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第八十五話 今幸せかい?

 ある晩、早々に会社を後にして我が家に急いで帰り、何日かぶりに家族四人揃って晩飯をとることにした。身体に、心に変調をきたしてからは何となく家族の顔の前に姿を現しづらく、ひとりで飯を食うことが習慣になっていたので、久しぶりの家族全員揃っての晩餐だった。美佐子も毬も綾も久し振りの家族全員での晩餐になったことについて何も触れることはなかった。誰もオレを交えて飯を食うことになど何の興味もないのであろうか。だがその晩のオレは努めて明るく振る舞うように心掛けた。綾と毬に最近の学校での暮らしぶりを聞いてみた。ふたりとも特にオレの方に顔を向けることもせずに、


「別に」


と一言答えるだけだった。ああ、やはりオレは家族からも煙たがられているのだな。そう感じたがオレは果敢に家族に話しかけるのを止めはしなかった。誰に対してと言うわけでもなくオレはふと投げ掛けた。


「なあ。お前達は今幸せか?」


 誰も何も答えようとはしない。しかし、問い掛けを無視しているわけでもないようだった。何故そんなことを聞くのか、なんと答えればいいのか、そんな空気だった。実に「幸せだ」と即答するのは難しいだろう。毬が顔に大怪我を負ったのも最近のことだし、美佐子の声は未だもとに戻っていないのだから。問い掛けをしたオレ自身もその後どんな言葉を発して良いのか分からずに沈黙に覆われた。だが、美佐子がオレの箸を持つ手にそっと彼女の手を添えてきた。その顔色を見ると、それは明るい満面の笑みを浮かべていた。


「わたしはとても幸せよ」


美佐子の口からのは何の音も出ないのだが、そう言ってくれているのが明確に伝わってきた。それはオレだけではなく毬にも綾にもしっかりと染み渡っていたようだった。


「わたしも幸せ。これからおなかの子供を元気に産み落とさなくちゃいけないって心配はちょっとだけあるけど、自分は幸せなんだなって思うよ」


毬はオレの方ではなく美佐子の顔を見ながら答えた。それに続いて綾もどこか照れ臭そうに返事をしてくれた。


「わたしもお姉ちゃんと一緒。幸せだと思う。なんだか最近家族のみんなにおかしなことも起きるけど、家族が一緒だから乗り越えられるんだと思う」


 非常に満足だった。久し振りに意識もせずに笑った顔を家族に見せることができたと思う。


「お父さんはどうなのよ?」


手にしていた箸をテーブルに置いて、毬は真剣な表情で尋ねてきた。オレは今度は意図的に大きな笑顔を作ってその問いにこう答えた。


「オレか。幸せに決まっているじゃないか。そりゃ毬のことも美佐子のことも多少の心配なこともあるが、こうやって四人でいられることは何よりも幸せだ。そして、それはこれからもずっと変わらないだろうな。お前たちがいる限りオレはずっと幸せさ」

 

本当に僅かにだが、そこにいる全員が笑ってくれた気がした。毬はまた箸を手にしてバクバクと食事をすすめた。綾は少しの間オレと美佐子の顔を交互に見比べていた。そして美佐子は嬉しそうな顔をした後に、ほんの少し怪訝な顔をした。それこそほんの僅かにだが。


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