第七十五話 気持ちを尊重してあげるべきじゃないか
「でもね。わたしには毬の気持ちが分かる気がするの。確かに若すぎるふたりが子供をつくったり、一緒になりたいと言うのは早すぎるとは思うわ。それに今の毬が冷静ではないこともよく分かっているつもり。だけど女が生涯のパートナーを決める時って意外と皆そんなものじゃないのかなって思うの。あなたは覚えているかしら。あなたがわたしにプロポーズをしてくれてのは、わたし達がお付き合いをしてから半年も経っていなかったじゃない。お返事させて頂くのに何日も時間頂いたわよね。あの時わたしもすごくドキドキしていたのよ。と言うかすごく興奮していたんじゃないかって思うのよね。
いつまで経ってもドキドキ興奮しっぱなしで、そんな気分のままお返事させてもらったのをよく覚えているわ。もちろん冷静になってからもあなたのプロポーズは嬉しかったし、結婚することも凄く幸せなことだと思ったわよ。でも、冷静さを取り戻すまでに何か月も掛かったのよ」
いち悪魔には美佐子が何を言いたいのかまだピンと来なかった。人間の女というものは何を考えているのか非常に理解し難い。美佐子は一息ついてビールを口にしてから話を続けた。
「毬もその頃のわたしと同じ様な気分でいるんじゃないでしょうか。ドキドキが止まらなくて興奮し続けている状態。冷静さを失っている状態。だけど間違いなく相手の男の人のことが好きなのよね。
あの子ね、谷田部君と結婚したいけど、それには色々な障害が待ち構えていることも理解しているみたい。あなたやわたしがそれを認めるかどうか。それ以上に谷田部君のご両親がそれを認めてくれるかどうかがとても困難であることをよく理解しているみたいでね。だから今のうちに誓約書でふたりの結婚を認めることを約束してもらうことを望んでいるみたいなの。馬鹿げた話だと思うでしょう?まだ高校生の幼い子供が結婚相手を決めようとするなんて」
ああ。実に馬鹿げた話だともちろんオレは思った。だが美佐子はその言葉とは裏腹に毬の気持ちを擁護しているのだとオレには感じられた。そう感じた瞬間からオレの心に何かイライラとした感情が芽吹いてきた。そんなオレの気分を知らずに美佐子は話を続ける。
「わたしね。今の毬の気持ちを尊重してあげるべきじゃないかと思うの。今は多少浮ついた気持ちでいるかもしれない。だけど、よくよく話を聞いているとあの子が谷田部君を愛していることは間違いないことだと思うのよね。幼いながらも彼のことを懸命に愛している気がするの。
あの子はわたしに訴えたわ。毬の身体に新しい命を吹き込んだ谷田部君に本当の意味での責任をとってもらいたいって。責任をとってもらう為には自分と結婚してもらわないと意味がないのだって。毬が望んでいるのは経済的な保障だけではないのですって。何でも精神的な安定を望んでいるみたいなのよね。そして精神的な支えになるのは谷田部君だけなんですって。
どんなに辛いこと、寂しいことがあっても彼と一緒なら乗り越えていけるんですって。だけど彼と一緒じゃないと小さな不安や恐怖にも押しつぶされてしまいそうなんですって。わたしにはよく分かるんです。その気持ちが。女っていう生き物は愛する人が傍にいるのといないのとでは全く心の有りようが違うんですもの」
だからどうだと言うのだ。オレの気分の悪さはピークに達していた。人間生馬の気持ちでさえ未だに理解できないオレに女の気持ちなど分かるはずもない。膝はガクガクと震え気持ちの悪い汗が額を流れているのを感じた。
「わたしはね。毬の気持ちを応援してあげたいと思っているの。あの子が谷田部君との結婚を望んでいるのであればそれを叶えてあげたいと思っているの。だけどこんなことわたしひとりが協力しようと思っても、叶えられるものではないじゃない。まずはなによりあなたのご協力が必要だと思うのよね。ねえ、あなたはどう思う?毬が谷田部君と結婚したいという気持ちに対して」




