第三十五話 出世
次の日の朝、ようやく支店長が出社してきた。皆心配していたらしく、個々に励ましの言葉、労いの言葉を掛けた。普通はこういう言葉は上の人間が下の人間に掛ける言葉なのだろうが、そんなことは一切関係無かった。それ程みんな支店長のことを待っていたということだろう。支店長には朝一番から大きな仕事が待ち受けていた。人事異動の発表だった。全員固唾をのんでこの辞令発表に臨んだ。
「志茂田部長は体調不良の為、営業部長職を解き営業管理課へ異動。代わりに狩野くんを営業部長として任命する」
小さな拍手が一瞬鳴り響いた。みな志茂田を気遣っていたようだ。俺の出世は恐らくここ最近の受注ラッシュのおかげであるのだろう。残念ながらオレは昨日の青道文庫の件で完全に空気が抜けてしまっている。しばらくはゆっくりさせてもらうつもりだ。
オレは朝礼が終わるとすぐに会社を出た。今日は藤井を連れて出なかった。支店長と話をしてオレのもとで大分修行をしたはずだから、一度単独で行動させてみようということになった。それでもまだ、新人気分が抜けないならもう一度オレが預るという条件を付けた。
オレは市の中心部を抜け出し、ちょっとした田舎のコンビニの外で煙草を吸っていた。会社から約二十分離れたところだ。ここなら一日中フラフラしていてもそう簡単には見つかることもあるまい。もっとも一日中フラフラしているつもりも無かったが。少し時間を潰したら近くにある植物園に行ってみるつもりだ。俺はどうやらこの世界の植物というものに余程関心をもったらしい。歩いていたり、車で移動している時でも道端に咲いている花が無性に気になる。この世で最も美しいと思えるものは美佐子だが、その次に思い浮かぶのは草花ばかりだった。




