第四十七話 意志
沈黙はしばらくの間続いた。普通の人の親であればこの沈黙に苛立ちをおぼえることであろう。だが、オレはその時間は無駄に長いものであるとは考えなかった。オレが悪魔であることもあるだろうが、そんなことよりオレがどれだけ時間をかけても毬の気持ちを知りたいと考えていたからであろう。オレの力を持ってすれば毬の考えていることなど容易に理解することができる。だが、その時オレは決して力を使おうとはしなかった。毬自身の口から答えを聞きたいものだと考えていた。
毬の頭の中は、現在相当に混乱していることだろう。自分でも自分がどうしたら良いのか、どうしたいのか整理出していないのではないだろうか。そんな状態で毬の脳に問い掛けても答えが出てくるとは限らない。
しばらく静寂がオレ達を包んだが、毬は小さな声で語り始めた。その声はまだ震えていた。
「お父さん、お母さん本当にごめんなさい。わたしがしたことは悪いことだと心の底から思っているよ。ふたりを悲しませていることもとても申しわけないことだとも思っている。でも、思い切って言うね。わたし、おなかの中の子を産みたいと思っているの」
美佐子が口を開いて何かを喋ろうとしたが、それは音になることはなかった。別にオレの力のせいではない。毬の放つ言葉が、美佐子の中の何かしらの想いがそうさせたのだろう。
「毬。ゆっくりでいい。自分の気持ちが落ち着いたらその続きを話しなさい」
そう言い放つオレを割としっかり見つめながら毬は再び語り始めた。
「本当は妊娠しているかもしれないって分かったときから、おなかの子を産みたいって思っていたの。この子はわたしと彼の愛の結晶だもの。それより何より、れっきとした尊いひとつの命なんだもの。だけどそんなこと絶対に許されないことだと思っていた。彼にも、お父さんにもお母さんにも絶対許されないと思っていた。だけどお父さんの目を見ていたら、勇気を持って自分の気持ちを伝えなくちゃいけないって気がしてきたの。わたしはこの子の唯ひとりかもしれない味方なのだから。わたしが弱気じゃ絶対この子を産むことなんてできない。反対されること、怒られること、とても怖かったけど、わたしがそんな気持ちじゃ絶対にこの子を幸せになることができないんだって思った。もちろんみんなの賛成と支えがなくちゃ出産なんて出来るはずもないって分かっている。わたしひとりじゃ子供を育てることなんてできないってことも分かっている。だから、思い切ってまずはわたしの気持ちをお話しします。馬鹿な娘で申し訳ありませんが、わたしのおなかの中の子を産ませて貰えないでしょうか」
鼻水をすすりながらオレの娘は何とか息を吐き出した。話の最後のあたりははっきりと聞き取ることが困難なくらい小さな声であったが、オレが想像していたよりもずっとずっと力強い意志を感じる逞しい声だった。
オレは非常に満足していた。母親になりたいという毬の発言は何と言い表せば良いのか、ある種とても清々しいものだった。
オレ達悪魔は性行為というものを行うことは無い。もちろん人間やその他の動物に憑依してそれを行うことが可能だが、その行為で子供ができることなどあり得ない。そもそも悪魔というものは自己繁殖能力を持たないのだ。オレは人間の持つ自己繁殖能力というものに非常に興味を持っていた。自分の子供を自分で造り出し、また産み出すというのはどういう感覚なのだろうか。
自分の子供というものにどういった感覚を持つのだろうか。今のオレにも子供がいる。毬も綾もとても愛おしい存在だ。人間の中でも特に女というものはその愛おしい存在を自分の腹の中に宿すことが叶うのだ。人間とは悪魔に比べて愚鈍な存在であり我々よりも秀でた部分など何もなにと思っていたが、自らの子を自らが造り出してそして産み出すということについては感服もしたし、正直尊敬に近い感情を持っていた。




