第四十八話 親の強さ
子を宿した母親というものはどんな気持ちなのだろうか、腹の中にいる子というものはどんな気分なのだろうか。その素晴らしい生の誕生というものをオレ自身も毬にも味あわせたかった。
オレは再び美佐子の脳に指令を送った。
「毬の話に感動しろ。そして賛成しろ」
直後に美佐子は大粒の涙を両の目からこぼし始めた。そして、大きく
「うん。うん」
と頷きだした。オレの想像していた姿とはかなりかけ離れてはいたが、感動し、そして賛同しているのは一目瞭然だった。これでいい。これで毬に子供を産ませてやることができる。美佐子も毬も殆ど傷つけることなく。
昼間のオレの悩みなど杞憂にすぎなかった。あの時は、美佐子と毬のふたりの脳を操作することに躊躇していた為、色々と考え過ぎてしまったが、何のことはない。オレは悪魔なのだ。自分に備わった力を発揮することに何の躊躇を感じていたのか今となってはまるで分からなかった。
「毬。もう泣かなくてもいい。オレもお母さんもお前が産みたいと言うなら最大限の協力はしよう。だから安心しておなかの子を産むことに全力で取り組むんだ」
オレの後に続いて美佐子も毬を激励する言葉をかける。
「そうね。わたしも正直あなたが男性と交わるなんて信じられなかったし、そんな事実を受け入れられなかった。だけど、あなたのおなかにはもう既に可愛い子供が宿っているのだものね。いつまでも過ぎてしまったことをグチグチ言っていても仕方ないものね。大丈夫よ。お母さんもあなたを応援するわ。微力だけど。だからもう安心しなさい」
毬は涙を拭いていたが、溢れる涙が止まらなかったようだった。
「お父さん、お母さん。本当にありがとう」
嗚咽の混じった声だったがはっきりそう言った。
「明日、その相手の彼の家に話をしに行こうな。きっと大丈夫だ。毬の認めた男ならきちんとした対応をしてくれるさ。彼氏の両親だってオレがしっかり説得してやる。安心しろよ。オレだって彼氏を一方的に責めたりするつもりもないさ。ちゃんと話をすれば分かってくれるさ。おなかの子の誕生はみんなで祝福できる環境をオレが整えてやるさ。だから、お前も今日はもうお休み。余計な心配をしていたらおなかの子にだってよくないものだぞ」
毬はオレに抱きついてきた。いや、すがりついてきたと言った方が正しいか。
「お父さん。有難う。わたしこれからはいい子になるからね。絶対お父さんやお母さんを困らせるようなことは二度としないからね。だから今回のことだけは甘えさせて下さい。何でも言うことを聞くからこの子を産むことに協力して下さい」
オレは黙って毬の頭を撫で続けた。オレはもうこの家族で愛しているというべきは美佐子だけではなくなっていた。毬も、そして綾もオレの愛する家族だ。みんな安心しろ。オレは人間生馬とは違う。酒より、くだらないギャンブルなんかより、仕事よりもお前達のことがずっと大切だ。一緒にいる時間をもっと増やそう。もっとお前達が笑っていられる環境を作ってやろう。
毬がリビングを出るときにオレは目に力を込めてその頭上を見つめた。そこには相も変わらず気味の悪い舞を舞う使いの姿があった。しかし、その表情は明らかに不満そうで、つまらないといった感じの表情だった。大方、オレが困り果てるとでも思っていたのだろう。しかし結末はご覧の通りだ。むしろ礼を言いたいくらいだね。うちの娘とどこかの男を結びつけて有難う。そして、娘の腹の中に新しい命を授けてくれて有難うとね。美佐子はともかく、オレと毬は心の底から喜んでいるよ。なあ。なんでもお前の思う通りになどならないだろう。あまり、オレを甘く見るなよ。そして人間というものを甘く見るなよ。これからも毬を、オレを楽しませてくれよ。そんな気持ちでオレは小さく微笑みながら使いの方を見つめた。ヤツにはそれが大層面白くなかったのだろう。舞を止めてオレに背中を向けてままこちらを振り返ることは無かった。




