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第五十七話 そらのこえ

 ある日の午後、オレは会社を出て一時間程車を走らせてある大きな公園のベンチで時間を潰していた。季節は夏真っ盛りだ。昨日も今日も暑い日が続いている。今朝見たニュースでは今日の気温は三十七度にまで上がるらしい。人間どもはこの暑さに随分とまいっているらしくこんな昼間の公園を歩いているやつなど殆どいない。オレには暑さなど何の苦にもならない。むしろこの広い公園を独占しているような気分になれて非常に有り難いことだ。まあ、元々人の目など気にしないオレだがこんな状況なら昼間から堂々と公園のベンチに座ってビールを飲むことができる。唯一残念なことはこれだけ暑いと折角のビールが瞬く間にぬるくなって味を損ねてしまうことくらいか。だからオレは買ってきた五百mlの缶ビール六本を立て続けに飲んだ。時間にして十分程で。最近、このビールというものに慣れ過ぎてきたせいか、この程度の量では殆ど酔うことはなくなってしまった。酒に酔いたいと思っていたオレは少ししらけた気分になっていた。この程度の酒量で酔うことのできる人間というものが少し羨ましい。悪魔というものも不便なものではあるな。


 首を上に傾けそらを仰いでみる。真っ青なそらに真っ白な雲。この風景を眺めているとどこか懐かしさを感じる。遠い遠いその昔、オレはあそこから生まれて来たのだな。その景色の美しさに浸っているとどこからともなく声が聞こえてきた。何故だろうか。オレはそれを聞いた瞬間にそれがそらの声だとすぐに理解した。そらは澄み切った穏やかな声でオレに問いかけてきた。人間の世界はどうですか。住み良いですか、それとも居心地の悪い場所ですかと。オレは頭上を見上げたままはっきりと答えた。


「ああ。思っていたよりずっと住み心地は良いものだよ。人間の食う食物にはとても旨いものもあるし、酒や煙草といった嗜好品も中々のものだ。なにより人間という生き物の中にはオレの想像を大きく超えた美しい者が存在する。今のオレの妻がその最たる例だ。彼女はその艶やかな見かけだけではなく心も清々しく、透き通るように美しい。彼女と一緒にいると何故か心は躍るし、不思議な興奮をも感じる。


しかし、時にはオレを非常に落ち着いた穏やかな気持ちにもさせてくれる。人間どもが口にする愛というものがオレにも理解できるようになったのかもしれない。彼女の愛に触れていると不思議なもので彼女以外の人間に対しても慈しみやいたわりといった感情が生まれてくるようになった。例えば家族というものがそれだ。この世界に降り立った時には何の感情も抱くことは無かったのだが、今では家族はオレの最も大切な存在になっている。ふたりの娘がいるのだがふたりとも妻と変わらないくらい非常に愛おしいよ。家族と一緒に過ごす時間があるからこそ、他の退屈な時間も何とか耐え忍んで過ごすことができるのだろうな」


 それでは今の人間に憑依したまましばらく生活するのですねとのそらの問いにオレは胸を張って答えた。


「そうするつもりだ。人間の寿命はおおよそ八十年くらいだということらしい。オレが今、憑依している人間は四十歳程度なのであと四十年はこの体に世話になるだろう」


 そらはどこか満足そうであった。オレは運がいい。そらの造成物である悪魔であっても直接そらと話をする機会などそうそう無い。これは非常にいい機会だ。いくつかそらに尋ねたいことが頭に浮かんだ。オレは遠慮などせずそれらをそらに問い掛けてみた。(


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