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ゴミを拾う人

作者: いけさと

 不平や不満。焦りや悲しみ。そして怒り。

 町にはごみがあふれている。いろいろな人が捨てたごみだ。そのごみを拾い歩く男がいた。誰もその仕事に興味はない。ときどき誰かが指さして、


「あの人は何もしていない」


 といったりする。するとそこにまた一つゴミが落ちた。彼は黙ってそれを拾う。

 ひとりで一生懸命拾っても、ごみ拾いをする彼の道筋だけがいっとき綺麗になるだけで、ごみは増えるばかりだった、だから町の人には、彼が何もしていないように見えたのだ。

 誰にも理解されず、評価されることもない。そんなことをしても無駄だといわれるだけ。不平や不満を受け止めるだけの、それはあまりにも大変な仕事だった。だから彼は疲れてしまった。

 大量のごみも、燃やしてしまえばほんの少しの白い灰になるだけ。彼は拾い歩いたごみを一生懸命燃やしたけれど、一人ではとても間にあわなかった。ごみが多すぎたのだ。白い灰になるまで燃やしきる時間もなくて、燃やしつくせないごみが黒い灰となって、彼の衣服は真っ黒に汚れてしまった。真っ黒になった彼は、役立たずとして町から追い出された。


「あの人は何もしてくれなかった」


 そう人々は言った。

 彼の後に来たのは、ごみを拾わない男だった。その男は、不平や不満で汚れた町を見て、


「お前らがごみを出すから悪いんだ」


 そういってごみを捨てる人々を睨みつけ、ごみを捨てることを禁止した。そうすることで、町はきれいになった。きれいにはなったけれど、ごみを捨てられなくなった人たちの、一人一人が汚れていった。建物や町はきれいなままなのに、町を歩く人たちは真っ黒になって異臭を放った。

 そのきれいな町の中で、たった一人だけごみを出す者がいた。それはあの男だった。男は他人にはごみを捨てるなというのに、自分のごみは簡単に捨てた。そのごみを拾うのは、異臭を放つ町人(まちびと)だった。その男は自分のしたいようにふるまった。自分がきれいで、町もきれいで、その男はとても得意気で、満足気だった。ただごみが見えないだけのくさい町並みを見て、この町がきれいになったのは、自分のおかげだと誇った。

 それから町はどうなっただろうか。それは簡単なことだ。やがて捨てられないごみで、家にいられなくなった人たちが外に出てきたのだ。家から出てきた人たちは、汚く異臭を放つ。それはもう、存在自体がごみだった。そんな人々が町にあふれだし、すぐに道路は人間であふれかえった。町はまたゴミであふれた。そんなことになって、ようやく町人はごみを拾い始めたが、ごみがごみを拾っても、ごみが減ることはなかった。耐えがたい匂いに、人々はまだきれいな場所を求めて町の端々に散ってゆく。そうしているうちに、町のどこにもきれいな場所はなくなってしまった。町を出ていく者もいたが、残った人たちはやがてごみに埋もれて息すらできなくなった。

 一人だけきれいだった男も汚れていった。彼は怒鳴った。


「俺は言ったはずだ。ごみを捨てるなと」


 激しく命令して睨みをきかせても、近くの人がおびえるだけで、何の意味もなかった。

 汚れは病のもとだった。あちこちで次々と人が死んでいく。こうなってしまえば、この町の人を受け入れてくれる場所もない。誰も町の外に出られなくなって、死体を動物たちが食べて、ウジがわき、ミミズが寄ってくる。いつしか死骸は土となり、草がそだって花が咲く。昔町だったこの場所は、ようやくきれいな森に変わろうとしている。もちろん、あの男も死んだ。

 生き残ったのは町を出ていった人間だけだった。

 真っ黒になった廃墟には、誰も近寄らなくなった。

 ある日、そこに立ち寄る旅人がいた。それはずいぶん年老いた老人だった。身に着けたコートも帽子も、そうとうくたびれていたけれど、どこか威厳があって、時折片付けをしながら町を歩くその仕草や行動には、思いやりと寂しさが混在している。その老人はかつて馬鹿にされながら、この町のごみを拾い続けた、あの男だった。

 身体のどこも汚れてはいなかったが、指先だけが汚れている。彼はずっと、ひとつのことを続けてきたのだ。

 真っ黒になった町の入り口に立つと、滅んだ故郷を見渡した。建物は草や蔦に覆われていた。少し空気がきれいだった。

 町の中央まで歩くと、そこには白い砂場があった。老人はその砂を手ですくうと、この砂だけがきれいだと感じた。最後にここに集まって、お互いを助け合いながら死んでいった人たちの、その骨が砕けてできた砂だ。もうこの町に未来はない。彼はその砂場で、暗くなるまで過ごした。

 あの日この町を出てから、ずっと気になっていた、やり残した仕事がある。彼が町に火を放つと、炎は勢いよく燃え上がる。町の異臭も風と消えた。やがて炎は町を覆い、あたりを明るく照らしながら、この町を過去へと変える。

 舞い上がった白い灰が、黒かった町を、いつしか白く変えてゆく。

 この町だけは、救うことができなかった。彼はポケットから、一つだけ残ったごみを取り出す。あの日この町を出てから、ずっと持ち続けていたものだ。それがあったから、ここに来た。それがあったから、拾いつづけた。すべてを焼き尽くす炎の中で、そのごみだけは、捨てられなかった。


 了


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