32 決戦
明らかに格上の魔法使いとの殺し合いに突入し、私はメチャクチャ恐怖していた。だけど同時に心の底から怒りが湧き上がってきた。
目の前の魔法使いの男が、何かめちゃくちゃキレてるけど、そもそも先にロナを誘拐して、ロナを人質に理不尽な要求してきて、そして先に「雷撃」の魔法でロナを狙って来たのもあの男の方だ。それを避けられてちょっと反撃されたからってキレるとか頭が腐ってるとしか思えない。
私が憤慨していると、次の「雷撃」が来た。その直前に魔力が飛んでくるので割と余裕をもって回避できる。
私が避けるのが余程気に入らないらしく、今や男は指先を私に向けて、次々と「雷撃」の魔法を発射していた。
バーン!という轟音が次々と響き、直撃した地面が弾ける。案の定、これだけ騒いでいれば屋敷の方で人が動いているのが見えた。早くしないと増援が来てしまう。
「くそっ!くそっ!このクソがッ!クソ虫がッ!!」
魔法使いの男が罵声を叫びながら「雷撃」の魔法を連発する。私はそれを左右に跳びながら回避していたが、次の一撃の魔力の軌道を見極め、姿勢を低くして超低空で一気に魔法使いの男に向って跳び込んだ。
☆
男は見た目通りめちゃくちゃキレていた。まさか貧民街のガキに――この世で最底辺の存在ごときにここまでコケにされるとはこれっぽっちも考えていなかったからだ。
だがある部分では冷静に戦況を分析していた。このガキはすぐに避けきれなくなって一か八か突っ込んでくるだろう。
正面から捌いてやっても良いが、1つ面白い魔法を見せてやろう。オレに一矢報いたと思った瞬間、それを絶望に変える。その顔を拝んでからあのガキの頭をかち割ってやるのだ。
男は相変わらず、可能な限りの速さで「雷撃」の魔法を撃ち続けているが、撃った瞬間あのクソガキは、まるで猿の様に素早く躱してしまう。いや、猿でもあんな避け方は出来ないはずだ。
つまりあのクソガキは確実に「魔力感知」し「身体強化」している。魔法石を持っているのは確実だ。
貧民のクソガキが分不相応な力を身につけてのぼせ上がり、この神に選ばれた高貴な人間である自分に逆らい、無駄な手間をとらせている。
対価を払ってやろうと言う自分の温情に唾を吐き、あまつさえ貴族の屋敷に押し入って暴れている。
どれ一つとっても、たかが貧民のガキの分際で――万死に値する所業だ!
魔法使いの男は目の前で、自分の「雷撃」を避けて跳ね回るクソガキの頭を、真っ二つにかち割る場面を想像して内心、舌なめずりした。
さあ、動き続けるのも、もう限界だろう?さっさと突っ込んで来い。
男の魔力は膨大で、まだまだいくらでも「雷撃」を撃ち続けられるが、さっさと止めを刺したくて焦れていた。
そしてついに哀れな貧民のクソガキが「雷撃」を躱しつつ男に向って突進してきた。
そうなるように、少し「雷撃」の軌道を高めにしてやったのだ。それを隙とみてクソガキが今まで以上の猛スピードで突っ込んでくる。
確かに速いが、誘った隙だ。これで仕舞いだ。
魔法使いの男は満を持して、自身の「取って置きの魔法」である「短距離転移」の魔法を発動した。この魔法を使った時、対峙した敵は一瞬、男を見失い、固まる。固まったその敵に悠々と止めを刺す瞬間が彼の愉悦だった。
魔法使いの男が「短距離転移」の魔法で消える。出現するのはクソガキの背後だ。一瞬もかからず背後に現れた男が手斧を振り上げる。
魔法使いの男は自分に投げつけられたクソガキの手斧を完全には避けられなかったが、それでも常人離れした反射神経で咄嗟に手斧を掴み取っていたのだ。あえて相手の武器で止めを刺す。それも彼の愉悦だった。
だが、振り上げたその腕を、一向に振り下ろすことが出来ない。まるで時が止まったように――それなのになぜか、世界がグルグルと回転していた。
何故?どうなってる――魔法使いの男の思考は、そこで途絶えた。
☆
