第四十三話 願い、想い
なるほど。「妊娠」とは女が腹の中に子供を身籠ることを言うようだ。「妊娠」という単語から派生してオレはいくつかの概念を学習した。人間の男と女がセックスをすることで女が妊娠するということ。女は子供を産むという選択肢の他に人工的に「中絶」と言って、腹の中の子供を殺すこともできるらしい。また、子供を産むというのは「結婚」した男と女の間に誕生させるのが正常らしく、その「結婚」というものも法律で定められた年齢にならないとできるものではないということだ。
毬の様な幼い子供が「妊娠」することは好ましいことではないということは容易に理解に至る。何となくではあるが美佐子が不安に陥っている理由が分かってきた。美佐子が気にしているのは、毬が不適切な年齢で妊娠してしまったことと、そもそも不適切な年齢でどこの誰かも分からない男とセックスと言う行為に及んだことであるのだろう。
しかしオレはと言えばどちらも大した問題ではないと考えていた。毬が好意を寄せる男というものがいればセックスをしたいという気持ちも理解できる。オレが美佐子に対して感じる感情と同じなのであろう。その結果毬は新しい命を授かることとなった。その事に対してもオレは全く問題があることだとは思えなかった。オレは美佐子と毬、綾の存在がかなり有り難いもので、幸せなものであると感じていた。その大切な存在が新しい命を産み出すということはオレにとっては至極喜ばしいことだと思っていた。今にして思えば、この頃からオレは悪魔としての自覚が薄くなっていたのかもしれない。悪魔とは人間にとって大変有害な存在であり、決して人間と仲睦まじい存在ではないということを忘れていたのかもしれない。
翌日、オレは普段より早い時間に帰宅した。理由はふたつ。まずは今はあまり仕事をする気にならないこと。しばらくは営業活動で成果というものを残したくなかった。そもそも昼間に営業活動をすること自体が嫌で仕方がない。これまで生馬に憑依してから十分過ぎる程仕事の結果は残してきたはずだ。しばらくの間は大人しくさせて貰いたい。
もうひとつの理由はもちろん毬に関することだ。先程申した通りオレ自身は毬が出産というものに臨むことは何ら問題は感じてはいない。ただ、美佐子はそうは思っていないことは明白であった。彼女をひとりにしておくと不安も大きく募るであろう。美佐子にだけ負担をかけたくはない。
家族四人で夕食をとり、毬と綾がそれぞれ自分の部屋に戻ってからオレは切り出した。
「昨日の毬の話だが、オレもなるべく早いタイミングで毬に妊娠検査を受けさせるのが良いと思うのだが」
美佐子はオレが出した結論にすがるように食いついてきた。
「ああ。良かったわ。あなたがそう言ってくれて。わたし気になって気になって仕方がなかったの。わたしの杞憂であればいいのだけど、もしも万が一のことがあればわたし達は大きな問題に直面しないといけないのだから」
オレは今の時点では毬が出産することに賛成だということは美佐子には伏せておいた。美佐子の意見も尊重しなければならない。それが大変気になった為、オレは美佐子の目を見つめて心の中で問いかけた。お前はこのことについてどう考えているのか語れ、と。美佐子は視線を下に落としながらゆっくりと口を開いた。
「そんなことはないと信じたいけれど、毬がこの歳で男の子と交わるなんてあってはならないことですものね。毬はそんなに愚かな子ではないものね。きちんと自分を大事にする子ですものね。だけどもしも万が一間違いがあればわたしはいくらなんでも許せないわ。それは自分の身体や自分の将来、そして命というものを軽視しているということなのですから。人生には順序というものがありますものね。あの子はまだ自分を成長させる時間の真っ最中。まだまだ子供なのですもの。これから色んな経験を重ねて少しずつ大人に近づいていかなければならないのですものね。もしもの話ですけれども、あの子のおなかの中に子供ができていたとしてもわたしは産むことは絶対反対。決して毬の為にもならないし、子供も幸せに育つとは思えません。ねえ。あなたもそう思うでしょう」
なるほど。美佐子は毬が子供を産むことを大きく反対していることは改めて確認した。しかし正直、オレには少し意外だった。こんなにも強く毬に子供ができたかもしれないということを忌み嫌っているとは。心の優しい美佐子ならばもう少し寛容であるとオレは勝手に思い込んでいた。オレは美佐子に念を送り、オレが美佐子に振った話と美佐子の話した内容を記憶から消すように彼女の脳に指令を出した。彼女は再び我が子の身体に不安を感じている表情に戻って、夕食後の後片付けを始めた。




