第八十八話 なぜなんだい?
かなり森の中まで進んできた。背が高く枝の大きな木々が生い茂り、太陽の光がここまで届かなくなってきた。太陽はあんなに明るいのにオレのいるこの場所は薄暗くもあった。
その先にひとつのとてつもなくでかい木を見つけた。その木は真っ直ぐに太陽に向かって伸びているのではなくかなり歪んだ形をしていた。幹から生える枝も上へ上へと伸びているのではなく、地面と水平なくらい横に広がっていた。一本一本の枝が太くて長い。一番背の低い枝でも地面からおよそ四メートルくらいはありそうだ。
「神木」と言う言葉を聞いたことがある。オレはその言葉の意味をよく理解してはいなかったが、このような木をそう呼ぶのではないかと思われた。そのくらいその木には威厳と尊厳があった。やっとこの旅の目的地に辿り着くことができた。
ここまで引っ張ってきたキャリーバッグから一本のワインを取り出す。丁寧にコルクを取り外し瓶を直接口に押し当ててワインを流し込んだ。ここに来る途中に酒屋で買ったものだが普段オレが口にするワインよりずっと値の張る代物だった。これ一本で普段飲んでいるワインが五本は買えてしまう。大きな出費だが今日はそれくらいの贅沢はしてもいいだろう。どうしても出逢いたかったこの木と出逢うことができたのだからその祝いと考えればいい。ワインはあと二本ある。いつものように煙草を吸いながらチビチビとワインを飲み進めた。一本目のワインを空にした後、次のワインを取り出す際に同時にひとつの封筒を取り出した。そして次にバッグから取り出したのは少し長めの釘。
「悪いな。少しだけ傷を付けさせてもらうよ」
その釘で目の前の神木に封筒を打ち付けた。
探し物も大変苦労をしたがなんとか見つけることができた。そろそろ今日の最終目的を果たそうか。バッグの中から太めのロープを取り出して、その両端を結んで輪っかを作った。そしてそれを神木の枝の中でも太めのものを選んでその枝にロープを引っ掛けた。そして心の中で使いに声を掛けた。これまでこんなに穏やかな声でヤツに話し掛けたことは無い。
「天の使いよ。姿を現すがいい。オレにもお前にも大切な時間がやって来たぞ。安心しろ。お前を傷付ける気もなければ、喧嘩をするつもりもない。ただ話がしたいだけだ」
間もなく使いはオレの前に姿を現した。ただいつもと違うのは、ヤツはあの奇妙な舞を舞っていないことだけだ。奇怪な行動をとっているオレを不思議そうに眺めていた。ヤツの姿を確認したオレは静かに問い掛けた。
「ひとつ聞きたいことがあるのだが、正直に答えてくれるかな?お前は随分とオレに手を焼かせてくれるものだな。綾に憑依した時も毬に憑依した時も随分と頭を悩ませたよ。お前も知っている通りオレはそらと交信したことがある。これは大変珍しいことであるよな。そして大変光栄なことなのだろう。そらの自らの手で造られたオレ達だが、そらと交信したことがあるものの話など聞いたことがない。
そしてそらはオレの願いをひとつ叶えてくれた。天の使いという厄介者をオレの大切な家族に近づかないようにしてくれた。ただオレの祈り方が悪かったのだろうな。まさか、お前がオレ自身に憑依してくるとは思ってもみなかったよ。お蔭で大分嫌な思いをさせられたものだ。オレ自身がオレの大切なものを傷付けていくんだものな。辛いものさ。なあ。何故そんなにオレを苦しめようとするんだい?余程オレに執着が無い限り、天の使いが悪魔に憑依するなんて発想は出てくるものではないだろう」
使いの顔付きが変わった。いつものあの気持ちの悪い、憎たらしい笑顔を浮かべて饒舌に語り始めた。




