第八十三話 酔っ払い
しかし、こればかりは諦めざるを得ない。オレだって人間生馬の魂を無理やり外に追い出しこの身体を乗っ取って生きているのだ。それにしたってまさかオレが何者かに憑依されるなどとは思ってもいなかった。悪魔というものは生き物の身体を乗っ取るものであって、まさか自分が操られる側の立場になるなどと誰が想像出来るものだろうか。
そらの意思は絶対であることなど当然オレは知っている。それが使いにオレに憑依することを認めたのであれば、いくらオレが優秀な悪魔であってもそれを拒否することなどできはしないのだ。頭ではそう理解していても、心はそう簡単にその事実を受け入れられはしない。オレはいてもたってもいられなくなり、ベッドを飛び出して寝間着からジーパンとTシャツに着替えて家の外に出た。
もう、目に力を込めるのは止めていた。オレが目に悪魔の力を込めなければオレの視界に使いが現れることは決してないのだ。憑依されることは受け入れなければならないのかもしれないが、せめてヤツの姿など見たくはない。無性に酒が飲みたくなった。最近オレは嫌なこと、つまらないことが起きると酒ばかり飲んでいる。アルコール依存なのかもしれない。近所の公園の傍のコンビニでウイスキーのボトルを二本買って公園のベンチでそれをあおった。今は何も考えたくはない。しかし、これから何百年と天の使いと共に生きていかなければならない自分の将来を呪うことを止めることはどうしてもできなかった。オレはこれからどうやって生きていけばよいのだろうか。どうすれば家族になるべく辛い思いをさせずに暮らすことができるのだろうか。
色々と思考を張り巡らせたがこれが最善だと思われる策はオレの頭には浮かんでこなかった。今までに感じたことの無いような感情にオレの心は浸った。これが人間共のいう不安とか恐怖というものだろうと推し量ることは容易いことであった。この先に待ち受ける何が不安と言う訳ではない。見えない何かにオレは怯えているのだ。何が恐ろしいと言う訳でもない。この先に待ち構えているであろう何かにオレは恐れおののいているのだ。
こんな感情は脆弱な人間特有なものだと思っていた。オレのように強靭で優秀な悪魔には無縁なものだと。だが、この時のオレは間違いなく不安や恐怖を感じていた。ソワソワとして何か落ち着かない。怯えたって仕方のない未来に何故か怯える。そんな苦しい未来が降りかからないようにする為には今から何か予防線を張っておかなければならないような気がする。オレが不安を感じているのはまだ見えない未来のことだ。しかもオレに降りかかるか否か分からないことに不安を感じているのだ。そんなことに対して今から予防などできよう筈も無いし、無意味なことだとは分かっている。だが、今のオレの行動が未来のオレの不幸に直結するような気がしてならない。例えば今、こんなところで酒を飲んでいる場合ではないのではないのかと不安になる。家にいて素面の頭でどうやって使いの魔の手から逃れられるかを考えていた方が良いのではないかと感じてしまう。そんなこと考えるだけ無駄だと分かっているのにだ。自分の気持ちが弱い方向へ流れてしまうのは気分が悪いのでまたウイスキーの瓶を口元へ運ぶ。そして煙草を吸う。その連鎖をオレはしばらく続けた。ウイスキーもこれだけでは足りず、何度か公園とコンビニを往復したのを何となく覚えている。今までに無いくらいに酩酊してオレは家に帰った。どうやって、何時に帰ったのかも覚えていない。その日は酒というものの力を借りてなんとか苦しい一日を締め括った。




