第六十四話 娘の説得。父の説得
「毬がどうしてもというなら一度オレも文彦君と話をしてみる必要があるかもしれないな。だがな。今すぐと言う訳にはいかない。正直、オレは今すぐに文彦君を受け入れられる気分ではない。何故だかはお前にも分かるよな。しばらく時間が必要だ。文彦君がこれからどんな態度で我々に接するのかによっては、毬の言うことも聞き入れよう。
しかしな、文彦君はたとえお前と結婚しなくてもおなかの中の子供の父親であることには変わりはないのだぞ。父親として最低限のことをしてもらう為に先日の誓約書があるのだぞ。何もお前の旦那にすることに拘らなくてもいいんじゃないのか。父親として最低限の責任さえとってもらえれば」
毬は大きく首を横に何度も振り抵抗した。
「ううん。最低限のことじゃだめなの。足りないの。父親として最高のことをしてもらいたいの。その為にはわたしと子供といつも一緒にいてくれないとだめなの。いつも三人で同じ空気を吸っていないとわたし達の気持ちなんて分からないじゃない。わたし達が何を望んでいるかが分からないじゃない。だから一緒の家族になりたいの。いつも一番近くでわたしと子供を見守っていて欲しいの」
「あまり無茶なことを言うんじゃない。お前が文彦君を心から愛していることはよく分かった。彼も同じ気持ちなのかもしれない。しかし、彼がお前の身体に傷をつけたことも間違いのない事実なんだぞ。自分ひとりでは責任のとれない、身の丈を理解していない無責任なことをしたのも事実なんだぞ」
「わたしは傷付けられてなんかいない。言ったでしょ。わたしも合意の上であの人と愛し合ったの。責任をとらなければいけないのはわたしも一緒だわ。このおなかの中の子はふたりが愛し合った結果出来た子なの。だからあの人だけを責めるようなことはできないわ」
今日の毬はいつにも増して熱い。オレには暑苦しいくらいだった。
「お前は彼を信じているのだろう。きちんと責任をとってくれる男だと思っているんだろう。それならば、信じ続けるがいい。お互いが結婚できる年齢になるまではまだ相当な時間がかかるんだ。その時をじっと待ち続けるんだ。いつかその日が来て、お前の気持ちも変わらず、彼の気持ちも変わらず、尚且つきちんと責任をとり続けることができていれば結婚でもなんでもするがいい。とにかくこの話は今すぐ結論を出さなければならない話ではない」
「わたしはあの人のことを心から信じているわ。ずっとわたしを愛してくれるし、きちんと責任もとってくれる。だけど、あの人のご両親のことまでは分からないの。ううん。きっと息子がわたしと結婚することなんて望んでいないと思うの。ご両親からしてみたら、わたしが息子を誘惑して行為に及んだものだと思っているかもしれない。わたしみたいな子供が新しい命を産むことにも反対しているかもしれない。もしかしたらおろせばいいと思っているかもしれない。でも今このタイミングなら誓約書でふたりの結婚を認めさせることが出叶うかもしれない。少なくとも今はご両親もこちらの要望を聞き入れてくれるのだから。だから結婚を決めるなら今なの。分かってくれるでしょ」
なんだかオレの頭も相当熱くなっていた。もう一度毬に向かって語りかけた。文彦との結婚など諦めるようにと。だが、やはりすぐには効果が出ない。それ程毬の意思は固いものなのか。しかし、いくらなんでもイライラとしてきた。少しずつオレの言葉も荒くなる。




