第七十一話 手術
手術の当日、美佐子と毬と三人で病院の待合室で手術の順番がくるのを待ち構えた。平日の昼間だというのに患者が多い。主に年寄連中だが。その中の何人もが毬の顔の大きな傷を覗いてくる。こそこそと目をやるくらいならまだしも、中には立ち止ってじっと見つめてくる婆までいる。それが非常に煩わしくてオレの力でなんとかしてやりたいと思うが、本人は全く気にしていないようだった。それどころか何処か誇らしげな顔をしているようにも見えた。わたしはこんなに酷い顔をしているけど、こんなに心配してくれる両親と一緒だから何も恥ずかしくはない。それにこれから間もなく自分は母親になってこの顔で産まれてくる子供と幸せに暮らすのだという心構えがオレには伝わってきた。だからオレは毬の顔を覗き込みヒソヒソと話をしている年寄共も放っておいた。何故だかそうすることが毬の自尊心を尊重することに繋がると思ってしまったから。
一時間弱程待たされてようやく毬の名前を診察室から顔を出した看護師が呼び出した。オレ達は揃って診察室に足を運んだ。そこでは今回の手術の詳細を説明されただけであった。端的に言うと毬の臀部の皮膚の一部を剥ぎ取り、それを顔に移植するのだと言う。何やら承諾書のようなものに毬本人とオレのサインをさせられて手術の準備ができるまで再び待合室で待たされた。それから十五分程で看護師に声を掛けられて毬はひとりで手術室へと足を運んだ。その足は若干震えているように見えた。無理もないだろう。顔に大きな傷があることを除けば全く健康であるその体にメスを入れられることになるのだから。オレと美佐子は手術室の前の椅子に腰掛けて毬の手術が上手くいくことを願った。
待たされたのは一時間程だったろうか。手術室から毬が戻ってきた。顔の四分の三程を大きな包帯で覆われて。毬の後に続いて手術を行った医師から手術についての説明を受けた。手術は成功したという。顔の傷はもう殆ど目立たないようになるだろうと。一見しただけでは何の傷跡も見当たらないくらいに回復するだろうと。ただごく稀に移植した皮膚の相性が合わなくて移植した痕が残る場合も無きにしも非ずなので、一週間程したら再度診察を受けに来てくれと言う。その時まで顔の包帯は外さないように、とのことだった。その表情ははっきりとは見えづらかったが、毬の瞳は明るい色をしていたように見えた。
「これで産まれてくる子供がママの顔を見てびっくりして泣いちゃうことも無くなるね」
そう言って笑った。
病院からの帰りに毬の好きなラーメン屋によって遅めの昼食をとって行くことにした。前々から思っていたのだがラーメンとは不思議な食い物である。普通食事というものは、その味を楽しむこともさることながら、飯を食いながら会話を楽しむものが多い。会社のやつらと飯に行く時も、接待というものをするときも、家族で飯を食う時も会話を楽しみながら旨いものに舌鼓を打つのが食事の楽しみ方だとオレは感じていた。しかし、このラーメンというものを食う時だけは全く事情が異なる。皆、会話もせずに目の前の器に集中して一心不乱に麺をすすることだけに集中する。オレからしてみたら異常な食事であった。これを食っている時は殆ど誰も会話などしない。今日の毬も同様だった。手術の様子がどうであったとか、その最中に何を考えて感じていたのかも話そうとはしない。ただしきりにズルズルと音をたてながら目の前のラーメンを口に運ぶことが楽しいようだった。




