第5章 山荘 Sunday October 3
素也が目覚めると八時過ぎだった。ベッドを見渡すが実沙はいない。バスローブのまま起き上がりキッチンに向かうと、実沙はお米を研いでいた。すでに着替えていて、メイクも終えている。
明るい茶色のウールのタートルネックのセーターにレザーの濃い茶色のタイトスカート、持参の薄いすみれ色のエプロンを着けている。髪の毛は相変わらず毛先がはねている。東の窓からの明るい光を受けて全身が輝いて見えた。朝、寝起きに最初に目にする光景としては十分すぎた。
立ち尽くす素也に気づくと、少しはにかんだ笑顔で「おはようございます」と話しかける。素也も笑顔で「おはよう」と答える。
「素也さん、台所の使い方教えて。朝御飯作りたいの」
素也は実沙を抱き締め軽くキスをした後、電磁調理器具の火力の調整、食器や鍋や調味料の場所を実沙に教えた。ついでにオーブンレンジと魚焼用の小型のグリルの使い方も教えた。
トイレに行き洗面を済ますと庭に出て昨夜の後片付けに取りかかる。空は雲がかかっている。風は湿り気を帯びている。昼過ぎから雨が降るかもしれない。
ランプを池の脇のログハウスに仕舞い、金網と皿を水路の水を汲み、芝生の上でざっと洗い、ジャグジーの栓を抜く。缶ビールの缶をゴミ袋に入れ、食べ残しは庭の隅に固めて置いた。鳥の餌だ。幸いこの山には野犬は住みついていない。
素也は餌を運びながら、番犬に狩猟犬でも飼おうかなと考えていた。実沙はどんな犬が好きなのだろう。そして、実沙と一緒に住むことを考えている自分に気づき苦笑する。
煉瓦のコンロは、横の通風口を閉じ上部を鉄の蓋で覆っておいたので火は消えていた。消し炭を一ヶ所に集めて、灰を掻き出し庭の隅に撒く。洗った網をコンロの中に仕舞い、鉄製の蓋を閉じた。
皿や調味料が入ったバスケット、飲み残しのマッカランやゴミを抱えクラブハウスに戻り、キッチンの勝手口から入り手早く片付けを終える。
寝室に戻って、バスローブを脱ぎ、アンダーウェアを持ってシャワールームに向かい、シャワーを軽く浴びた。バスタオルで身体を拭き、アンダーウェアを身に着け、寝室に戻る。クローゼットを開け、Tシャツの上にトレーナーを重ね着する。リーバイスの501を履き、バスローブやバスタオルを洗濯機に入れスイッチを入れる。
キッチンに戻るとカウンターに朝御飯のおかずが並んでいた。シンクで手を洗い、米が炊けていることを確認すると、おひつに全部開けしゃもじで手早くほぐす。茶碗を二つ食器棚から出しご飯をよそう。おひつに布巾を掛け、ふたをしてしゃもじと共にカウンターに置く。実沙はお椀に味噌汁を注いでいた。分葱を一つかみづつお椀に入れる。
カウンターに並んで「頂きます」と言うと二人は食事に取りかかった。ご飯は素也が炊くより少しだけ柔らかい。味噌汁は、煮干しではなく鰹節でダシが取ってある。梅干しに、実沙が柔らかく焼上げた出汁巻き、キュウリの浅漬け、昨日買ったカジキの腹身の塩焼き。素也なら照焼きにするところだが、塩焼きも塩加減が良く美味しい。
素也はご飯を四杯お代わりした。実沙が二合炊いたご飯が綺麗に無くなった。実沙がコンロから味噌汁のお代わりを注いでくれる。
先に食べ終えた素也はお湯を湧かし、ほうじ茶を煎れた。実沙にも勧め、梅干しを噛りながらほうじ茶を飲む。今日は日曜日と二人で確認し、顔を見合わせて笑う。
「さあ、何をしようか。実沙さん」
「お任せのはずよ、素也さん。本当になんでもいいのよ」
「昼から雨になるかもしれない。ここでこのままのんびりしようか」
「『映画でも見に行かないか』なんて言ってたら、蹴っ飛ばすところだったわ」
