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転移

「……はぁ? えっ?」


目の前に広がるのは、見たことのない景色だった。

小さな村のような場所の入り口、そのすぐ前にぽつんと自分は立っている。

地面は土の道、左右には木の柵のようなものが並び、遠くに見えるのは石と木造りの家並み。


「なにこれ、どこ? ……さっきまで、都内だったよね……」


手には、まだ食材の詰まった買い物袋を抱えている。重さも温度も、確かに現実のはず。

しかし、そこに立ち尽くしているのは明らかに“異質な空間”だった。


「大丈夫? どうかしたの?」


突然、女性の声がかかった。

振り返ると、若い女性がこちらを見ている。

薄いベージュ色のブラウスに、シンプルなスカート姿。黒髪を緩く結い、エプロンのようなものを腰に巻いている。

その顔には、優しいが少し心配そうな色が浮かんでいた。


「えっ、あ、あの……」


突然話しかけられた驚きよりも、“この人、どこの国の人?”という疑問が湧いてくる。

それくらい、日本とも他の国とも思えない雰囲気だった。


「ここでそんなところに突っ立っていたら、馬車に轢かれるわよ? ここはハルツ村の入り口よ。」


女性は少し不思議そうに言った。


「ハルツ村……?」


知らない地名。しかも、さっき聞こえた言葉も日本語ではないのに、なぜか理解できている。

そこで初めて、自分が『異世界に転移してしまった』のでは?という可能性に気づいた。


「……ちょ、ちょっと待ってください、ここってどこの国ですか?」


そう尋ねると、女性はさらに不思議そうな顔になった。


「国? アルセリア王国よ。……本当に大丈夫? ずいぶん変わった子ね。」


アルセリア王国。やはり、聞いたこともない。

状況が飲み込めず、頭の中は混乱していくばかりだった。


そんな自分の様子を見て、女性はふっと表情を和らげた。


「とりあえず、話を聞かせてもらえる? うち、宿をやってるの。そこなら座って話せるわ。」


「あ……は、はい……」


なぜか、その申し出がとてもありがたく思えて、思わず返事をしてしまった。


宿に案内された主人公は、簡素ながらも清潔な室内に通された。

テーブルと椅子が置かれ、奥の方から子どもの声もかすかに聞こえてくる。


「はい、お水。飲んで落ち着いて。」


差し出された木のコップの中には冷たい水が入っていた。

ひと口飲むと、すっと喉が潤い、少し気持ちが落ち着く。


「あの……ありがとうございます」


「こちらこそ。で、あなた、さっき村の入り口で見かけたけど……旅の人? それとも誰かの紹介?」


問いかけられ、主人公はしばし黙り込んだ。

何から説明すればいいのかわからない。

だが、黙っていてもどうにもならない。


意を決して、知っている範囲で自分の事情を話し始めた。


自分は料理が好きな普通の社会人だったこと。

今日は仕事帰りに食材を買いに寄り道したこと。

そして、奇妙な細道で拾ったコインをきっかけに、この場所に来てしまったこと。


「……つまり、あなたは“転移者”ってわけね」


話を聞いた女性――リィナは、静かに呟いた。


「てんいしゃ……?」


「ふふ、あなた、本当にこっちのこと何も知らないのね」

リィナは困ったように微笑む。


「ここじゃね、“転移者”ってだけで、王族や貴族に見つかったら研究対象になったり利用されたりするの。だから、迂闊に口にしちゃダメよ」


その言葉に、主人公はゾッとした。

まさかそんな危険があるなんて、想像もしていなかった。


「……わ、私、どうすれば……?」


不安そうにそう尋ねると、リィナはにっこり笑った。


「だったら、しばらくうちで働かない? 私はこの宿の主人で、双子の子どももいるから、正直手が足りなくてね」


「……ほんとに、いいんですか?」


思わず前のめりになって尋ねる。

この状況で、頼れる相手がいるというのは心強かった。


「もちろん。ただ、その前に神殿でギフト鑑定を受けて、それから商業ギルドに登録しないと、正式に働けないの」


リィナの提案に、主人公は深く頷いた。


「はい、お願いします!」



翌朝、リィナに連れられて、村の神殿――ヒバトゥッラー神殿へと向かう。

村の規模にしては立派な建物だが、中は質素で、どこか落ち着いた雰囲気。


「……ふむ、ふむ……。この子か」


迎えてくれたのは、白髪でふくよかな体型の老神官。

ウェンベルト・リュークという名だそうだ。


「のぅ、リィナよ。この娘、見たところまだ“ギフト確認の儀”を受けておらんようだが……?」


「ええ。実は……ちょっと事情があって」


リィナは用意していた説明――「貴族の隠し子として育てられたが、正式な儀式は受けていなかった」という偽の事情――を流暢に語った。


「のぅ……ほほっ、それはまた……。ふむ、事情もあるか」


ウェンベルトはしばし考えたが、昔は“厳正のウェンベルト”と呼ばれていたにも関わらず、今は涙もろく甘い性格。

「わしが預かろう」と納得してくれた。



いよいよギフト鑑定の儀式が始まる。


淡い光が降り注ぐ魔法陣の中心に立たされ、手を胸元に当てる。


(ドキドキする……何が出るんだろう……)


緊張の面持ちで待っていると、老神官が宣言した。


「ふむ……この者のギフトは――**《サーチ(検索)》**じゃな」


光と共に、主人公の名前とギフト名が記録されていく。


『ユーキ:サーチ(検索)』


(……ちゃんと登録された。これで村での生活ができる……!)



神殿で無事にギフト登録を済ませたあと、

リィナに案内されて、村の商業ギルド支部へと向かう。


ハルツ村のギルドはこぢんまりとした建物。

けれど、内部は思ったより整っており、受付カウンターも立派なものだった。


「いらっしゃいませ。ご用件は?」


受付には、感じのよさそうな女性職員が控えている。

リィナが事情を説明し、人材派遣部門への登録希望であることを伝えた。


「なるほど、新規登録ですね。それでは、こちらの用紙に名前とギフト名を記入してください」


ギルド側はギフト確認済みの者に限り、職業斡旋を行っている。

提出した情報は神殿とも連携されており、虚偽申請はできない仕組みだ。


(ふぅ、書くだけでも少し緊張する……)


ユーキ:サーチ(検索)――と記入して提出。


「ありがとうございます。これで登録は完了です」


正式な登録証(カード状の魔道具)が発行され、ユーキはついに正式に働ける立場となった。



その足で「リーヴェンの宿」に戻り、リィナから簡単な説明を受ける。


「料理場の片付けと、食事処の手伝いからお願いできる? あと、うちの子達にも慣れてもらえたら助かるわ」


「はいっ、よろしくお願いします」


かくしてユーキの異世界での新しい生活――料理修行(?)と冒険がスタートしたのだった。


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