27 お願い
結局、私はおじさん――マチーボン商会の商会長ポズン・マチーボンさんを殺さないと決めてからしばらく経った。
まあ、逆に殺すと決めていたとしても、さすがにまだ人は殺した事が無いし、獣や魔物と違って人はそんなに単純じゃない。精神的にも技術的にも、私がスンナリ殺せるかと言えばかなり怪しい。
それでもとにかく私は、私を殺そうとしているお金持ちの権力者を野放しにする事を選択した。
さんざん迷って決めたので今はもう納得している。ただ、そう決めたからには対策はしておきたいと思った。具体的には戦う準備と逃げる準備だ。
戦う準備は結構前からしている。今までやって来た魔物狩りで棒術や身体強化の他、魔力感知や魔力探知、関連能力が上がっている。
そして「発火」の魔法石を手に入れてからは狩りに「発火」の魔法も使うようになった。それによって能力値にも「発火」や他の魔法も表示されるようになった。
ともあれ戦闘技術や魔法技術は一朝一夕には上達しないので続けるしかない。
そして、逃げる準備の方だが、最近は連日、色んなものを買い込んで、次々と「異空間収納」の魔法に仕舞っていた。
探索者ギルドの新人パーティの子達を助けに行った時、「異空間収納」の魔法に仕舞っていた手斧や縄や紐なんかが非常に役に立った。サラシを買いに行ったついでに買い集めて仕舞っておいた物だ。
今回も同じ要領で、逃げる時に必要になりそうなものを毎日買い集めて「異空間収納」の魔法に仕舞っているのだ。
例えばパンや飲み物や食材。「異空間収納」の魔法に入れておけば腐らないと言うので、とにかく適当に何でも買って放り込んでいる。ちなみに飲み物は果物ジュースや薄いワイン。売ってる水は高いし(共用井戸はやめとけ)とヨーコが言うので。
例えば色んな調理器具。せっかくヨーコの「弱火」~「強火」の魔法や「保温」の魔法があるのだからそろそろ自炊の練習もしようと思った。
そう言えば、今食べてるカレーはヨーコが作ったと言っていた。いや、お店で買ったのもあるんだったか?とにかくあんな美味しいのを作れるんだから、料理はヨーコに教えてもらえば良いかもしれない。
あとは毛布や寝袋やテーブルやイスやタライやバケツや他にも色々だ。一度に買えないので毎日、何かしら買って仕舞っての繰り返しだった。
おかげで、かなり稼いだはずのお金も綺麗に無くなり、新しく肉や素材を売ってお金が出来てもまたすぐに無くなるので、すっかりカツカツの生活に逆戻りしていた。
狩りの方も数日前からメニューを変えている。最近はまず午前中、発火蜥蜴を狩って、午後は発雷鼠を狩って、その移動の合間に見かけた虫を狩るという感じだ。
と言うのも、数日前、発雷鼠の魔法石もポロッと出たからだ。
なので今の狩りの目的は、戦闘訓練と魔法訓練と魔法石と肉だ。
訓練が今の最優先だが、魔法石も引き続きどんどん狙っていく。別に同じ魔法石が2つあっても全然問題ないし。
そして肉は、背負い籠に入れて一度に持って帰れる量が「発火蜥蜴1匹と発雷鼠5匹まで」と言うだけで、それ以上獲っても「異空間収納」の魔法に仕舞っておくので問題ない。
そんな感じで、財布はカツカツ、訓練と仕事は途切れることが無いという忙しい日々を送っていた。
そんなある日、お昼ご飯を食べているとヨーコが(そろそろ中層で狩ってもいいかもね)と言ったので、私はまずヨーコに中層で狩る獲物の相談をした。
ちなみに一言で「中層」と言っても中層はメチャクチャ広い。「浅層ではない所は全て中層」と言われているくらい広大だ。
そう言われている理由は、深層に到達できる探索者が殆ど居らず、大半の探索者達には中層がどこまで続くのかすら分からないからだ。
(前にギルドの資料室で読んだ資料で、だいたい目星はつけてあるわ)
今やヨーコに「おんぶに抱っこ」な私は黙ってヨーコが話を続けるのを待つ。