実沙は笑顔を見せた。素也は立ち上がり食器を片付ける。立ち上がりかけた実沙を手で制して、食器洗浄器に食器を突っ込み、スイッチを入れる。
「実沙さん、昨日のジーンズに履き替えてくれないかな。ちょっと下まで散歩しよう」
実沙は頷くと荷物が置いてある寝室に向かった。素也はすべての窓を開け、埃を出し、ベットの毛布を窓から干す。携帯を取り出しQちゃんに電話を掛け掃除を開始させると、実沙と一緒にクラブハウスの外に出た。
裏に回り、山のふもとまで小径を降りる。所々で木の目立つところに赤いペンキが塗ってある。実沙にその目印を教える。人が一人通れる幅の路だ。毎年笹や木の枝を切ってやらないと、路が塞がれてしまう。
足元が悪いので実沙の手を引いて歩いた。二十分ほど歩くと、轍の付いた未舗装路に出た。
「ここまでが緊急用の小径。この道路を左に真っ直ぐ行くと国道に突き当たるんだ」
二人は振り返り来た路を登り始めた。途中で分岐を右に逸れ、舗装済みのクラブハウスへのアプローチの道路に出る。二人並んで手を取り合い、ゆっくりと登ってゆく。素也は顔にうっすらと汗をかく。が、実沙は涼しげだ。雑木林がトンネルのように舗装道路を覆っている。
「この辺り、あと一ヶ月もすれば紅葉が始まる。そうしたら綺麗だぜ」
素也は実沙に話しかける。実沙は回りを見渡しながら、素也の声を気持ちよさそうに聞いている。
クラブハウスに近づくと丸太で造った階段を池の方に降り、南向きの斜面に取りつけられた可動式の36枚のソーラーパネルを見せる。
「ここ、電柱無いだろ。実は電気が来ていないんだ。ここで発電しているんだ」
「雨の日や夜はどうするの」
「このソーラーパネルで発電した電気は、地下水を汲み上げる為だけに使われているんだ。実際に我々が使う電気は、汲み上げた水を放出し、タービンを回すことによって作り出しているんだ」
実沙はピンと来ないようだった。
「あの庭を流れる水路の水もその水なのね」
「ああ、タービンを回すために放水した水さ。その水は池に一旦溜まり、また地下に還ってゆくんだ。森で濾過されて」
「よく分からないんだけど、作りすぎた電気はどうするの」
「電気は貯めることが出来ないので捨てることになる。ただで捨てるのは勿体ないので、余った電気は温水タンクのお湯を沸かすのに使っているんだ」
そこまで話すと階段を上り始めた。階段はクラブハウスを通りすぎ、山頂近くまで続いていた。森の影にポンプ付きの発電用の大きなタンクと温水用の小さなタンクがあった。
「大きい方が上水と発電用のタンクだ。水は流れ続けているので冬でも凍らない。この一年でまだ電気が使えなくなったことは無い。まあ、もし、電気がなくてもそう困ることは無いけどね」
「ヘヤードライヤーが使えないと困るわ」
そう言うと、実沙は笑った。
クラブハウスに戻るとQちゃんは掃除を終えていた。おでこのランプが赤く光り、充電あることを示している。素也より先に実沙が「お疲れさん、Qちゃん」というと、頭の三本の毛をなでた。
素也はクラブハウスの中を案内した。実沙をホール中央に立たせ、隅のソファーを押してきて実沙の後ろに置いた。出窓下に取りつけてあるキャビネットの引き出しを開け、スイッチを操作する。天井から投射式プロジェクターと白いスクリーンが降りてきて、スクリーンにハイビジョン映像が映し出された。ドルビーサラウンドのスピーカーシステムは天井の梁に取りつけてあるが、梁の色に塗られ目立たないようになっていた。
ソファーの後ろに回り、実沙の後ろて背もたれに手を付いて素也は言った。
「実はこのシステムは宮部のプレゼントなんだ。ジャグジーを取りつけた翌日に、設置までしてもらったんだ」
素也が言うと、実沙は
