プロローグ
プロローグ
毎月好例の東京への出張を終えた素也は山岡市駅の駐車場へと向かった。素也がMGに近づくと、駐車場の外の路地に停まっているアルテッツアが素也の視界に入ってきた。黒のアルテッツア。モデルナンバーまでは分からない。「またか」と小さく呟いた素也の表情がたちまち険しくなる。アルテッツアの前に男が二人立っている。ヘッドライトが逆光となり、彼らの表情までは分からない。
二人は素也がMGに乗り込むのを見届けると、左右の後部ドアを開け、お互いに上着を放り入れ、前部ドアを開け車に乗り込んだ。ゆっくりと旋回する。後部座席に人影は無い。二人だけのようだ。素也の表情が僅かに和らぐ。MGを発進させ、駐車場から路地へ出ると、ゆっくりとアルテッツアは後を追ってきた。素也は国道を北上し山荘へと向かった。30メートル程の車間距離を取っておとなしくついてくる。この車につきまとわれるのはこれで何回目だろう。数週間前から、ふと気がつくと後をつけられ、いつのまにか消えている。ただ最近は頻度も増え、オフィス付近で停車中のところもよく見かける。だが、そう何度もつきまとわれるわけにはいかない。
素也は彼らが何者かうすうす気づいていた。きっといつかは彼らに打ち負かされる時が来るだろう。素也はそういう予感を振り払うかのようにMGに話しかけた。
「その時を黙って待つ訳にはいかない」
素也は国道を山荘に向け北に進んだ後、信号の三叉路を右折し、素也のオフィスへ向かう農道に入った。毎日通る道だ。交通量は減り車は二台だけとなった。素也はMGのスピードを意図的に落とす。数分後、突然アルテッツアはライトをハイビームにすると、加速してMGに張りついた。
素也はダブルクラッチを踏み、セカンドにシフトダウンするとアクセルペダルを踏み込んだ。ダブルクラッチにより回転を同期させられていたギアボックスは、瞬時にエンジンのトラクションを車軸に伝える。素也はレブリミットの七千八百回転までセカンドで引っ張り、ダブルクラッチを踏んでサードへシフトアップする。まっすぐな農道を蹴飛ばされるようにMGは加速していった。
MGも鋭い加速を見せるが、過給器付きの大排気量エンジンに物を言わせ、アルテッツアはギアの後半の伸びで一気にMGに追いつく。百六十キロ前後のスピードで素也はMGを走らせる。アルテッツアがMGの背後で左右に揺さぶりを掛ける。バンパーがゴツゴツと接触する。
二台はもつれ合うように山越えの林道の入り口に進入していった。。林道にかかわらず道幅は広い。白い破線のセンターライン、追越禁止ではない。40キロの速度標識、落石注意の標識が目に入る。最初のヘアピン気味の左コーナーが目の前に迫ってくる。アルテッツアが耐えきれずにスピードを落とす。
素也はギリギリまで耐えた後、MGのフルブレーキを踏み最初の左コーナーに侵入する。MGにはアンチロックブレーキは装備されていない。激しい前方への荷重移動でフロントタイアに車重がかかり、リアタイヤが浮き気味になる。軽くステアリングを切り込むとリアタイアのグリップはあっけなく失われ、オーバーステアが発生する。一瞬で車の向きを変えたMGはきつい上りのヘアピンのクリッピングポイントを横滑りしながらかすめる。
最初のフルブレーキングで、素也より早目にブレーキを踏んだにもかかわらず、オーバースピードのアルテッツアはヘアピンのコーナー奥に突っ込みそうになる。なんとかアンチロックブレーキの力を借りて減速し、コーナーのクリッピングポイントを大きく超えて立ち直ると、鮮やかに道幅一杯を使って斜めに立ち上がるMGを追った。
アルテッツアはチューンアップされた三百馬力を越えるエンジンパワーを使って、MGから少し離れてペースを立て直す。ドライバーは最初のコーナーの失敗で冷静さを取り戻し、その後のコーナーはしっかりブレーキをかけてクイックに曲がり、素早く立ち上がる。後輪が路面に伝えるパワーを最大限に生かすドライビングで素也を追い始めた。
それでも素也は後ろを見ながらアクセルペダルをコントロールする余裕があった。八割ほどのパワーでスムースに登りのコーナーを立ち上がる。リアを振りながらコーナーに侵入し、カウンターを当てながらコーナーを立ち上がる。
余裕のある素也は、いくぶん挑発気味にMGを振り回した。
アルテッツアはパワーに物を言わせ急な登りを攻めた。MGに離されることなく付いてゆく。アルテッツアのドライバーとナビシートの男は、流れるような素也のドライビングがら目が離せない。
放たれた矢のように後方に飛び去る木々、蛇のように左右にうねりながら形を変える道路、変わらないMGとの距離感、そして斜めに進むMG。
現実離れした不思議な感覚にアルテッツアのドライバーは次第に高揚感に包まれる。そしてMGのテールランプに引っ張られ、自分を見失ってゆく。狭められた視界の外に飛び去る見落とされた「この先急カーブ」の標識。処理能力の限界を越えるスピード。
