第二十六話 心音の始末
しかし、死者を崇める態度と次にオレがとった態度は全くの別物。まずは白猫の足先をつまんで思いっきり引っ張った。するとどうなるか。股関節より下の部分がバキッという大きな音を立てて外れるのだ。オレは猫の血が自分に付かないように胴体の方を投げ捨て、股関節から先の足にしゃぶりついた。もう片方の足も同じように喰らう。
次はどうするかと言うと猫の首を胴体から引き剥がすのだ。やり方は簡単で先ほど折った猫の首を胴から離れるまで回し続ける。すると数回転で頭と胴は引き離されるという具合だ。このとき大量の血が出るので、帰り血には気を付けなければならない。頭の部分は胴から引き離した首の部分に両手の親指を入れて力を込めて左右に割る。このとき頭を逆向きにして割ってしまうと大量の帰り血が付くのでさらに注意しなければならない。こうすると猫の頭の中身、そう脳みそにありつける。大概の動物は脳が一番美味い。これはオレの個人の見解だが。頭の部分は脳以外は対して美味くも無いので捨てる。
オレは食い残した部分をもともと猫が座っていたポリバケツの中の一番下に押し込んで隠した。残されたのは胴体だけであるが、顎を限界の2倍程度にまで広げて首の部分から残っている血を吸う。帰り血を浴びないくらいに血を吸いきったところで腹の部分を縦にふたつに切り裂き内臓を食す。肉の部分は対して美味くも無いのでまたポリバケツの下に隠す。
この時オレはある視線に気が付いた。ハッと後ろに目をやると支店長の娘の心音がオレの方を怯えたように見ていた。オレと目があった瞬間彼女は反対方向へ向かって走り去っていった。この時のオレはまずいものを見られたという後悔の気持より、いかにして心音を処理するかだけを考えていた。脚力を限界まで活かし数秒で彼女を捕まえる。そしてまたおもっきり走ってさっきの路地裏まで戻って来た。右手で彼女の頭をつかみ、左手で顎を掴み心音を宙ぶらりんの状態にして状態でこう質問した。
「オレがここで何をしていたか分かるかね?」
彼女は目に大粒の涙を溜めて首を縦に振った。オレは続けて、
「ここのポリバケツの下には何が入っているか分かるかね?」
彼女は眼を瞑ったまままた首を縦に振った。オレは彼女の記憶を出来る限りの時間まで排除した。そして同じ質問をもう一度したが、心音の返事は一緒だった。
もう一度言うが悪魔の力というものも万能ではないのだよ。オレはこのとき初めてまずいことになったと気が付いた。よりにもよって生きた猫を喰らうところを支店長の娘に見られてしまうとは。正直、気持ちも大分焦っていた。繰り返して心音の脳に指令を与え続ければもしかしたらこの餓鬼の記憶も消すことができたのかもしれないが、そんな心の余裕はオレには無かった。そしてオレの頭の中には餓鬼の記憶を操作して事を解決させようという発想とは全く別の解決法も同時に浮かんでいた。
餓鬼の始末に迷った。しかし、それはほんの一瞬のこと。オレは右手を彼女の頭から首へと移動させ、左手で口を塞ぐように持ちかえた。右手に一瞬大きな力が入る。すると心音の身体は一瞬にして傀儡になったかの様に脱力した。オレは猫にしたのと同じように心音の首と胴体を引き離した。今度は内臓と脳みそだけというわけにはいかない。骨まで食ってしまわないとどこかでオレが犯人だと足が付くかもしれない。オレはポケットに残しておいたビールで流し込むように心音の全てを腹の中に収めた。
心音の全てを喰らった後、ああ、オレはとんでもないことをしでかしてしまった、という気持ちは心の片隅にも微塵も湧いてこなかった。堂々とこう言い切ろう。心音の身体は美味かったと。忘れてはいないかい。オレは悪魔なのだよ。人間を喰らうことなど当たり前のことなのだよ。君達がチキンやビーフを食うことと何も変わりは無いのだよ。ご馳走様。いつかは一度人間というものを喰いたいとは思っていたのだ。それが、たまたま今日という日で、口にしたのがたまたま支店長の娘だったというだけだ。充実感さえあった。オレは心音を喰ったという意識しかなかった。殺してしまったという認識など全く無かったね。