「宮部君、張り切ったでしょうね。素也さんの為に働くのは彼の生きがいだから」
「なんだよ、急に」
「いいのいいの、鈍い人には何をいってもねえ」
素也は実沙を寝室に誘った。書架の横の開き戸に、大きなターンテーブルと真空管を自分で組んだアンプが鎮座していた。どちらも素也が学生の頃、暇にまかせて組み上げた物だ。そして、書架には古いLPが千枚近く並んでいる。素也が夜に酒を飲みながら聴くのはもっぱら寝室のステレオシステムの方だった。
ターンテーブルにおいてあるレコードに慎重に針を落とした。リアルな現実の音が壁に埋め込んであるタンノイのスピーカーから寝室中に響き渡る。MJQの「ジャンゴ」。ミルトジャクソンのビブラフォン曇りのない音を立てる。
実沙が眼を閉じて言った。
「素也さんらしくていい音ね。でも宮部君の選んだセットが気に入ったわ。ワイドショーや連ドラも見たいし」
素也は苦笑しながら言った。
「さあ、もうすぐお昼だ。何を食べようか」
「なんでもいいの。でも手伝うわ」
「じゃあパスタにするかい、こういうのはどうかな。お互いにソースを一種類ずつ作って分け合うというのは」
「そして、勝負するのね」
二人は吹き出しながら台所に向かった。大鍋を取り出し水を入れ、コンロに掛ける。実沙はエプロンをつけながら尋ねる。
「素也さん何を作るの」
素也は答える。
「昨日買ったアサリとトマトがあるからボンゴレにしようかな」
「私は内緒にしておこう」
実沙はそう言うと中腰で冷蔵庫を物色し始めた。そのエプロンの後ろ姿を見つめる素也の動きが止まる。実沙が振り向くと、素也はさりげなく視線を外した。その動きに気づいた実沙が、疑わしそうな表情で素也の眼を覗き込む。
素也は唐辛子とニンニクをみじん切りにするとフライパンで炒め、それにアサリを加え白ワインを振りかけると蓋をして蒸す。アサリの殻が空いた頃、潰したトマトを加えた。
実沙は、冷蔵庫の野菜入れからキノコ類をたっぷり取り出した。エノキ、シメジ、エリンギ、シイタケ。手早く中華なべで豚肉と炒め、大量にショウガをすり、コンソメと共に水に溶かした物を加える。しょうゆで味を整え、カタクリ粉でとろみを付ける。
二人のソースが出来上がった頃、沸いているお湯に塩を振り、五百グラム程麺を入れた。直径1ミリの太麺だ。実沙は簡単なサラダを作っている。素也は麺の茹で上がりをチェックし、茹で上がるとお湯を切りバターを絡め、二つの大皿に取り分けた。それぞれのソースを絡める。順にめいめいの小皿に取り分ける。素也はボンゴレロッソの皿に刻んだパセリを振りかける。実沙がキノコソースの皿に刻み海苔をのせた。カウンターに腰掛けると、二人で競うように食べ始めた。
「どうかしら」
「俺の勝ちだと言いたいところだが、実沙さんの方が美味いな」
「あら、素也さんの方が美味しいわよ、私のも捨てたもんじゃないけどね」
「すいぶん料理には性格が出るもんだね」
「そういわれるとそうかしら。で、私の性格は」
「慎重、繊細、だけど結構派手好き」
「当たっているのかしら。でも、悪くはないわ。あ、私にも言わせて。素也さんは、」
そこまで言うと、実沙はしばらく考え始めた。
食べる手は休めない。
「えーと、凝り性、力ずく、結構スケベ」
「実沙さん、料理とあんまり関係ないじゃん」
素也は心からの笑顔を見せた。
残さず食べ終え、素也は皿を食器洗浄器に入れスイッチを入れる。やかんに水を入れ、コンロに掛けた。
鍋を洗い、お湯が沸くとポットとカップを温めた後、ダージリンを淹れる。紅茶を飲み終えると、素也はカメラを構えるポーズをした。
「ちょっと撮らせてくれないか」
実沙はしばらく考えて
「化粧を直してくるわ」
