第十八話 宿命
なるほど、そういうものか。こいつらはそらに命令されないと何もできないらしい。それを聞いて今度はサタンというものの生物としてのレベルが知りたくなった。
「愚問かもしれないがキミは人間を殺すことに罪の意識というか自分は恐ろしいことをしているという実感はあるかい?」
「ワタシだけでなくサタンならきっと皆あるであろう。人間というものは相対して初めて分かるが中々優秀な生き物だ。それに感受性も豊かときている。こういう優秀な種の一部を滅するのは非常に気が引けるものよ。例えば今回のターゲットのあの家族。見ての通り非常に仲が良い。娘も父親、母親ともに尊敬している。父も非常に人情深く妻も子供も愛している。そんな父親を三カ月かけて鬼にかえて妻を殺すなんてそらも恐ろしいことを注文してくるもんだ」
サタンは非常に困って、嫌気がさしているようだった。確かにオレだってあの母親を父親に憑依して殺せを言われても躊躇してしまうだろう。サタンの苦労は理解する。しかし、同時に人間をそこまで賛美するということは知能のレベルはあまり高くはないのではないかと思えた。
「そらかの命令とはいえ心苦しい殺しだな。そらに対してNOということはできないのかい?」
「キミ達悪魔はそれができるというのかい。そうではないだろう。そらの命令は絶対だ」
「いいや。命令には絶対かもしれないが、我々悪魔にはそらの声が聞こえることなどまず無いことだ。だから命令自体されることもないのだよ」
オレはちょっと得意げに答えた。
「なんと。そらからの命令がないと申すか。いや、それは気軽な事で大変羨ましい」
そうかサタンは人を殺める為の存在であるにもかかわらず、いちいちそらの指示がないと殺しもできないのか。それならオレ達悪魔の方がよっぽど便利がいいし、気楽であると言える。どうやら目の前のサタンも同じことを考えているらしい。
「いや、そらはどうにも気まぐれと言うか何を考えておるのか分からんことが多くてな。一番楽なのは人間として極悪人というものであればワタシも殺すのには何も躊躇いはないのだが、そらは意外と普通の人間を殺せと言うてくる。そんなときはワタシも心苦しくて仕方が無いのだよ。この間なんか小学生を殺せと言われてトラックの運転手を操って轢かせたのだがどうにも後味が悪かった。姉を始めとして家族みんなに愛されている男の子だったからのう。非常に愛くるしい子供だったよ。友達も多くて家族にもとても愛されていて、その葬儀を覗きに行ったんだが我がしたこととはいえ非常に痛ましかった。あんな殺しはもうごめんである」
「いや、サタンと言う存在は知ってはいたが、実際あって話してみるととても大変な仕事のようだ。オレは自分が悪魔であることに非常に安堵しているよ」
サタンがオレに問うてきた。
「ところでキミは他のそらの造成物とあったことがあるか?」
「いや。キミが初めてさ。オレが知る限りでは悪魔、サタン、デモン、天の使いくらいかな。そらの造成物で知っているのは。キミは他の何かと出逢ったことがあるのかい?」
オレはそう聞き返した。
「うぬ。そのトラックで轢いてしまった子供の姉にデモンが憑依しておった。もっともやつは恐らくワタシには気が付いていないようだったがね。デモンというのは気楽なものさ。間もなく死ぬ人間に憑依してその人間の最期を見届けるだけでよい。自ら殺すこともないのだ。あんなに楽な生物も他にいないと見た」
「そうなのかい?デモンというものはどんな宿命を負っているんだ?」
「なんのことはない。ただ死期の近づいた人間の傍にいてそいつの話相手をしているだけさ。少なくともワタシの目にはそう映ったね」
「なるほど。オレもデモンについての噂は聞いたことがあったが、その噂の通りの働きぶりというわけだね」
その時、新幹線が名古屋に到着するというアナウンスが車内に流れた。美佐子ももう目を覚ましているようだった。
「おっと。オレは名古屋で下車しなければならない。サタン君。非常に面白い話を有難う。苦しい仕事かもしれないが、気を落とさず頑張ってくれたまえ」
「うぬ。ワタシも有意義な時間を過ごせたよ。悪魔というものは非常に知性が高いのだろうな。キミと話してそれを強く実感したよ。それではまたいずれ会えればいいな」
彼はそう言って殺しのターゲットである家族のもとへ帰っていった。そうか、三カ月後には夫が妻を殺害するという痛ましい事件が報道されるのであろう。オレはその舞台裏を知るおよそたった一人の生物になるのだ。舞台裏を話しても誰も信じてはくれないのだろうが。