そして、少し長めのストレートエンドでそれは起こった。吸い寄せられるようにアルテッツアに近づいたMGが突然目の前から消え、そして、道路も消えた。アルテッツアは宙に浮いた。一瞬時間が止まる。
素也は峠のピークにあたるこのコーナーで罠を掛けていた。この山の頂上を右手に仰ぎながら、道路はその頂上を巻き込むように右に曲がっている。このコーナーは下から真っ直ぐに登ってきて、登りきったところで少し下り気味に右に曲がってゆく。何も知らずにスピードを出して登ってきたドライバーは、突然視界から道路が消えたことに驚く。事故の多発地帯だった。ガードレールも壊れたままだ。
素也は長いストレートエンドでアルテッツアに意図的に追いつかせた。そしてアルテッツアの視界を塞いだままコーナーに侵入、下りになったと同時にハーフアクセルのままノーブレーキで、右に鋭くステアリングを切った。そのまま道路に沿って横滑りを続けるようにカウンターを当て、トラクションを掛ける。横滑りしながら素也は、アルテッツアが小さく宙を飛んだ瞬間を視界の隅で捕らえる。
一瞬でパニックに陥ったアルテッツアのドライバーは急ブレーキを掛け、ステアリングを右に切り込むが、そもそもタイヤが路面に接地してないので意味がない。路肩でバウンドし、右にスピンしながら砂煙を巻き上げ広い路肩を滑ってゆく。そして茂みをなぎ倒し、路肩の先の斜面に落ちて行った。
MGは道路上を30メートル程横滑りして止った。
素也は停止状態のまま、MGのステアリングを右にいっぱいに切り、クラッチを踏みギアをローに入れる。四千回転程でクラッチをスパッと繋ぐと、MGはその場で半回転した。ステアリングから手を離して回転を止め、横滑りのブラックマークが残る道路をゆっくり戻った。
タイアの摩耗で発生した煙がMGを包み込むように移動する。事故現場の先の路肩にMGを停める。ライトは付けたままだ。
ドアから出て路肩を歩き、斜面を下り岩場に入る。アルテッツアを見下ろす位置まで岩場を進んだ。アルテッツアは素也の視界の左側の雑草の斜面を滑り落ち、素也の三メートルほど下で岩に乗り上げ停まっていた。
フロントバンパーはエンジンルームに食い込み、ボンネットは盛り上がり、派手に湯気を立てている。四輪の車軸は曲がっていて、バーストしたタイヤと上を向いたホイールが見える。フロントガラスからはエアバッグの膨らみが見えた。
運転席と助手席のドアが同時に開き、男が二人ゆっくりと姿を現した。ドアの横にもたれるように立ち、ドアを閉じる。驚いたことにドアはしっかりと閉じた。素也がアルテッツアの衝撃吸収性能に感心する。そこまで安全なボディなら、二人の怪我も大したことは無いであろう。
二人は車の横で素也を見上げていた。悔しさと怒りで火を吹きそうな顔で素也を睨み上げる。素也はまったくの自然体でその視線を受け止めた。運転手は足元の辺りから折り畳みナイフを取り出すと開いて口に咥えた。そして両手を使って岩場を登り始めた。
二人が岩場を登り始めると、素也は無造作に自分の足元の岩を持ち上げた。腕を回して届くか届かないかぐらいの大きさの丸い岩だ。二人の脚が止まる。
素也は顔の前まで岩を持ち上げ、腰を落とし胸を反らせ、巧妙に岩を支える手の位置をずらした。そして次の瞬間、まるでバレーボールのジャンプトスをするように、全身のバネを使って気合いと共に前方上空に岩を放り出した。
大きな岩は見事な放物線を描きアルテッツアの天井の中央に落下した。アルテッツアの前後左右の窓ガラスが控えめな爆発音と共に四方に砕け散る。
思わず倒れ込んで顔を覆う二人の男。岩の間に転がり落ちるナイフ。二人は、信じられない物を見るかのように、おそるおそる素也を見上げた。素也は平然と道路脇の看板を指差していた。
その看板には大きく「落石注意」と書かれていた。
以下に、ユーザーのクエリ「500字程度でお願いします」に基づき、第1章「PT社」のキャプションを約500字で作成しました。小説の核心を伝え、緊張感や登場人物の魅力、技術的な要素をバランスよく盛り込んでいます。
「台風17号が迫る9月29日、PT社社長・水野素也の運命が動き出す! 豪雨を切り裂き、愛車と技術で未来を掴む男に、修報社の暗い影が忍び寄る。不審な尾行、仕組まれた罠、そして無言の脅迫電話――小さなベンチャーの存亡をかけた戦いが始まる!」
ウェブデザインとシステム開発のベンチャー企業「PT社」の社長、素也は、台風の中、代車のルノーでオフィスへ向かう。早朝8時、大柄で少しお茶目な宮部が既に出社。明るい実沙と清美も加わり、4人だけのオフィスに活気が生まれる。午前中、素也は遠隔操作ロボット「トレーサー」のテストに没頭。午後、チューンアップ済みの愛車MGを受け取りに日比野ガレージへ行くが、不審なアリストに尾行される。巧みな運転で振り切り山荘へ戻るも、砂が撒かれたコーナーでスピン。帰宅後、不法侵入の痕跡と無言の電話に緊張が走る。冷静沈着な素也とチームは、修報社の圧力に立ち向かう!