた。
ミラは同じようなスプーンをさらに3本取り出すとロナとマーシャとノエラにも配った。ノエラ達にも味見しろという事らしい。
「では――」
ミラを先頭に1人ずつ寸胴鍋から零れないようにスプーンでそっとすくってスープを口に運んだ。
結果、ノエラの想像していた何倍も美味しかった。今まで自分が作ってきたスープとは雲泥の差だった。作り方はいつもと全く同じなので、素材が違うのだ。ノエラは材料をたっぷり入れるとスープはこんなにも美味しいのだと知った。
「――めちゃくちゃ美味しいですね」
「美味いよ!これは期待できるね」
ミラとロナは満足したらしく満面の笑みだったし、マーシャも頷いていた。良かった、うまく作れたらしい。ノエラが安心してホッと胸を撫でおろしていると、ミラが背負い籠に手を突っ込みゴソゴソと中身を探ってから小瓶を取り出して来た。
「――じゃあこのスープにこれを入れてかき混ぜてください」
「えっ……あ、あの、スープは完成してますけど、これは……?」
突然渡された謎の小瓶を見ながら、ノエラは困惑した。
「これが今回の『取って置き』です。作り方は秘密です」
ミラがニヤリと笑うので、ノエラは何故か恐ろしくなって反射的にゴクリと喉を鳴らした。入れるのを躊躇っているとミラに催促された。
「大丈夫、ちゃんと今以上に美味しくなると思いますので、心配せずに入れちゃってください」
ミラに笑いながらそう言われるとノエラは断ることは出来なかった。相手は子供でもこれからは雇い主になるのだ。「何だか不安」などと言うあやふやな理由で反対出来るはずもない。
ノエラは大人しく謎の小瓶を開け、中身を寸胴鍋に投入した。そしてミラの指示通りかき混ぜるうち、今まであまり嗅いだことのない、香ばしくて食欲を掻き立てる強烈に良い匂いが漂い始めた。
元々スープ自体、良い匂いだったが謎の小瓶の中身が加わってとんでもない香りになってしまった。あまりに強烈な良い香りのせいで、いつのまにかギルド会館の職員さんが数人「何だ何だ」と厨房を覗き込んでいる。
ノエラがそれに気づいて居た堪れなくなっていると、ミラが新しいスプーンを手渡してきた。促されるままにもう一度味見をする。
その瞬間、あまりの衝撃にノエラは頭が真っ白になった。自分が作ったスープは素材のおかげでかなり美味しく出来ていた。ところが今は完全に別物――別次元の美味しさに変貌していのだった。
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