魔法使いの男に向って突進した瞬間、男の魔力が私の背後に集中するのを感じた。
もはや右手を背後に隠したりせず、最速で「異空間収納」の魔法から手斧を取り出す。
魔法使いの男に手斧を振るう直前、魔法使いの男が私の目の前から消える。
ほぼ何も考えず、私はその場で半回転して背後に向って手斧を全力で薙ぎ払った。
手ごたえは殆ど無かったが、目の前を魔法使いの男の頭がクルクル回りながら飛んで落ちていく。その動きで男の血潮が上下左右に撒き散らされるのを、後ろに跳んで躱した。
その瞬間はまるで時間がゆっくり流れているみたいにハッキリ目に焼き付いた。考えている暇など無かったが、あまりにも突然、「その時」は訪れた。
今まで私は無意識にも意識的にも人を殺さないようにしてきた。「それが悪い事だと考えたから」ではない。「そこまでする程の罪」と思った相手が居なかったからだ。
悪い人は腐る程いたが今まで私に対して「この人は死ぬべきだ」と思う程の酷い事をした人がいなかった。あのクソ孤児院のクソ院長ですらそこまでとは思わなかった。クソ人間ではあったけど。
それが、選ぶ暇も決心する暇も無く、気付けば私は魔法使いの男の命を直接刈り取っていた。ショックは意外なほど無かった。
殺し合いをしていたのだからその相手が死んでも不思議でもなんでも無いが、初めて人を殺す時はもっとショックがあると思っていた。
魔法使いの男の身体がゆっくりと前に倒れた。その時、首から溢れ跳び散る血潮に混じって何かがキラリと輝いた。
私は地面に溜まりつつある男の血の海からその何か――首飾りを拾い上げた。「洗浄」の魔法で洗うと、5つの輝く石を繋いだ首飾りだった。
間違いない、魔法石だ。私は速攻で「異空間収納」の魔法に仕舞う。
「――ロナ、逃げるよ」
「え、う、うん」
まるで私の代わりにロナがショックを受けたように固まっていたが、立ち直るのをゆっくり待っていられない。敷地内で一番大きい建物――多分屋敷の方から複数の人が駆けつけて来る。視線をめぐらせると他の建物からも人が出て来るところだった。捕まったら間違いなく問答無用で処刑だろう。
私はロナの手を引いて走り、侵入ルートを逆に辿って逃走した。間違いなく目撃されただろうが、仕方がない。とにかく捕まらなければ何とかなる、はずだ。
ゆうに大人2人分の高さがありそうな壁に飛び上がり、上から縄を降ろしてロナを引き上げる。ロナが上がってくると、抱えて飛び降り、また走る。
時折、出くわす夜回りの兵士や他の屋敷の門の前に立つ兵士は、私がロナを抱えたまま「擬態」の魔法を使って視線を避けつつやり過ごした。
貴族街と平民街を隔てる内壁を越える時、振り返ってみると深夜にもかかわらず、貴族街が少しざわついているように感じた。あの家の家人や兵士はともかく、きっと職務上、他の貴族家にも動いている人がいるんだろう。
内壁を越え、水路を渡る時、ロナが渋ったが半ば強引に引きずり込んで泳いで渡った。対岸の平民街に上がった後、「洗浄」の魔法で自分とロナを洗う。
ロナは突然、水路の臭い水にまみれていた自分の全身が綺麗になり、すっかり乾いて臭いも無くなると目を見開いて固まった。「擬態」の魔法は気づかなかったがさすがに「洗浄」の魔法は気づいたようだ。
(――いいの?)
ヨーコの問いに私は頷いた。もちろん「魔法の事をロナにバラしていいのか?」という意味だ。
私は微動だにしなくなったロナの手を引いて、貧民街の子供エリアに戻ってくると、拠点の部屋には戻らず適当な空き家にもぐりこんだ。
床を「洗浄」の魔法で綺麗にしてどっかりと足を投げ出して座り込む。さすがに疲れた。
「――あの、ミラ?」
「うん、ロナ、色々話そうか」
聞きたい事がたくさんありそうなロナに私は頷いた。
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