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第三十八話 スピード勝負

 その晩の深夜、綾が熟睡している時間にオレは彼女の部屋に潜り込んだ。オレは明かりもつけずに綾、いや、天の使いに近づいた。ヤツは相変わらず綾の頭上で奇怪な舞を続けている。


「おい。天の使いよ。オレの声が聞こえているだろう。こっちを向いてくれ」


ヤツはそれを無視して舞を続けた。オレは先ほどと同じように右手でヤツの体を引き裂くように大きく掻いた。しかし、再びそれはヤツの舞によってかわされた。オレは今度はたいして驚かなかった。そこでオレは右手を鉤爪のような形に変形させ、口を大きく開け、その中の歯を鋭く尖らせた、右手及び歯で天の使いに攻撃を浴びせるべく飛びかかった。今度は、天の使いも舞を舞うのをやめ、体全体を翻しオレの攻撃をかわした。オレは全力で飛びかかったがヤツをとらえることは1回の攻撃では出来なかった。しかし、オレを無視し続けていたヤツをオレの方に向かせることができた。


「やっとオレの方を向いてくれたな」


ヤツは多少苛立った様子でオレの方を睨んだ。


「何をするんだい。ボクはただ舞を舞っていただけじゃないか」


「舞を舞っていただけならオレもオマエを邪魔したりはしないさ。だが、お前はオレの娘に憑依しているじゃないか」


ヤツはほほを膨らまして不満そうにオレを睨み続けた。


「ふん。キミだって見るからに悪魔だろう。明らかにその男に憑依しているじゃないか。しかも悪魔の憑依は人間の魂を追い出し取り付くと聞いているよ。ボクよりずっとたちが悪いじゃないか」


「人のことはどうでもいいんだよ。オレとしては自分の娘にお前のような物騒な生き物に憑依してもらっては困るんだよ。」


ヤツはまたまたふくれてこう言った。


「何が困るんだよ。ボクはこの娘の奪うこともしないし。危険な目にも合わせないよ。人間を殺して憑依しているキミには何も言われたくないね」


オレはあくまで上から目線で続けた。


「なあ、オレにはオマエが目障りなんだよ。人間のある一家に二匹もそらからの創造物がいたら面倒だろう。どうしてもお前がそこに居座るというのならオレも力ずくでそこを立ち去って頂くだけなんだがな」


ヤツは今度は冷たい微笑を浮かべて返答した。


「できるものならやってみなよ。悪魔程度ではボクのスピードについてこられないと思うけどさ。それとも今の攻撃の失敗くらいじゃそのくらいのことも分からないかい?」


「お前にだって眠るときくらいあるだろう。そのときにその首をきれいに落として見せるさ」


「本当に悪魔ってのは何にも知らないね。ボクら天の使いは眠ることなんか必要ないんだよ。おあいにく様」


正直この答えにはオレも参ったがそれは態度には出さなかった。


「ああ。そうかい。ならばオマエの隙を見て必ずその首を落としてやるからな」


「どうぞどうぞ。お好きなように」


オレは悔し紛れの言葉も吐けずに綾の部屋をあとにした。

 悪魔としてこんなに悔しいことも無かった。悪魔といえばそらの創造物の中で一番殺傷能力の高さを誇るものだと認識していたからだ。サタンの殺傷能力も見事だがヤツらのそれはまるで魔力か神通力のようなもので物理的な攻撃ではない。同じ殺傷能力でも我々悪魔のそれとは種類が違う。


ただ一度の失敗で諦めるわけにはいかなかった。何がなんでも天の使いという物騒なモノをこの家から追い出さねば気が済まない。


翌晩も、その翌晩も夜になればオレは天の使いと戦った。いや、あれは戦いと呼べるものではない。誰に見えるわけでもないが、見えるとすればオレが一人で空中でもがいているように見えるのだろう。それほどにオレはヤツのスピードには到底追いつけなかった。これは二日目の夜に気が付いたことだが、ヤツはオレの攻撃のプランを完全に読み切っていてそれでいてオレの攻撃をかわしていたのだ。これが事実である限りヤツを殺すことなど到底無理だと思えた。だからと言ってヤツをこの家から追い出すこと諦めるわけにはいかなかったが、ただ闇雲に毎晩ヤツの前に立ちはだかるのはやめて、もっと効率的で現実的な方法を模索しなければならない。


毎日オレはこの天の使いと向き合わなければならないわけで、それはオレにとっては計り知れないストレスだった。早くコイツをこの家から追い出すか殺すかしてやらないとオレの頭がおかしくなってしまいそうだ。

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