(これからのミラに必要なのは切り札になるような強力な攻撃魔法と、敵の魔法から身を守る防御魔法ね。攻撃魔法はいくつか候補があるけど、基本的にそういう魔法石を獲るという事は、その魔法を使う魔物を倒すという事。どの魔法を選んでも命がけの戦いになるわ)
ヨーコの声は真剣で、いつもの柔らかい雰囲気は一切なかった。
自分の命と自由を守るために強い魔法が必要なのに、その強い魔法を手に入れる為に命を懸ける必要がある。
けどそんなのはもうすでに覚悟したことだ。
理不尽な要求を呑む気は無いし、魔法石を手放す事もしない。
これから先も「この道」をゆくなら何度でも命を懸けるだけだ。私は「自分なら出来る」とか思っていないし自分に酔っている訳でもない。ただ選択肢がないだけだ。「イヤなものはイヤ」というのは私の中で、私自身が思っていたよりも遥かに揺ぎが無かった。
(防御魔法は多分、攻撃魔法よりは幾分か獲りやすい筈よ。そして防御魔法があれば攻撃魔法を獲りに行くのに強力な助けになる。なので、まず「身を守る防御魔法」を獲ってから「切り札になる攻撃魔法」を獲る、というのが基本的な計画になるわね)
「分かった」
私は即座に頷いた。迷っている時間はない。あの商会長のおじさんのような人に、私が魔法石を持っているのがバレる前に出来るだけ強くなりたい。簡単に手出し出来ないほどの魔法使いに少しでも近づきたい。
私は昼食後、すぐに中層への道の開拓を始めた。
中層で狩りたいと言っても、すぐに狩りを始められる訳ではない。
ヨーコがギルドの資料室で覚えた情報を基に、狙う魔物の生息域までの行き帰りに必要な目印を見つけて、自分なりのルートを確立しなくてはならないのだ。
ちなみに資料には「ハッキリくっきり一目で分かる地図」は無く、いくつもの目撃情報が全部まとめて、文字として並べてあっただけだ。
魔物図鑑も近隣に出現する魔物を全て網羅しているとはとても言えなかった。当然だが強い魔物ほどイラストが載ってなかったり、スケッチではなく想像図だったりした。
私は奥へ進む間、所々に他人が見ても分からないけど、自分が見れば分かるよう――具体的には紐の括り方で行く先が判断できるようにルールを決め、目印を設置しつつ、少しずつ巨木の森の奥へと進んで行った。
たくさんの探索者が入っている筈なのに不思議なほど、私以外の探索者と遭遇しない。巨木の森が広大なせいもあるだろうし、おそらく格上の探索者と接近遭遇しても私が気付けないのだろう。
今日は昼から出発したので、ある程度のところで引き返し夕方には街に戻った。
中層で活動するとなると、明日からは本格的に泊まりの日が増える。ロナにも言っておく必要がある。
何ならロナに別のルームメイトを見つけてもらった方が良いかもしれない。一人では何かと不用心だし――。
拠点に戻ると、ロナがパンをかじっていた。
「おかえりミラ~今日も遅かったじゃん?」
「ただいまロナ」
私も背負い籠を降ろして座ると、さっさとパンを食べ始める。しばらくして食べ終わるとロナは既に食べ終わってボーっとしていた。
「――ロナ、話がある」
「偶然。ウチも話あるよ~」
「ん?じゃあロナから言って」
「いや~ミラからでいいよ」
私達は何となく譲り合ったが、私が先に話すことになった。
「――ロナ、私、明日から中層を目指して活動するから森で野宿する日が増えると思う。そうなると私が泊まりの日はロナ一人になって危ない。明日、別のルームメイトを探さない?」
「あーそういう話か――うん、まあ丁度いいかも」
ロナは一人で何かを納得したようにそう言って頷いた。
「ロナ?」
「ミラの話は分かったよ。じゃあ、ウチの番ね」
「――分かった」
とりあえず言いたい事は言ったので、私は頷いてロナの言葉を待つ。
「――ミラ、ウチと正式にパーティ組んで欲しい。そんでウチのことも鍛えてよ」
ロナは知り合ってから今までで一番真面目な顔でそう言った。それは、私が思ってもみなかった申し出だった。
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