と言うと化粧室に向かった。素也は寝室に戻り、クローゼット隅の防湿庫から、ニコンF3を二台取り出した。マウントキャップを外し、ニッコール35ミリをマウントする。しばらく迷ってから、タムロンの90ミリマクロをつかむ。旧タイプだ。もう一台にマウントする。
キッチンに戻って、冷蔵庫からリバーサルフィルムをパッケージごと取り出す。コダックのエクタクロームだ。F3の裏蓋を開け、フィルムを装着する。
素也はメカニカルカメラのマニアだった。自然と古いカメラが防湿庫に増えていった。機械式のカメラの最大の魅力は、手に取ってみるとよく分かる。精密機械には心がこもっていて手に良く馴染む。コーティングされた金属は色褪せず、傷さえも風格となる。いつまでも新鮮なのだ。
最新のデジタルカメラが、買った瞬間から陳腐化していくのとは対照的だ。機械式のカメラは、程度良く保存すれば、ほぼ買った値段で転売できた。
宮部は自分が使っている一眼レフタイプの大型デジタルカメラの機能をよく素也に自慢した。しかし、素也はその最新式のカメラが一年後には二束三文の価値しかなくなることを知っていた。つまり、デジタルカメラはまだまだ完成品ではないということだ。車一台買えそうな値段であるにもかかわらずだ。
素也が古いメカニカルカメラにこだわるのには他にも訳があった。フィルムカメラであっても、最新式の一眼レフには素也は興味が無かった。あんな親切の押し売りの固まりのようなカメラを手にしたくはない。
電池や液晶モニタや撮影モードなど無くても、フィルムを巻きあげシャッターをチャージして、シャッターをレリーズすれば写真は撮れるのだ。
それに、山に登り、電池が使えない電子式カメラはただの重りだ。煩雑なコードや充電パック、画像を保存するメモリなどに気を使うことが素也には絶えられなかった。素也には低温の冬山で、湿原など多湿な場所で、単体で長時間活躍するカメラが必要なのだ。
さらには画質の問題がある。どんなにデジタルカメラの撮像素子が高性能になっても、光の波長と、撮像素子のピッチに起因する光の回折現象はいつまでもついて回る。
そして、デジタルカメラで撮られた絵は、カメラメーカー技術者の作ったプログラムによって補正された絵で、虚構の絵だ。例えば撮像素子の一画素にはRGBのうち一色分の情報しか無い。それを隣接する画素との演算により三色の情報へ水増ししているのだ。技術的な解析を得意とする素也にはそれらの仕掛けがよく分かっていた。本物に近づけるためにはどの様な複雑な演算が必要かを。
だが、皮肉にも演算処理をすればするほどオリジナルからは離れてゆく。それは素也にとって虚構の絵だった。
どんなに補正をしても、フィルムの乳剤の分子の一つ一つを直接光によって化学反応させる仕組みにはとうてい追いつけないであろう。気に入らないとすぐに撮り直せる利点があると言うが、被写体に対して、やり直しが効かない一瞬の勝負を見つめた方が潔い。
ただ、素也は宮部に古いカメラを勧めることもない。結局は使う側の好みであり、生き方の問題なのだ。
F3は20年近く生産を続けたニコンのロングセラー機だ。ジウジアーロデザインによるそのボディは頑強で耐久性が高い。電磁シャッターではあるが、60分の1秒であれば、電池がなくても機械式シャッターが切れる。
レンズの絞りに合わせてシャッタースピードを変え、適性露出値を決めてくれるAEがついているが、素也は使わない。被写体に合わせて勝手に露出を変えられると困るからだ。AEロックボタンや露出補正ダイヤルを使うぐらいなら、いいわけの効かないマニュアル露出を選ぶ。
