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第三十九話 秘密

 ある日からふと気になっていたのだが、家の中で天の使いを見ることが減った。オレにとっては快適この上ないのだが、ヤツを見かけないということは綾を見かけなくなったことと同義なのだ。そう思うと心のざわつきが納まらなかった。オレは綾の部屋に向かいノックをして彼女の部屋に入った。彼女はサッと何かを両ふとももの間に隠したように見えた。しかし、オレはそのことには気が付かないふりをした。彼女は、


「お父さん。どうしたの急に」


オレが彼女の行動に気が付かないふりをしたのは無駄に彼女を刺激しないためだ。だからオレは静かに答えた。


「別に何でもないさ。最近部屋に籠ってよく勉強しているなって思ってな」


そう言われた彼女の机には教科書もノートもありはしない。


「もう。何でもないんだったら早く行ってよ」


オレは彼女に背中を押され強引に部屋を追い出された。人間ではないオレにも分かった。これは何かを隠しているな。猫や犬などを拾ってきたわけではなさそうだ。親には言えない金で買える何かを得たのだろう。ただ綾が何を手に入れたのかを知ったところでオレにはどうしていいか分からないのだが。

 

頭をちょっとひねって考えついた答えは素直に美佐子に相談するというものだった。綾の小さな手のひらから何かを取り上げても、それが有害なものなのかどうなのかオレには判断できないのだ。結果、最後には美佐子に頼るのだったら、今の段階から協力してもらっても何の問題もないだろう。オレは今あった事実を素直に美佐子に話した。しかし、美佐子の答えは随分とあっさりしたものだった。


「親に内緒でお買い物したい、そんなお年頃なんでしょうね」


それだけだった。人間というものは分からない。わが社の吉本支店長にしても元部長の志茂田にしても部下の管理に躍起になっていた。どういうことか。会社の者達の信頼関係より、美佐子と綾の信頼関係の方が強いということなのか。まあ、美佐子がああ言うのならそういうものなのか。オレは半ば強引に湧いてくる不安を胸の中に押し込んだ。オレひとりが慌てていても仕方がない。


それから十日程度は何事もない平和な家族生活が続いた。しかし不穏な出来事はその幸せの真ん中に舞い降りた。家族四人で夕食をとっている真っ最中に綾の膝もとから携帯電話の着信音が鳴ったのだ。毬には携帯電話を持たせているが綾には携帯は持たせていない。言い訳のしようなどなかった。綾は慌てて携帯を切ったが時すでに遅し。この時ばかりは美佐子も険しい顔で綾を問い詰めた。場は一瞬にして凍り付いていた。


「どうしたの、その携帯電話」


綾はその場でもじもじとしながら何も答えられずにいた。その態度に業を煮やしたオレが切り出した。


「綾。お母さんが聞いているんだ。怒らないからどうやってその携帯を手にしたのかをきちんと話しなさい」


「怒らないから」という言葉に素直に気を許したからだろうか、綾はポツリポツリと話を始めた。


「あのね。綾の部屋にある、前にお父さん買ってくれた人物事典。何気なく読んでたら封筒が挟んであって中に三万円も入っていたの。誰かのへそくりだなって思ってそのまま放っておいたの。でも、一週間経ってもお金も封筒もそのままだから綾が使ってもばれないかなって思ったの。前から学校のみんなが携帯持っているから綾も欲しいなって思っていたから思わずそのお金で買っちゃったの」


美佐子がさらに問い詰めた。


「あなた一人で携帯ショップに行ったの?子供が携帯を買うときには親の承諾書が必要なはずだけど」


「承諾書を自分で書いてお父さんの名前書いて判子押して出しちゃった」


「勝手に印鑑を押したの?」


絶対に怒らないとオレが言い出したのだが美佐子の口調からはかなりの怒りが溢れ出ていることが見て取れた。綾もそれを感じ取っていたのだろう。


「本当にごめんなさい」


綾は反省の色を濃く表しながら何度も頭を下げた。だが、母の追及はこれだけではおさまらなかった。


「大体あなた、月々の通話料をどうやって払おうとしていたの?」


「手元にあった3万円で支払おうと思って。月々の支払いは5千円くらいだし、そのあとは貯金でも崩すか、また、お年玉とかもらえるかと思って」


美佐子が皆の座っているテーブルの端をバンと叩いていった。


「あなたそんなに貯金があるわけでもないし何万円もお年玉だってもらえないでしょう。携帯っていうものはお金に余裕のある人が持つものなの。あなたみたいな子供が持っていると途中解約させられて高い解約金だって払わせられるのよ。そこらへんはどう考えていたの?」


オレはその状況を見ているのが辛くなり、


「美佐子。綾も悪気があってやった訳じゃないんだ。ここらへんで許してやろう。綾。お母さんが厳しく言ったことはすべて正しいのだから身をもって受け止めなさい。通話料はお小遣いから出しなさい。オレも美佐子も一切援助はしないし、金も貸さない。それでいいな」


綾は首を小さくこくんと縦に傾けた。


「そういうことでいいだろう。美佐子」


「あなたがそう言うのなら…」


本来ならオレは美佐子と同じように子供らを躾なければならない立場にあるのだろう。しかし、オレは知っていたのだ。これは綾が独断でやったことではない。何かしらの形で天の使いの力が働いていたのだろうと。


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