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第七十七話 母親

「わたしはもちろん毬の味方よ。あの子の幸せを何よりも誰よりも祈っているつもりよ。だけど、あなたの言うように毬と谷田部君を引き離すことがあの子の幸せになるとは思っていないの。むしろその全く逆のことを考えているわ。


毬がおなかに子供を授かったのは毬と谷田部君が愛し合ったその結果に生まれたもの。決して誰が悪いとか、誰が被害を受けたとかそういうものではないと思う。若いふたりがお互いに抱く情熱が強すぎて、世の中の常識よりちょっとだけ早く子供をつくってしまったものだと思うわ。ふたりで愛し合った結晶としてできた子供なのですから、ふたりで協力して産まれてくる子に愛情を注いであげるべきだと思うの。


年齢的なこともあるから今すぐ結婚なんてできないことは分かっているわ。だけど、ふたりはできるだけ早く結ばれるべきだと思うの。わたしもそうだし、あなただって同じだと思うけど子供を産んだ毬を最大限にサポートするわ。だけどわたし達にできることはあくまでサポートなのよ。子育ての主役にはなり得ないわ。それができるのはやっぱり毬と谷田部君のふたりだけだと思うのよね」


 こいつは何を言っているのか。例えどれだけに愛を感じていた女であっても、これだけは許せなかった。オレだって毬は過ちを起こしたとは思いながらも新しい命、新しい家族の誕生を喜んでいる節はあった。だからこそ、産まれてくる子供の父親にあんな頼りない、情けない男はふさわしくないと考えているのだ。あんな餓鬼が父親になることは産まれてくる子供にとって幸せなことではないと確信しているのだ。それを毬はともかく美佐子まで異を唱えてくる。何と浅はかな考えであろうか。なんと愚かしいことであろうか。人間というものは人間を見る目が全く無い。悪魔があの餓鬼が父親としてふさわしくないと言っているのだ。何故それに従うことができないのか。人間生馬とオレが入れ替わってからのオレの偉大さがお前らには伝っていないのか。そうであるとするならばお前らの見る目というものは本当に狂っている。


オレはこれまで異常なほどに美佐子という人間に愛を感じていた。たいした理由もないのだが愛情を注ぐべき存在として大切に扱ってきた。しかし今はっきりと認識した。オレが感じていた愛情は実態など無い誠に儚い感情だということを。今、オレに対して偉そうに愛というもの、家族というものを語る美佐子に対してオレは愛しているなどと言うことも想うことできはしない。


「お前は相手の男をよく見てないからそんな無責任なことが言えるのだ。オレは誓約書を交わしに行った時に彼にあったがとてもじゃないが毬を幸せにできるような立派な男ではなかったぞ。自分のしでかしたことを反省する態度も、力強く毬を幸せにしてみせるという態度のひとつも見せられずに父親の陰に隠れて怯えながら、自分の行く末ばかりを案じているような小さな男だったぞ。


それを見たうえでオレは彼に毬を任せることなどできはしないと確信しているんだ。お前は毬の話だけを聞いて毬の将来を考えているのだろうが、それは安直すぎるぞ。きちんと相手のことをよく見極めなければならないし…」

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