ピントももちろんオートフォーカスではなく、ファインダースクリーンでピントを追い込むマニュアルフォーカスだ。オートフォーカスの方が、失敗が少なく、動きのある被写体には強い。だが、ただそれだけの事だと素也は思っていた。自分の指でスクリーンに被写体が合焦したときのカチンとした感覚が好きなのだ。その瞬間頭の中で被写体の立体像が形造られる。そのためのマニュアルフォーカスだった。それに、余分な機能は無い方が美しいと素也は思っている。
素也がデジタルに移行しない理由の一つに、ファインダーの問題があった。暗くて見にくいデジタルカメラ用のファインダーは撮っていて楽しくない。明るいレンズで明るいファインダースクリーンを覗いて、被写体に合象したときの感覚はとても気持ちがいい。頭の中の霧が晴れるようでもある。
素也が撮る写真はピントの芯がかっちりとクリアに決まっていた。視点を変えたら、画面の中で被写体と背景が位置を変えるように見える写真が素也は好きだった。
実沙が戻ってきた。実沙を撮るのは始めてだ。実沙もスナップ以外でじっくり撮られる経験は無いはずだ。
まず、実沙にF3を一台渡し、カメラの操作を教えながら、テーブル上の食器や果実、それからお互いを撮り合った。カメラを交換して、レンズの違いも教える。
最初ピントを合わせるのにとまどっていたが、すぐに慣れる。実沙はキウイを切り、タムロンで寄れるまで寄っていた。マクロレンズでもあるタムロンは、接写が出来る。実沙は、ファインダーに広がるキウイの断面の色合いに感動していた。飲み込みが早い。フィルムを数本使って、カメラとはどういうものか理解してもらう、カメラを意識させない表情をさせるためにカメラに慣れさせるのだ。
30分もすると、素也が実沙にカメラを向けても、構えることが無くなり表情が柔らかになってきた。実沙からカメラを取り上げ、自然に動いてもらい、実沙を追い始める。
明るい曇り、大理石の床がレフ板となり、柔らかな光が実沙を包む。窓枠の形のままのキャッチライトが長い睫毛に囲まれた瞳を輝かせる。黒髪が見事な光沢を放つ。ツンととがった鼻、少しだけ厚めの唇、歯並びのいい白い前歯が素也の立てるシャッター音に反応して形を変え続ける。
実沙は食器を食器棚に片付け、床に座り、廊下を歩く。ターンテーブルにLPを乗せ、針を降ろす。デスクに座り携帯のメールをチェックする。窓辺に立ち庭を眺める。ベッドに倒れ込み、素也を見上げる。ホールで壁にもたれて座り、脚を開いて投げ出す。
レンズの絞りは開放から少し絞り込み、逆光ではレフ板を当て、光量の足りないところは、カメラを固定して、ワイヤーレリーズケーブルを使う。偏光フィルターを使い、コントラストを上げる。
かすかな微笑み、もの憂げな表情、弾ける笑顔。カメラを変え、アングルを変え、ポーズや表情をリクエストしながら実沙を大事に撮り続けた。そして、実沙が形作る意識の断片を、素也は丁寧に拾い集める。
身体のラインと、背景の構図や抜けに気を使い、生き生きとした表情を現実世界から切り取り続ける。実沙の回りに配置されるインテリアを効果的に扱う。アンティークな小物で実沙をうずめて撮る。
フィルム交換中は実沙をリラックスさせるように気を遣う。撮影済みのフィルムは紙袋に入れておく。
ベッドでセーターを脱いでもらい、ブラも取り、シーツを身体に絡させて撮る。フィルムをネガのコダカラーに変える。単色系の肌表現になったからだ。多少露出をオーバー気味にセットする。
形の良い胸が様々に形を変え、綺麗な表情を引き立てる。バストトップはシーツに隠して撮らない。
素也が手を伸ばし、実沙の髪の毛をくしゃくしゃにする。寄って素也を見つめる悪戯っぽい笑顔を撮る。少し引いて、シーツを下から持ち上げる隠すことのできない魅力的なラインを撮る。
