29 遣い
ロナが拠点の部屋を出て行ってから、私はロナの申し出に対する答えに悩み、その内ウトウトと眠ってしまった。
浅い眠りの中、私はロナと一緒に逃げ出した孤児院の夢を見ていた。
その孤児院は治安対策も兼ねてこの街の領主が設立し、運営補助金も領主が出していたが、太りすぎの院長はその補助金を、当然のように孤児院の運営の為には使わず、自分の懐に入れていた。
補助金をもらっている以上、当然、運営状況を報告しなくてはならないが、管轄する貴族に金を渡して殆ど握り潰していた。
孤児院では大人の世話係が院長の他に1人しかおらず、その世話係も世話など殆どなにもしなかった。
弱らせておくほうが都合が良いのか食事は1日1回で死なない程度にごく僅かな量だけ。院内は常に不衛生で少しでも文句を言えば漏れなく暴力が返ってくるので、誰も何も言わなかった。
そんな状態でも、子供がいなくなれば補助金が減るらしく、逃げないように監視だけはそれなりに熱心に行われていた。
そんな所だったので、私とロナは満足に動けるうちに、と話し合い脱走した。その際、ロナと2人で院長をボッコボコに殴って身ぐるみを剥がして縛りあげ、小銭と武器になりそうな物――私は院長の杖とナイフ、ロナは短剣――を奪って逃げた。
貧民街に逃げ込み、数日は追手に怯えたが、結局、特にそれらしい追手や兵士は現れなかった。
この街の兵士はあまり仕事に熱心ではないので捜索をサボったのかもしれないし、子供に殴られ逃げられるという不祥事を隠すため、そもそもあの孤児院長は通報していないのかもしれない。
それ以来、私とロナはずっと空き家の一室を拠点として共有している。
不意に目が覚めた私は、周囲を見回した。拠点の部屋の中には私以外誰も居ない。ロナはまだ帰ってきていないらしい。
一瞬、返事を保留した私に嫌気がさして、もう帰ってこないつもりなのかと思った。
だけどやっぱり答えを聞かないまま、というのはおかしいと思い直す。
それよりは「保留」を拒否してすぐに答えを要求するなり、「保留」は「否定」と受け取って「じゃあもうイイや」となりそうだと思った。
その時、ヨーコが短く警告した。
(――誰か来る。ロナじゃないわ)
慌てて自分でも魔力探知すると、私たちの拠点の部屋に近づいて来る反応があった。反応からすると大人の男の人らしい。
この辺り――子供エリア――では大人は目立つ。その上、一人で歩くには割と危ない場所なのだが――よくよく反応を見ると、その人物はそれなりに戦えそうな様子だった。
多分、皆、気づいているとは思うが、手を出さずにここまで素通りさせたらしい。
この辺りの子供達全員でお互いに守り合ってはいるが、別に自警団が有るわけでもない。相手が強そうなら息を潜めてやり過ごすか、逃げるしかないのだ。
「コンコン――コンコン」
私が様子を伺っていると、その人物は私達の拠点の部屋の前まで来て、ドアをノックした。私が黙ってジッとしていると、再びノックがあり、そのあと声をかけられた。
「――開けろミラ。話がある」
知らない声が私の名を呼ぶ。という事は誰かの使いだろうか。そもそも、私の知り合いに大人の男の人は殆どいない。
またあの商会のおじさんの使いだろうか?だとしたらしつこすぎ――そんな事を思いつつ、仕方がないので私はドアを開けた。
「――おじさん、誰?」
「おじさん……まあ、良い。オレはただの遣いだ」
ちょっとショックをうけたらしい目の前の男を見上げると、確かにまだ若そうな男の人だった。
ちなみに「若そう」というのは、周囲が暗くて明かりが無いのではっきりとは分からなかったからだ。
「ある男から伝言だ。『お前の魔法石を買い取ってやろう。断れば二度とロナは帰ってこない』との事だ」
私は一瞬、頭が真っ白になった。そして思った。「ついにバレたか」と。
あの商会の粘着おじさんがお皿やグラスに執着してるだけで、魔法石の事は一切バレてないと思っていたのに、どういう訳か目の前の男は「持ってるんじゃないのか?」みたいなあやふやな疑いではなく「間違いなく持っている」という確信があるらしい。
しかも気が早いことに、ロナを人質にした上での要求らしい。
「――えっと、私の何を、ですか?」
「ああ、そういう小芝居は良い。ほら、金をやるからさっさと出せ」
そう言うと、男は手を突き出す。その掌の上には金貨が3枚のっていた。
とりあえず惚けて(とぼけて)みたが無視された。そして分かっていた事だが、やっぱり私は完全に舐められている。
確かに金貨3枚と言えば大金だが、たとえ私が持っている魔法石が何の魔法石であれ、魔法石に対する対価としては安すぎて話にもならない額だった。
万が一にも事が露見した場合に、一応「奪ったわけではない」と言う為のアリバイ作りだろうか。それとも単なる施しのつもりか。
どちらにせよ、力づくでも奪うつもりだと男の目が言っていたし、万が一、私が逃げ果せてもロナが死ぬ、と言う状況らしい。
私は答えに詰まって、ヨーコに意識を向ける。それだけでヨーコは察してくれた。
(――やるにせよ、やらないにせよ、ミラ次第よ)
その答えを聞いて私は満足した。
次の瞬間、私は目の前の男の股間に向って真っすぐ足を蹴りあげた。
「ボグッ!」「はぉあッ!?」
男は即座に崩れ落ちた。意識があるのかないのか、ピクピクと震えながら口から泡を吹いている。
私は男の手から転がり落ちた金貨を拾って男の服のポケットに突っ込んだ。そしてそのまま倒れている男は放置して、私は拠点の部屋を出た。
あの遣いの男が本来戻る筈の時間プラス少々、それくらいの時間でロナを見つけて奪還しなければロナが殺される。もはや一刻の猶予もない。私は、突然、地面が無くなったような酷い焦りに呑み込まれそうになっていた。
私にはこの選択しかなかったと思ってはいても、やってしまった後で焦っている自分がとても嫌だった。
私は深夜の貧民街を、いつものパン屋の方に向って歩く。夜空は雲ひとつなく、月明りで明るい。隠密行動には向かない厳しい環境だが仕方がない。
「――ヨーコ、ロナの居場所、分かるんだよね?」
焦る気持ちを押し殺して、歩きながら小声でつぶやくと、ヨーコの返事が返ってくる。
(もちろん。良い機会だからミラに取って置きの魔法の使い方を教えてあげるわ)
また「取って置き」の魔法らしい。いつも思う事だが、ヨーコにはどれだけの「取って置き」があるのか。だが、今は有難い。私はただ頷く。
そしてヨーコの魔法講座が始まった。
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