第四十六話 真実と幻想と
オレは美佐子のことを不憫だとは思った。しかし、正直少し鬱陶しくも感じた。お前だって腹の中では毬のことを疑っているのだろう。オレはいつも無駄な会話が嫌いだった。上辺だけの言葉なんかは聞きたくなかった。そういうときはオレの力で相手の口を塞ぐことにしていた。だが、美佐子に対してはそれはしなかった。彼女の喋りたいだけ喋らせることにした。それで気持ちが少しでも落ち着くのであれば。最後まで娘を信じてやりたいのならそうすればいいと思ったから。
「あなたの言っていることはとても残酷なことよ。自分の娘を信じていないみたいに聞こえるわ。娘が罪を犯したと決めつけているように聞こえるわ。お願いだからもっと毬のことを信じてあげて。この子はとてもいい子で優しくて…」
「もういいの。ごめんなさい、お母さん」
大きな声で毬は美佐子の言葉を遮った。しかし、発した言葉はそれだけだった。その先は何も言わず、ただ下を向いてうな垂れているだけだった。
「毬。あなた、そんな…」
美佐子はその言葉ほど狼狽えてはいなかった。じっと娘を見つめ、次の言葉を待っているようだった。
毬は右手を顔を覆い静かに語り始めた。泣いているのだろう。話の途中で何度も嗚咽する声が聞かれた。
「わたしね。半年くらい前から同じクラスの谷田部君って言う男の子と付き合っていたの。わたし小学生の頃からその人のことが好きだったの。付き合おうっていってくれたのは谷田部君の方から。わたしは嬉しくて嬉しくてもちろんすぐOKしたの。彼は勉強も運動もすごく得意だし、何よりとても優しい人なの。一か月ちょっと前に初めて彼の家に招待された。家には両親はいなくてわたし達はふたりきりだったの。わたしは彼が大好きだったから何でも彼の言いなりになっちゃった。本当はまだ高校生のわたし達がこんなことをしちゃいけないってことまでしちゃったの。彼がわたしのことを大好きだからどうしてもしたいって。いけないことって分かっていたけど、わたしは拒否することができなかった。それを拒んで彼に嫌われるのも嫌だったし、わたしも彼とならしてみたいって思ったの。そしたらついこの間から物凄く体調が悪くなって。もしかしたら、って思ったけど病院には怖くて行ってない。だけど妊娠判定薬の結果では間違いなく妊娠しているみたいなの」
それ以上語ることは毬にとって非常に辛いことだったのだろう。毬はそれ以上は何も喋れなくなった。オレも美佐子も何も言わなかった。オレは敢えて何も口にしなかったのだが、美佐子の方は驚きのあまり何も言えなかったのだろう。驚きとは別に怒りの気持ちを持っていることがオレにも伝わった。この沈黙をどうにか打ち破らなければ話は先には進まない。オレは毬を見つめたままゆっくりと口を開いた。
「相手の男はその事実を知っているのか?」
毬は小さく首を横に振った。何回も何回も。とてもそんなことを言えやしないという気持ちが十分に伝わるほどに。
「お前はこの先どうしたいと思っているんだ?」
この質問にも毬はただただ首を振り続けているだけだった。
「毬、いいか。良く考えるんだ。どうすべきかなんて考える必要はない。一番肝心なことはお前自身がどうしたいかということだ。それをオレ達に話してくれないか」
毬はさらに激しく頭を振りながら沈黙を続けた。オレはおそらく毬がそういう態度をとることが分かっていた。幼い子供がすぐに回答出来る質問ではないだろう。
「毬。あなたは…」
しびれをきらしたかのように美佐子が口を挟もうとした。オレは美佐子の目を睨みつけて、
「黙っていろ」
と彼女の脳に指令を出した。