フィルムワンパッケージ撮りきると、カメラをデスクに置いた。ベッド上の実沙をシーツごと抱き締め、シーツに右手を突っ込みジーンズのボタンに手を掛ける。
「上手いのね、モデルさん落ちるのも当然ね」
実沙が素也の耳もとで囁く。瞳が潤んでいる。素也は実沙に長いキスをしてからこう言った。
「いや、撮っていてこんな気持ちになったのは始めてだ」
実沙は「また嘘ばっかり」と呟いたが、素也の言葉は事実だった。
実沙は素也の右手から腰を逃がすように動かしながら
「ねえ、今まで撮った後関係したことあるの、あの、ホテルシティ山岡のモデルさんとは寝たの?」
素也を攻める。素也はそれには答えずに、実沙の腰を引き寄せると、ジーンズのボタンを外し、ジッパーを下ろす。シーツを実沙の上半身に強く巻きつけ、左手でシーツをつかんで固定する。右手を後ろに回すと、シーツをまくりあげて、ジーンズとショーツを一緒に一気に引き下ろした。
実沙が小さな悲鳴を上げる。素也は実沙をうつ伏せにする。実沙の上半身をからめとっているシーツは緩めない。実沙はしばらく身体を動かして抵抗していたが、次第におとなしくなる。それから一時間近く素也は実沙の自由を奪い続けた。
微かな物音で素也は我にかえった。何かが走り去るリズム。
気がつくと夕暮れが近づいていた。日が落ちつつある。二人でそのままうとうとしてしまったようだ。汗が渇いて、素肌でいると寒いぐらいだ。素也は実沙に洗濯機から取り出したバスローブを渡した。自分も身に付ける。
シーツをベッドからはがし、乾燥機付き全自動洗濯機に入れ、スイッチを入れる。素也は庭に出てジャグジーをざっと洗うと栓をして、お湯を入れた。ジャグジーの回りのタイルもざっとデッキブラシでこする。遠くで雷鳴が聞こえるが、上空は雲の切れ間から紫色の空がのぞく。雷鳴の音に混じって、バイクの走り去る音が聞こえた。遠くから木霊が運んで来たのだろうか。素也は音の方に顔を向けしばらくデッキブラシを擦る手を止めた。
男はベッドに寄り添って眠る二人の姿を見た後、静かにクラブハウスから離れると、まだ明るさの残る裏の小径を駆け下った。空を飛ぶように獣のようなスピードで麓まで駆け下ると、停めてあったバイクに股がり国道へと戻っていった。
冷蔵庫を覗き、食料品をチェックする。ビールを数本持って庭に出て水路で冷やし、煉瓦のコンロに新聞紙と割り箸で火をおこす。昨夜の消し炭なので、すぐに良い火が起きる。大量に炭を足した。
いつの間にか実沙が近くに来ていた。火を起こす素也を見つめる。
ランプを池の脇のログハウスに取りに行き、両手に下げて戻り火を付け、コンロから数メートル離して置いた。素也は実沙に
「お風呂に入ろう。今日はこっちで洗えばいい。ちょっと待ってて、シャンプーやタオルを持ってくるから」
そう言うと、クラブハウスに向かった。実沙もついてきた。素也がシャンプーやトリートメント、ボディソープや洗顔フォームを手桶に突っ込み、バスタオルを洗濯機から二枚取り出してシャグジーの前に戻ると実沙はメイク用のポーチを持って立っていた。
近くのテーブルに手桶とタオル、実沙のポーチを置き、実沙に向き直ると実沙のバスローブのひもをほどく。後ろに回ってゆっくりとバスローブを脱がし、テーブルに置く。自分も裸になると、階段を上がりぬるめのお湯にそのまま浸かった。実沙も後を追う。
ちょうどその時、雲の切れ間から西の稜線に沈む太陽が姿を現し、山岡市の半分を赤く染め上げる。実沙が「綺麗、半分だけ陽が当たってる」と呟くと、素也の背中に胸を押しつけた。
「素也さん、さっき撮ったフィルム、どこに現像に出すの?」
