第十六話 美佐子
夕方六時半。オレは自宅に戻って来た。玄関をあけると妻の美佐子が出迎えてくれた。
「おかえりなさい。今日は早かったのね。ごめんなさい、まだ夕食の支度が出来ていないの。こんなに早く帰って来てくれたのにごめんね。もしかしてどこか体調でも悪いの?」
人間生馬を観察していたときから思っていたがこの美佐子という女は非常に優しく暖かい人間だった。今日もこんなオレを優しく気遣ってくれる。
「体調は大丈夫だ。少し疲れているだけさ。今日は三件顧客訪問をして思わず三件とも注文がとれたので、何だか気疲れしているだけだと思うよ」
「すごいじゃない。おめでとう。何かお祝いをしないといけないわね。じゃあちょっといいお酒でも買ってくるわね。すぐに帰ってくるから少し待っていて」
「いいよ。自分で好きなものでも買ってくるさ。それより夕食の支度を頼む。こんな疲れた日はお前の手料理が早く食べたい」
美佐子はほんの少し顔をあからめて「うん。」と返事をした。本当に可愛い嫁である。なんでこんないい女が生馬なんかを選んだのか不思議でしょうがない。まあいい。これからはオレが生馬の代わりにたくさん可愛がってやるからな。オレは近所のスーパーでちょっと高い日本酒を買って帰った。
今日の夕食のメニューはてんぷらだった。肉もあったが、かきあげやきのこなど野菜が中心のメニューだ。美佐子に聞いたところオレは大概外食をして帰ってくるから栄養のバランスが乱れている可能性があるので野菜中心のメニューにしてくれたようだ。オレはこの心遣いが本当に有難いと思い美佐子を抱きしめた。それだけではあきたらず耳からはじまり首筋までキスをしてやった。耳にキスをしたときはくすぐったそうな仕草をした彼女だったが、オレの唇がだんだん下にさがっていくにつれて吐き出す息が色っぽくなってきた。しかし、「まだ早いでしょ。」とオレを引き離し照れくさそうにキッチンの奥まで消えて行った。
「毬と綾はまだ帰ってこないのか?」
「だってまだ十九時ですもの。ふたりとも部活が終わって帰ってくるのは二十時くらいですよ」
「たまには君と一緒にふたりきりで過ごす時間も欲しいものだな」
「もう。なにを言っているんですか」
いくらオレが人間ではないとしてもこれだけは分かる。美佐子は本当に生馬に惚れているのだ。正直オレはそのとこに猛烈に嫉妬していた。人間の持つ恋愛感情というものがどんなものかはよく知らないが、オレは無性に美佐子を抱きたいと思っている。実は、人間生馬を観察しているときからこの嫉妬心は燃え上がっていた。何であんな何の取り柄も無い人間を美佐子は愛すのか。オレならもっと美佐子を愛してやることができるのに。
娘二人が帰ってくる前に美佐子と二人で晩餐が始まった。かぼちゃの天ぷらがやたら美味かった。普段は酒は飲まない美佐子だが今日はオレのお祝いだということで、晩酌のビールに付き合ってくれた。
「なあ。さっきの話だが真面目にふたりで旅行にでも行かないか?毬と綾も、もう一晩留守番するくらいできるだろう」
「そうですね。一晩くらいなら大丈夫でしょう。でも、今日のあなたはどうしちゃったのかしら」
「そりゃあ、たまにはふたりきりでデートでもしたいさ。それにちょっと羽を伸ばしたい気分なんだ。景色が綺麗なところがいいな。温泉なんかもいいかもしれない」
「嬉しいわ。そんなお誘い子供ができてから全く無かったですもんね。あなたの好きなお城めぐりなんてどうかしら。そして夜には温泉に浸かって。ちょっと贅沢していいお料理でも食べたら楽しいでしょうね」
「そりゃあいい。どこの城がいいかな」
「名古屋城なんてどうかしら。まだ行ったことなかったですよね。夜は下呂あたりの温泉なんかに行ければ最高だと思うわ」
美佐子の手作りの天ぷらは本当に美味く、会話も弾んで昨日とは別の最高の晩酌となった。
「今週末では急すぎるから、来週末にでも行けるかどうか毬と綾に聞いてみるよ」
「賛成してくれるといいわね」
そんな話をしていると丁度娘ふたりが帰って来た。ふたり一緒に帰ってくるとはタイミングが非常に良い。早速旅行の計画を話してみた。
「いいんじゃない。たまには夫婦水入らずって感じで。おみやげさえ買ってきてくれればわたしは別にいいよ」
姉の毬はすんなり快諾してくれた。
「あたしも賛成。パパがママを誘うなんて仲がいい証拠だからふたりで楽しんできて欲しいな」
妹の綾も賛同してくれた。これでふたりきりでデートができる。夜は誰にも、時間も気にすることなく目いっぱい美佐子を抱いてやることができる。恥ずかしい話だがオレのテンションは最高潮に達していた。




