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39 遭遇

 夜になったばかりの森の中を3人の青年――少年が走っていた。と言うか先頭の一人はギリギリ少年と青年の真ん中くらいと言う感じで、残り2人はまだ全然子供だった。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……ッ」 

 

「ハァ……ハァ……ま……まだ……追って……来るよ!」 

 

「ハァ……ハァ……ハァ……も、もう……走れないよ」


「ハァ……ハァ……いいからっ……走れ!」


 後ろの少年2人がグズグズと弱音を吐くのを、先頭の少年が叱咤する。勿論その間も全員、力の限り足を動かしていた。


「ハァ……ハァ……も、もう……ダメ……」


「と、止まったら……ハァ……ハァ……喰われるぞ!」


 3人とも、既に疲労と恐怖でボロボロだったが止まる事を許されなかった。延々と魔物が追って来るからだ。魔物はそこまで速くなかったが、逃げても逃げても追ってきた。


 少年達が逃げることを選択したのは、遭遇した瞬間、絶対勝てない、戦えば殺されると分かったからだ。


 少年達は探索者ギルドに所属する探索者だった。先頭の少年が下級探索者で残りの2人が見習い探索者だ。

 

 そして今日の成果が極端に少なかったせいで、本来、彼らの実力では危険な「中層」寄りの深度に足を踏み入れた。

 

 その甲斐あって?か、いつもより質の良い薬草や木の実を見つけて採取できたのだが、そろそろ帰ろうかという頃合いで魔物に遭遇した。

 

 3人は戦わず、即座に反転して逃げ出したのだが、それからずっと魔物に追われていた。ひたすら等間隔で追って来るのが足音や唸り声、息遣いで分かる。


 その時、ずっと変わらなかったこの地獄の様な状況が、ついに変わった。


「――ぅあっ!?」


 後ろを走っていた2人の少年の内の一人が、走っていた勢いのまま転んで苦悶の声を上げた。


「ハァッ……ハァッ……お、おいっ!?」


「ハァッ……ハァッ……ハァッ……だ、大丈夫か!?」


 先を行く2人も思わず止まって振り返る。転んだ少年が起き上がろうと藻掻く。その後ろの木々の陰から魔物の姿が現われた。

 

 魔物の体長は1メートルちょい、体高は1メートルほどで身体全体を硬そうな黒い剛毛で覆っている。

 大きな特徴はがっしりした体格の割に小さい頭部か、小さい頭部の割にがっしりした身体か――4足歩行で手足は太く短く、その手足の爪は鋭く強力そうだった。


「は、早く起きろ!」


 先頭で走っていた少年が慌てて叫ぶのと同時に、魔物がノシノシと躍り出て倒れている少年に飛び掛かった。

 

「グオォオオオオオオォッ!!」 

 

「うわあああぁあぁぁっ!?」 


「ひぃいいいいぃっ!?」


「たっ……たすけっ……!?」

 

 魔物と少年達の咆哮と悲鳴が入り混じる。少年達は直後の自分達の死を幻視した。終わったと思った。喰われると思った。思わず意識がとびそうになる少年達。

 

 その時、小さな――まあまあ大きな?――塊が少年達の視界の端から飛び出して魔物にぶつかった。

 


 ☆

 

 

 ロナとミラが魔力探知で魔力の反応を追ってやってくると、今まさに3人の少年達に惨劇の瞬間が訪れようとしていた。

 

「あっ……!?」


 思わず声が漏れるロナの横を猛スピードの塊が通り過ぎた。塊はロナの目の前で少年達の1人に喰いつこうとする魔物に、ほぼ真横から全速力で衝突した。

 

 衝撃で魔物の上半身が泳ぎ、デカくて鋭い爪が少年の身体ではなく森の地面の上に突き刺さる。一方の塊は衝突した反動で、まるでふわりと空中に静止しているようだった――もちろんミラだ。

 

「グルルッ!?」 

 

 魔物は警戒の唸り声を上げると、重そうな体格の割に軽快なバックステップで跳び退る。その魔物の前にミラが着地して杖を構えた。

 

「3人を逃がして!」 

 

「了解ッ!」 

 

 もちろんミラはロナに言ったのだ。ロナは短く返事をすると3人の少年達を見た。

 

「さあ、逃げるよ!アンタも立って!さあ!」

 

「なっ……おま……き、君らは……!?」


「えっ……?えっ……?」 

 

「ひっ……ひぃ!?」 

 

「いいから早く!」 

 

「……ッ!?」 

 

 ロナが睨むと、その眼光と気迫を浴びて3人はごちゃごちゃ言いかけていた口をつぐむ。

 

 ロナはそんな3人を追い立て、背中を押して走る。3人の少年達の誰より小さいロナに背中をグイグイ押され、少年達は容赦なく全速力で走った。ある程度の距離を一緒に走った後、ロナは足を止めて少年達に告げた。


