表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/93

第三十三話 ありがとうございました

 外の世界ではホウセンカやハナショウブが咲き始めてきた。空気もすっかり夏の香りとなり、むせかえるほど湿っぽい空気が漂っている。


待ち合わせの時間である午後十三時まではまだ大分時間があるため、藤井とふたりで喫茶店で時間を潰すことにした。オレはコーヒーに煙草というお気に入りの組み合わせでボーッとしながら喫茶店の天井を見つめていた。


最近オレは悪魔の能力を使い過ぎてはいないかと考えていた。顧客から注文をもらうにしろ、心音を喰ってしまったことにしろ、志茂田を盲目にしてしまったことにしろ全てオレにとっては必要性があってやったことのつもりだが、はたしてそこまでする必要があったのか。オレは営業成績優秀な、いい社員でいたいのか。人間生馬を見ていたときは、必死で注文をとりまくる姿を見て滑稽だと思っていたんじゃなかろうか。オレはあの滑稽だった生馬と同じ道を歩いているのではないかと思った。そう言えばこのオレも最近、


「有難うございました」


とやたらと頭を下げている気がする。だが、そのことに関して言えば決して気分が悪くはならなかった。


「有難うございました」


という言葉は心から勝手に溢れ出る言葉なのだと気が付いた。実際に有り難いと思っているか否かは大した問題ではないのだ。だが、悪魔の能力まで使って良い成績を残すのは気持ちが悪いと思った。最初は軽い気持ちだったのだ。最初のうちに受注の貯金を作って、後はのんびりと仕事の時間中に暇つぶしする予定だった。それが今では毎日のように受注を繰り返している。オレは確かに吉本支店長、ひいては会社の為に働いているのだが、何故か今の自分は自分の為に働いている様な気がする。それがたまらず気持ち悪かった。だが今日は違う。吉本支店長の為にひとつ頑張らなければならないと自分を奮い立たせる。その気持ちをより一層高める為に藤井に告げた。


「藤井。今日は注文とれるかどうかわからないが、精いっぱいやるぞ」


「僕はいつだって精いっぱいですよ。余裕で注文とるのは生馬さんだけじゃないですか」


 午後十三時。いよいよ約束の時間が来た。オレ達は応接室に通された。応接室にはブラウンレザーのソファが対面同士に並んでおり、その間にガラス張りの机が置いてあった。部屋全体が茶色仕様で高級感があった。少しだけ待っただろうか、部屋に五十歳くらいの四角い男が現れた。顔も四角ければ、身体も四角い男だ。促されるままオレ達はブラウンレザーのソファに腰掛けた。ソファはフカフカしていて大変座り心地が良い。オレは立ち上がって四角い男に頭を下げた。


「本日はお忙しい中、お時間を頂戴致しまして誠に有難うございます。本来ならば当社の支店長の吉本がお邪魔するはずだったのですが、体調不調の為、私狩野と藤井が参らせて頂いた所存です」


「そうでしたか。で、ご用件はなんでしたかな」


「これは大変失礼致しました。聞いたところでは御社は文房具の供給をある一社にお任せしていると伺いました。しかし、それでは文房具の一般的な市場価格も分からないですし、競争の原理が働かない。また、供給を1つのサプライヤーに任せているともし万が一サプライヤーに不具合が生じた場合、供給を受けられなくなるリスクヘッジの為に、第二のサプライヤーとして御社の仕入れの何割かを当社で行わせて頂けないかというご提案をしに伺いました」


「それは立派な提案ですね。それで、具体的にはどのような供給提案をお持ちなんでしょうか」


オレは鞄からノートを取り出し、その一ページにイメージ図を描きながら四角い男に説明した。


「御社のボールペンの取扱量を六百本と仮定します。続いてシャープペンシルが二百本、ノートが二百冊、蛍光ペンが約二百本、下敷き、バインダーが60個ずつ、これらの文具の約3割をご購入頂ければ、単価をこのように設定させて頂きます」


オレは各文具の単価と出荷予定数を掛け合わせた合計の見積額を提示した。正直提示した単価は支店長からも了解は得ていないし、オレが担当している得意先でもこんなに安い単価で販売している得意先は存在しない。相手の担当者はううむと、唸って悩んでいるようだった。四角い顔の担当者は重い口を開いた。


「話しとしては結構なご提案だと思います。確かに今の供給先だけに頼りきっていたのでは競争の原理が働かない。それに正直供給が不安定なところもあるのです。そして、狩野さんからご提示頂いた単価も非常に魅力的だ」


オレと藤井はこれはいけると思った。しかし、事はそう簡単には終わらなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