後ろから素也を抱き締めながら尋ねる。
「岬スタジオに出すよ」
素也は何も考えずに答えた。
岬スタジオは山岡市に本社がある写真スタジオとカメラ販売を兼ねたDPEショップで、羽鳥市に支店がある。素也はその店のお得意様だった。そして、そこには佳子という店員がいて、その佳子は素也のガールフレンドの一人だった。
返事をしない実沙に素也は尋ねた。
「なぜそんなこと聞くんだ」
すると実沙は
「佳子さんがプリントしてくれるの?」
と言うと、素也の顔をのぞき込む。素也は返事に困った。
急ぎの時は、佳子がデーターを焼き込んだDVDをオフィスまで届けてくれることがある。その応対で実沙は佳子を知っているわけだが、今の質問は、佳子が素也にとってカメラ屋の店員以上の関係であると、実沙が気づいている事を物語っていた。
「もちろん佳子さんに頼むよ。大事な写真は他の店員には任せられないんだ」
素也が答える。実沙は素也の背中からゆっくりと胸を離しながら呟いた。
「大丈夫かしら」
「大丈夫だって。だって、他のモデルさんの写真もたくさん任せているんだぜ」
「私は素也さんの会社の社員よ。モデルじゃないわ。女同士だからこそわかることもあるのよ。やっぱり素也さんって鈍いのね」
実沙は横を向いた。素也はしばらく考えてから
「やっぱり佳子さんに頼むよ。それが彼女の仕事なんだ。大丈夫さ」
「変な気を使ってごめんなさい。これからもこういうこと色々あるでしょうし、あまり気にしないようにしなくちゃね」
実沙は横を向いたまま自分に言い聞かせるように呟くと、素也にはにかんだような笑顔を向けた。素也はその笑顔を見つめ返すことが出来なかった。
ゆっくりと身体を温めた二人は外に出て、お互いの体を洗いあった。指先を通じて直接気持ちが通じ合うようだ。お互いの体を覚え込むようにゆっくりと洗う。
実沙が素也の筋肉の盛り上がりに目を見張る。作られた筋肉ではなく、破壊され再生し続け、鍛え抜かれた凄みを持っていた。
素也も実沙のきめ細やかな張りのある素肌を優しく洗う。薄暮に照らされた肌は、その光と影の境目が美しい曲線を描く。
実沙はクレンジングクリームでメイクを落とし、素也は実沙の髪をシャンプーで丁寧に洗った。頭皮をゆっくりとマッサージする。実沙が「ちょっと痛いわ」と文句を言った。手桶で何度も髪をすすぎ、トリートメントを擦り込む。
実沙も素也を座らせ、後ろから優しく髪を洗った。実沙に洗髪される素也は、その心地よさに驚く。実沙は素也の頭のつぼを巧みに指で押した。
実沙は手桶で素也の髪の泡を流し、バスタオルで髪を軽く拭く。盛り上がった肩や腕の筋肉を揉み解そうとするが、指が筋肉に負けてしまう。
「こんなにマッチョだとは思わなかったわ」
そう言いながら実沙が素也の背中を撫でる。素也も実沙のシェイプアップされた身体に感心していた。
二人でもう一度お湯に浸かり、出た後バスタオルでお互いを優しく拭き合う。バスローブを着ると、キッチンに戻り、材料と調味料を運んだ。
冷蔵庫から市場で買っておいた肉の固まりを取り出した。骨付きの肉塊を1キロ程包丁で切り出し、さらに小さく切って一緒に買っておいたもみダレに付け込む。ハツやレバーも別の皿に付け込む。チシャの葉と辛子みそを皿に大量に盛る。実沙は手早くボウルにサラダを盛りつけ、鍋にモヤシと豆腐のスープを作った。
皿を大きなお盆でコンロ脇に運ぶと、スープの鍋をコンロの端に置いておく。水路から缶ビールを取り出しコンロ横のベンチに座り、二つのタンブラーに注ぐと無言で乾杯した。
炭は表面が白く灰になり、いい火が熾きていた。すぐに焼き始める。肉汁が網からしたたり、炭に落ち、その煙で燻される。チシャに取りみそを付けて食べた。実沙も大量にサラダを食べ、スープを飲んだ。