「あの魔物は何とかするから、アンタらはさっさと逃げて」


「そっ……で、でも君らは……!?」


 年下の2人はもう口答えする気力も無さそうだが、一番年上らしい少年が食い下がった。 


「いや、ウチらは大丈夫だから、はよ逃げろって」


 明らかに自分より年下のロナが呆れた様子でそう言うと、一番年上の少年は悔し気に何か言いかけて、黙って頷いた。

 

「道は分かると思うけど、街はだいたいあっちの方ね」


 ロナはだいたいの方向を指さして教えると、踵を返してミラの元に急いだ。

 

 ロナに置いていかれた少年達は呆然と突っ立ったままだった。

 

 ☆

 

 少年達をさっさと追いやったロナは急いでミラと魔物の戦闘現場に戻った。ロナが息せき切って駆けつけた時、ミラと魔物の戦闘は至って安定していた。

 

「グルォオオオオオオオォッ!?」


 狂ったように咆哮を上げてミラに飛び掛かる魔物を、ミラがステップで身体ごと躱す。躱して魔物の頭を杖で突く。ビシッ!グシッ!と重い打撃音が響き「ガッ!?」とか「ガフッ!?」とか悲鳴のような呻き声のような声を漏らす魔物。その割に効いていないのか、魔物は頭を振って、すぐにまたミラに飛び掛かっていく。


 ミラは魔物の爪や牙を紙一重で避けながら、杖で打撃し続けている。魔物の攻撃が当たったように見えるときもあってロナはヒヤヒヤしたが実際には全て空を切っていた。

 

 ロナはミラが体捌きで魔物の攻撃を避けつつ、時折「短距離転移」の魔法を使って距離をとっているのが魔力感知で分かった。

 

 実戦で使うのが一番成長が早いと言ってたし、ミラの性格的にもかなり余裕をもって躱している筈だが、それでもけっこう不安になる。

 

 何せ今ミラが戦っている魔物はずんぐりとしていてパッと見、そこまで大きく見えないが、前脚の爪の一振りで人間の身体を簡単に引き裂くような魔物なのだ。

 

 掠っただけでも大量出血、モロに当たれば人間の身体なんて1撃で切断、粉砕、牙も似たようなもので、全ての攻撃が即死級のダメージになる。

 

 そんな魔物が森から出て来るようなことがあれば村の1つや2つ、1日かからず全滅してしまう。それ程、恐ろしい魔物なのだ。

 しかも魔物は基本、獲物を捕らえると生きたまま喰うのだ。「もしも」を考えると恐ろしすぎる。

 

 だがロナがやきもきしている間に、余裕が出てきたのか、ミラが魔物の後頭部や側頭部を中心に叩きつけていた突きの目標を徐々に前頭部にずらしていく。

 

 ミラの突きが眉間や眼球に命中し始めると、魔物の突進は止まり、前脚を振って杖の打撃を嫌がり始めた。と言うか既に片目は潰れ、魔物は逃げ腰な姿勢になっていた。


 だが、魔物の中には賢いのもいて、基本的に手負いで逃げられるのは良くない、とミラが言っていた。

 なので、ミラは止めを刺すつもりだろう。

 

「グルゴォオァアアアアアアアアァッ!?」


 魔物は涎を飛び散らせながら必死に前脚を振り回してミラを追い払おうとする。

 時折、飛び掛かろうともするが、ミラの動きについて行けない。ブンッ!と前脚を大振りした瞬間、無事な方の目に杖が突き刺さった。

 

「グギャオオォゥッ!?」


 悲鳴を上げ、両前脚で鼻面を抱えた魔物の反対側の目にも続けざまにミラの杖が深々と突き刺さる。次の瞬間、ドウッと倒れる魔物。

 

 ピクピクと痙攣する魔物の首にミラが何度もナイフを突き立て、半分ほど斬り裂いたところで魔物は絶命した。

 

 少しの危なげな場面もなくミラの圧倒的完勝だった。

 

「ヒュ~ッ♪相変わらず凄いなミラ!」


 ここしばらくの森の修行生活でロナもかなり強くなったが、ミラは全然別格の強さだった。

 ロナはそんなミラが心底凄いと思ったし、自分もそうなりたいと願っていたが、ミラは至って平然としたものだった。

 

「森での訓練で私もロナもかなり力がついてるからね。ロナでも余裕だったと思うよ」 

 

 自分が1人でこの魔物と戦って勝てるだろうか?ロナは脳内で戦いをシミュレートしていたが、ふと近くの木立の影に気配を感じた。

 

「――もう、アンタら逃げろって言ったのに」


 ロナがそう声をかけると、ロナが逃がしたはずの3人の少年が木の陰からノロノロと姿を現した。

 

「――お……お前ら、いったい何者なんだ!?」


 顔面蒼白の少年達の中で、一番年上の少年が血の気の失せた顔でそんな言葉を叫んだのだった。



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