第九十一話 死ぬのがそんなに怖いのかい?
オレの本気が伝わったのだろうか。使いはこれまでのオレを舐めきった態度を百八十度変えてオレに対して今までにない大きな声で問い掛けてきた。
「ちょっと待ってよ。そらがそんなことを許すのかい?ボクらそらの造成物はそらに使命を与えられて、決められた寿命を全うするのが定めなんじゃないのかい?いくらなんでもそらの言うことには逆らえないよ。キミが自分で自分の命を捨てることをそらが認めたわけではないんだろう。だからそんなことは不可能だって」
「そらはオレだけじゃなくて悪魔全般に自死することを認めているさ。オレはそらの手から生み出されたときにそのように聞いたよ。オレ達は人間と同じ様に自死することが許されているのだって。この世の中に生きていることが嫌になったらいつでもそらの元に帰ってきなさいと。オレのやろうとしていることは既にそらに認められたことなのだよ。
オマエもいつになく感情的で必死じゃないか。オレが自ら死ぬことなど想定していなかったのかい。オレと一緒にこの世から消えてなくなってしまうことがそんなに恐ろしいのかい?」
使いはいつもはオレの頭上でオレを見下ろしているものだが、急にオレの視線の高さまで降りてきて真っ直ぐにオレを見つめた。その視線からは明らかな恐怖感が伺え知れた。誠に愉快な顔色だった。
「下らないこと考えるのは止めなよ。キミには大切な家族がいるじゃないか。きっと悲しむよ。お父さんがいなくなったりしたら。家族の為だと思ってもう少し長生きしようよ」
ようやく天の使いというものの思考の低さを垣間見ることができた。所詮は優秀な悪魔に対抗することなど不可能であるのだな。
「オマエは馬鹿なのか。正直少し失望したな。天の使いとはもう少し頭の回転が良い生き物だと思っていたよ。
良く考えろよ。何故オレが自らの命を投げ出そうとしているのかを。家族を守る為に決まっているじゃないか。天の使いなどに憑依されたオレが家族と一緒に暮らしていると大きな被害を被るのは愛する我が家族なんだよ。オレは天の使いに憑依されたこと自体を嘆いている訳ではないのだよ。オレのせいで家族が辛く、苦しい思いをするのが耐えられないのだよ。オレがいなくなるのと、生き続けて家族を苦しめることを天秤にかければどっちが我が家族にとって幸福なことなのかは馬鹿なオマエにも分かるだろう」
「分かったよ。ボクはもうキミにもキミの家族にも悪さをしないよ。ただただキミ達家族を見守ることに専念するよ。いや、できる限りキミ達の望むことを叶えられるように努力もするよ。だから死ぬなんて止めようよ。死んでしまったらどうなるかなんてことは優秀なキミならよく分かっているだろう。もう、キミという存在は完全に無くなってしまうんだよ。これからきっといい生活が待っているよ。ボクが保証する。死ぬことなんて悲しすぎるよ。辛すぎるよ。だから止めよう。これからは本当に仲良く共存していこうよ」
使いは甘い言葉を掛け続けた。だが、その中のどれもオレの決意を揺るがす程のものではなかった。そもそも、ヤツのいうことなど信用などできやしないのだ。
「何故そんなに心にも無いことを口にする。お前達天の使いは人間の困った顔を見ることを生きがいに生きていくのではないのかね?人間を困らせることができなくなれば生きている価値も無いのではないかね」
「生きている価値なんて難しいことなんてボクには分からないよ。素直に言うよ。死ぬのなんて嫌なんだ。恐いんだよ。確かに天の使いなんて種族は人間に悪戯をするのが大好きさ。やることなんて他に無い。だけど、もうボクはそんなことはどうでもいいよ。逆に人間を本当に喜ばせることをボクの楽しみにできるように努力する。だから、死ぬのなんて止めようよ。キミだってもっともっと長く今の身体で、今の生活を続けたいだろう」
「死ぬのが怖いのかい。オマエは先程オレが人間臭い悪魔だと言ってくれたな。死ぬのが怖いなんて思うオマエの方がよっぽど人間臭いぜ。いいや。人間以下だな。人間だって死を受け入れられる者だって山ほどいるぜ。
大体な。オマエが人間に害を加えずに生きていくことなんて、できないことくらい分かっているさ。人間が飯を食わないと生きていけない、睡眠をとらないと生きていけないのと同じことだものな。何かをしないと生きていけないというのがオレ達悪魔との決定的な違いだな。オレ達悪魔は生きていくのに必要なものなど何もないのだ。生きていることに目的など無いのさ。従って生きている価値もたいして無いのさ。
オマエ、オレが家族と一緒にいることに執着していると思っているだろう。多少はあるさ。オマエの言う通りオレは家族に愛情を持っているからな。だが、それ以上にオレとオマエが家族に危害を加えることを避けたい気持ちの方がずっと強いのだよ。それは防ぎようのないことだものな。そういう愛の形もあるのだよ。よく覚えておきな」
使いはもう何も言えなかった。オレのいうことを否定することすら許されなかった。




