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第五話 変身

 明日はいよいよ生馬に憑依する予定の日である。今日の生馬はいつもと違い営業先から会社に戻ることなくまっすぐ家に帰って来た。珍しいこともあるものだと半ば不思議に思っていると彼は帰ってくるなり長女に何かプレゼントのようなものを渡した。観察するにつれ分かってきたが、どうやら人間界では誕生した日を祝う行事があるらしかった。これはいいものを見させてもらった。オレが生馬に憑依したらそんな誕生日を祝うなんてことはできなかっただろうし、娘も父親に不信感を持つところだっただろう。オレが憑依するのが明日で本当に良かった。


それにしても生まれた日を祝うなんて人間というものは変わった趣向をもっている。悪魔の世界では考えられない。いや、人間というものは正月、クリスマス、盆など様々なイベントにて賑わうことが好きなようだ。祭りごとを大事にするようだ。


正直、なんて暇な生き物なのだろうと思うよ。人間というのは生活に余裕のある生き物だ。他の動物であれば食うことに一生懸命で祭りごとなどしている余裕などないであろう。余裕があるから色々な祭りごとや遊びを覚えて堕落していくのだ。結婚式、誕生日、クリスマス、正月、その他の飲み会などなど、およそ何のためにもならないことに興じて酒を飲んだり、ご馳走を食ったりする。人間がこういった娯楽の為の時間をさいて勤勉につくせばこの種はもっと反映するのではないだろうか。


さて、生馬がベッドに入った。誕生日のお祝いの直後で申し訳ないがお前の魂は今夜体から放たれ、宙に浮かびヨレヨレと彷徨うことになるのだ。代わりにその体をオレが頂くことになり、何があっても再びその体には戻れないから覚悟してくれ。人間狩野生馬は今夜死ぬのだ。さあ、そろそろその体を頂くとしようか。オレは生馬の体に入り込んだ。入り込んでそれで終了だ。人間生馬の魂がどうなろうとオレの知ったことではない。ヤツの魂は体から追い出され、何が起きたか分からない様子で元自分の体の周りをうろうろしている。心配しなくてももうすぐお前はそらのもとへ運ばれて行くのだよ。ほうら、青白い煙の様な魂はスーッとわりとゆっくりなスピードで天高く飛び立っていった。誠に簡単だがこれで憑依は完了だ。何も難しく考えることなどないのだよ。人間が死ぬという時はこんなものだ。


あとはこの体の脳、内臓が少しずつ時間をかけながら悪魔にふさわしい仕様に変化する。これも今晩中には完了する。特にオレが何かをするわけではない。脳は急速に発達し、記憶力、判断力などが向上する。内臓も大概のものは食えるように造りが変化する。そして病気に侵されることもなくなるのだ。人間生馬と悪魔生馬で同じなのは表面だけ。あとは神経なども含めて全て悪魔仕様のそれへと変化する。さあ、眠ろう。とはいっても我々悪魔は滅多に睡眠をとらない。だからこれからの夜は取り敢えずベッドに入る仕草だけすればよい。まあ今夜は目を閉じてこれまで観察してきた人間生馬のことをおさらいしよう。まずは明日の朝起きたら「おはよう。」だ。オレは目を閉じて、明日からどんな風に生活しようかを考えてベッドの上で時間を過ごした。


「おはよう」


眠たそうに目を擦りながらリビングキッチンに入ってきた長女にオレは声をかける。「おはよう」と長女も返事をした。この辺のやりとりは散々人間生馬を観察してきた為、簡単に対応できる。問題は人間の食う食事というものがオレの舌にあうかどうかだ。生馬は毎朝コーヒーという黒い汁を美味そうに飲んでいた。今、オレの目の前にそれがあるがどうにも見た目が気に入らないというか気持ちが悪い。ええいと思ってオレはそれを一口飲んでみた。いや、なかなか美味いものである。強烈な見た目に気をとられて気が付かなかったが香もそれなりに心地良い。


家族四人が揃ったところで朝食をとり始める。肉、野菜、魚がバランスよく食卓に並ぶ。どれも味は悪くない。人間というのは中々美食家であるようだ。しかし、オレにはこの白米というものだけがどうしても気に入らない。もちもちとした食感と噛むほどに甘みが出てくる味は決して美味いと言えるものではなかった。第一コーヒーとの相性が最悪である。オレは思わず白米だけを食い残して


「ごちそうさま」


と言って席をたった。


身支度を整え家を出る。それにしてもこのスーツという着物も妙に息苦しい。ネクタイというものに至っては何故こんなに首を締め付けられなければならないのか疑問で仕方が無い。たまらずオレはネクタイを外して昨日人間生馬が直帰してきた車へ乗り込んで会社へ向かった。車の運転というものは何も心配することはなかった。オレが左へといえば左に曲がるし、止まれと思えば車は止まる。面倒くさいことにウインカーというものだけは自分で動かさないと駄目なようだった。悪魔の念力というものも万能ではないのだよ。ウインカーを自分で操作するともなると、いつもハンドルを握っていた方が楽なような気がしてきた。試しにオレはハンドルを握って念力無しで車を運転してみたが、これが意外と楽しい。子供がラジコンカーなどというもので喜んでいるのと同じで、オレには自分の思い通りに動かせる車の運転というものは楽しくて仕方がなかった。

コーヒーに食事に車の運転。人間の生活というのはこんなに楽しいものなのかと感心しながら事務所へと入っていった。


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