一時間程で食べ尽くした。実沙が自分の食欲にびっくりしている。
「胃に歯があるような感じ」
素也も自分の内蔵が音を立てて動いている様子を感じ散ることが出来る。そして、実沙と二人で過ごすと、自分の感覚がどんどん研ぎ澄まされて行く事に気づいた。
皿をキッチンペーパーで拭き、キッチンペーパーと紙皿と割りばしはコンロで燃やした。皿をお盆にのせ、キッチンに運び、食器洗浄器にセットしてスイッチをいれる。
もう一度二人でジャグジーに入って食事の汗を軽く流した。お湯を止め、栓を抜いておく。コンロにふたをして、炭火を消すと、二人で一つづつランプを持ってクラブハウスに向かった。
洗面所で歯を磨き、トイレを済ませて寝室に向かう。洗濯機から洗い上がったシーツを取り出して手に持つ。フットライトが二人の行き先を照らし、二人の後を追うように消える。デスクの上にランプを一つ置く。もう一つはベッドサイドに置いた。
素也はベッドの傍に立つと、軽々とマットレスを持ち上げシーツをセットした。ほぼ正方形のキングサイズのベッドは、マットレスが二つに別れている。なので二人で寝たとき、一人が寝返りを打っても相手に揺れが伝わらない。
素也がベッドメイクしている間、実沙は部屋の中を歩き回って、フットライトで遊んで。実沙を追うように光が進み、実沙が立ち止まると、実沙を追い越した後前後に揺らめきを見せる。歩きながら実沙が素也に尋ねた。
「部屋のライトはこれ以上明るくならないの」
素也は答える代わりに手を天井近くまで差し上げた。数秒その姿勢で待っていると、天井と壁の間が光り始め、どんどん明るくなっていった。手を降ろすとその明るさに固定される。もう一度手を上げると、今度はだんだん暗くなっていき最後は消えた。
「ほら、あそこに小さな赤い点が見えるだろう」
素也は囁いた。素也の指の先を実沙が眼で追うと、壁の一点が小さく赤く光っている。
「あそこがセンサーになっていて、LEDの光の遮断時間で明るさを変えることが出来るんだ」
実沙がさらに素也に尋ねた。
「じゃあ、このフットライトはどうやって消すの」
二人の近くの床と壁の間が、月夜に照らされる湖面のように揺らめきながら光っている。素也は実沙に近寄り、実沙を軽々と抱き上げると、ベッドに横たえ実沙のスリッパを脱がせた。素也もベッドに上がってからしばらくすると部屋はランプの灯りに照らされるだけとなった。素也は揺らめくランプの光りに輝く実沙の瞳を見つめた。
顔を寄せる素也を手で制した後、実沙は起き上がり、素也に覆い被さるとキスをしながら素也のバスローブの紐を解き、前をはだけた。そして、
「素也さん、動かないで」
と実沙は素也の耳元で囁き、自分もバスローブの紐を解くと素也の身体を愛撫し始めた。
素也は半分眠っているような精神状態で、心地のいい愛撫を身体中に受ける。実沙は手を使わずに、唇と舌だけで、素也の身体を上からくまなく愛撫する。実沙の下半身が素也の顔の上を何度も通り過ぎる。
素也の耳に口をつけ、囁くように素也に感想を尋ねる。素也は呻くだけで何も口にすることができない。そしてじらされ続けた後、ゆっくりと素也は実沙に包まれた。
実沙は自分で動き始めた。次第にペースを上げ、激しく収縮し素也は熱い物に包まれる。そしてしばらく休んだ後、また動き始める。素也は下から突き上げたくなる自分を意志の力で押さえ、耐えた。何度目かの、そして激しい実沙の収縮に合わせて、自分を開放する。
しばらく微睡んだ後、素也は下に敷いていたバスローブを床に放り投げた。実沙を毛布で包み込み、自分も別の毛布に包まると、寄り添って泥のように眠った。