第十七話 殺人計画
それから旅行までの約二週間オレは仕事に専念した。二日に一つのペースで受注を続けた。時には新商品ではないボールペンやシャープペンの受注も織り交ぜた。支店長のオレの評価はウナギ登りと言った感じだ。その間オレは酒を飲みに行くのも控えた。二,三度部署の連中からも誘われはしたが、それは全部断った。毎日早く帰って美佐子の顔が見たかった。
いよいよ旅行当日になったオレと美佐子は割と大きめなボストンバッグにふたり分の荷物を詰め出発した。ここ東京から名古屋までは約二時間。その間は美佐子と楽しく話しをして過ごすつもりだ。鈍行電車で東京駅まで到着し、いよいよ新幹線に乗り込む。二人でビールを1本ずつと駅弁を買って新幹線の指定席に座った。
「今日と明日はおもいっきり羽を伸ばそうな」
そう言ってビールで乾杯した。あまり酒に強くない上に日頃の疲れが出たのだろう、美佐子は新幹線が発車して二十分程で眠ってしまった。いくらなんでも起こすのは無粋だと思いオレは着ていた上着をそっと彼女にかけてやる。暇なのでやってきたワゴンサービスでビールをもう一本買って飲むことにした。煙草が吸いたくなって喫煙所までいくときに、通路になにか黒い影をみた。影は日中の太陽によって姿を現したそれのようにはっきりとした色をしている。オレは思い過ごしか、少し酔っぱらったものかと思った。電車内であんなに黒い影ができるはずもない。しかし驚くことにその影は一体なんの影か分からない形をしていた。大きな多角形のような形を影はしていたが太陽のある方向にはそんな障害物は存在しない。まさかと思いながらもオレは心の中で呟いた。
「サタンか。お前はサタンなのか?」
影の中央にふたつのぼんやり光る眼が現れた。
「んん。ワタシが見えるとなるとキミは悪魔かね」
間違いなかった。そいつはそらの造形物のひとつ、我々悪魔の親戚とも言えるサタンという生物だ。オレも見るのは初めて。何故ならサタンはこの日本に数匹程度しかいないと聞いていたからまさか自分が巡りあうとは思っていなかった。
「うん。キミはまだ人間に憑依してそれほど月日が経っていないと見える。名はなんというね」
「人間界の中では生馬という名前で通っている。ここでは話がしづらい。キミに興味があるんだ。よければオレの席で少し話しをしないか」
オレからそう提案した。
「よかろう。ワタシも退屈していたのだ。キミの席に案内してくれたまえ」
全く思いもよらない形で、思いもよらない旅の道連れができた。幸い美佐子はまだ眠っている。オレはひじ掛けに肘をついて眠っている振りをした。どうせサタンとは声にならない会話ができるのだし、これなら万が一美佐子が起きてもサタンとの会話を楽しむことが可能だ。
「こんなところでそらの造形物と出逢うとは思っていなかった。オレもサタンというものに初めて出会うので色々聞かせて欲しいね。何か失礼なことを聞いたら申し訳ないが」
「何を聞いてもらっても構わないが、面白い話などないぞ。ワタシ達はただ生き物に乗り移って、いずれはその相手や第三者を傷つけたり殺めたりするだけの存在なのだから」
「そうか。そういう話しは聞いたことがある。キミ達に操られた生き物は何か姿が変わったり奇形になったりするのかい?」
「見た目が変わることは一切ないさ。キミ達悪魔は若干そういうことができるとは聞いて
いるがそうなのかな」
「見た目を変えることは造作も無い。しかし、急に変化を表に出すと他の人間に怪しまれてしまうからね。徐々にゆっくり時間をかけながら自分の好みに変化していくよ。今は誰を操っているんだい?あそこの角に座っている家族の中の誰かかい?」
「ああ。そうだ。あの家族の奥さんに3カ月後に死んでもらうことになっている」
「へえ。まだ若い奥さんじゃないか。どうやって殺すんだい。病気かい、事故かい?」
「ワタシが操っているのはあの旦那の方であるのさ。つまり旦那が奥さんを殺すという段取りになっておると言うわけだ」
オレは予想外の答えに少し驚いた。
「なるほど、サタンというものは殺す相手を操るものとばかり考えていたが、そういうケースもあるんだな。それにしても何とも残酷な話ではないか」
「何を言う。生き物を殺めるのは悪魔だって一緒だろう。しかも悪魔は自分の勝手な独断で生き物を殺めることがあると聞く。それに比べて我々サタンはそらからの命令でしか生き物を殺めない。そらがいつ誰を操って、何を殺すか細かく命令してくるのさ。正直言ってワタシはこんな宿命に嫌気がさしておるよ」




