第八十九話 キミの家族をぶち壊してやりたい
「だって気に入らないんだよ。悪魔のくせになんだかとっても人間臭くてさ。悪魔なんてもっと自堕落なものだろう。そして、自堕落に生きる為に人間を傷付けたり、不幸に追いやるものだろう。それなのにキミは人間達と調和をとってバランスよく生きていこうとする。人間特有の愛情って感情みたいなものを持っているよね、キミは。家族に対してかな。
それが最も気に入らない。何故かは分からないけどそんなキミを見ているとイライラしてくるんだ。何故、人間と仲良くしようとしているの?家族と言っても所詮は他人でしょ。そんなキミを見ているとキミの家族をぶち壊してやりたいって思うんだ。キミの化けの皮が剥がれて、大切な家族を傷付ける。そんな悪魔本来の卑しいキミの姿が見たくてボクは君に張り付いているのさ」
そんな下らない理由でヤツはオレに憑依しているのか。ため息が出た。情けなくて、悲しくて。そしてあまりにも哀れで。
「不思議なものでな。オレは確かに自分の家族を愛しているよ。いつからだろうな。何故なんだろうな。そんなことは全く思い出せないよ。気が付けば家族は大切な存在になっていた。何よりもな。悪魔としての誇りなどどうでもいい。愛というものが人間特有のもので、例えそれが愚かな感情だとしてもオレはこの気持ちに誇りを持っているよ。オレだって人間という生物は何の知恵もないし、愚かな行動を繰り返す馬鹿な存在だと思っているよ。だが、彼らも素晴らしいものを持っているものだな。オレはそれを教えられた。お前のように誠に愚鈍な生物には理解できようもないだろうが」
「笑わせるね。愛とかいうものに浸り過ぎて頭もおかしくなっちゃったのかな。愛とかいうものにキミは振り回されてきたんじゃないのかい。
キミのところのお姉ちゃんが何処の馬の骨とも分からない男を愛してしまったり、そのせいでキミはとても嫌な思いをしたよね。奥さんの場合だってキミを嫌な気持ちにさせたのは奥さんの娘に対する異常な愛だったんじゃないのかい。
そもそもキミが家族に対して余計な愛情なんて抱くから、苦しみなんかを感じるのではないのかい。家族と言っても他人は他人。知らぬふりをしていればキミは無駄に苦しむこともないじゃないのかい」
ああ。オレも昔はそう思っていたさ。人間の持つ相手を思いやるという感情はなんと無意味で無益なものだろうとな。おそらくヤツにはオレの言うことなど理解できないであろう。それでもオレは口にした。
「愛というものはそんなに単純なものではないのさ。愛情を注ぐということ、愛情を受けるというのは気持ちのいいことだけではないのだ。時にはお互いを傷付けあうこともある。しかし、お互いが愛を持って接していればそんなことは苦痛とは言わない。愛し合っているが故に、と理解しているのさ。そして、多少の痛みの後はそんな痛みの何十倍も大きな暖かさに包まれることができるのさ」
使いは腹を抱えて笑った。何故かその姿を見ても腹が立つことはなかった。むしろ、オレも可笑しくなって笑ってしまった。機嫌の良さそうなオレを見て使いはまた面白くないといった顔色に戻った。
「まあいいや。キミなんかと愛なんてつまらないものについて語っている程ボクは暇じゃないんだよ。次にキミとどんなことをして遊ぼうかって考えなくちゃいけないからね。今度はキミに会社の中ででも活躍してもらおうかなと考えているんだ。キミ、以前に会社の上司を盲目にしたことがあるんだろう。それと同じことを無差別にやってもらったら面白いんじゃないかって。逃げようとしたって無駄だよ。ボクの能力から逃げられないことはもうよく分かったろう。
何処にいこうが、何をしようがボクから逃れることなんてできない。これから数百年のキミの命が続く限りボクらはずっと一緒だからね。」
これまでのオレだったらまた怒りをあらわにしていたかもしれない。憎たらしくて仕方のないヤツを殺してやりたくてジタバタと醜態をさらしていたかもしれない。だが今日は違う。今日のオレは特に機嫌がいいのだ。実に穏やかな気分なのだ。大自然に囲まれていることがとても関係しているのだろう。




