第六十一話 かくれんぼ
次の日曜日。オレは車を運転して隣町の大きな公園に来ていた。特別何か用事があったわけではない。むしろあまりに退屈だったので車の運転をして遠方まで行ってみたかったのだ。公園に来たことも別に意味など無い。オレは公園というものが気に入っていた。車を走らせていると公園の横を通った。だから今、この公園のベンチに腰掛けてビールをあおっているだけのことだ。
オレの目の前ではふたりの男の子供が楽しそうに遊んでいた。ふたりはまだ小学生にもならないくらいの年頃だった。近くに父親や母親と思われる人間の姿はない。ふたりの子供は兄弟といった感じでもなかった。お互いの名前の後に「君」を付けて呼び合っていた。おそらくかくれんぼとかいう遊びをやっていたのだろう。交互に隠れる役とそれを探す鬼の役を繰り返していた。いかにも幼い子供らしく隠れる場所もたいした場所を選んではいなかった。ちょっとだけ身を隠して、すぐに鬼に見つかる。まるで鬼役の子に見つかることを楽しんでいるかのようにも見えた。
ふたりの子供達はとても眩くオレの目に映った。隠れる役が鬼に見つかったときも、鬼の役が隠れる役を探して回っているときもお互いに笑顔が絶えることがない。ふたりの子供を見ているとオレの顔の筋肉は緩んで笑みさえもこぼれるのだった。オレは人間の子供というものが嫌いではない。彼らからは大人のような打算的なところも、欲深いところも全く見当たらない。ただただ仲の良い友達との戯れを純粋に楽しんでいる。そんな彼らの笑顔がオレは大変気に入っていた。今、オレの目の前にいるふたりも純朴に遊びを楽しんでいる。かくれんぼをしていたはずがいつの間にかルールが変わって鬼ごっこになったりしている。それをふたりとも何の違和感も無しに楽しんでいる。彼らは心から遊びというものを楽しんでいるのだろう。そして、お互いのことが好きで仕方がないのだろう。そのことは悪魔の目から見てもはっきりと理解した。
追いかけっこをするふたりの子供を見てオレの気分も爽やかな色に染められた。しばらくの間、ビールを飲みながらその明るい光景を眺め続けた。本当に胸のすくような穏やかな光景だったはずだ。だが、オレの胸の中にはいつの間にか先程までとは全く違った感情が込み上げてきていた。その感情を抑えきれずオレは少しずつイライラし始めた。膝がガクガクと震える。それに合わせるように缶ビールを持つ手も小刻みに揺れ続ける。なんだ、この感覚は。生馬に憑依してからこんな気分になるのは初めてではないだろうか。悪魔であればこのような感覚に溺れることはごくごく自然なことなのかもしれない。だが、このオレに限ってはこのような衝動的な気分になることは無いものだと思っていたのだが。
込み上げてくる感情を押さえつける為に煙草を咥えて火をつけた。しかし一向に胸の中のイライラは治まることはない。イライラとした感情を押さえつけることはできなかった。イライラしている自分にイライラした。イライラの悪循環だ。一時の感情に流されて欲求の赴くまま行動をするのは人間特有の愚行だと思っていた。しかし、今のオレはそれと何も変わらない。心の奥底に湧いて出た感情を抑えきれそうにないのだ。溢れ出る感情を抑えきれずにオレはベンチから勢いよく立ち上がった。
前を見ると丁度子供達が鬼役と隠れる役に分かれて離れ離れになっている時だった。隠れる役の子供が自らの身を忍ばせる場所を探してウロウロしている。オレは静かにその男の子の後を追った。彼は鬼役の子供から十メートル程離れた便所の後ろを潜伏場所に選んだようで、そこに膝を抱えてしゃがんだ。オレは静かに静かに彼の傍へと歩みを進めた。彼はオレが傍に近づいても何も気にする様子も無くほくそ笑んだままその場から動かない。この場所なら鬼に簡単には見つからないと思っているのだろう。オレが彼のすぐ横に立ち止ったところで、やっと彼はオレの存在に気が付いたようだった。つぶらな瞳でこっちを見つめている。不思議なもので少しも怪訝そうな表情も浮かべなかった。人間の子供というものは実に無邪気だ。




