ディベート部
――欧米人は鈴虫の「声」を聴くことが出来ないらしい。けれどそれはむしろ好都合なことではないだろうか。
放課後の部室で小原優香は不意に主張を展開した。
「だって虫という不快な存在を意識する機会が私たちよりも少なくて済むのよ。それってとても幸運なことじゃない」
なるほど。僕は一拍置いてから彼女の双眸に注目する。
自らを恃む双眸。瞬き一つしない彼女の双眸は、今日もまた議論の時間であることを宣言する。
ディベート部。
意識向上の第一歩にふさわしいような名前のこの部活は、優香のような議論好きの戦闘狂がひしめく、全国常連の運動部並みに敷居の高い部活だった。
毎日繰り広げられる議論は強制参加なのだが、もし議論に負けることがあれば、校内に設置されている自動販売機のラインナップで最も高い百八十円のエナジードリンクを勝者に奢らなくてはならない。
僕はポケットの小銭入れを握りしめる。
残金は二百八十円。僕のライフは残りわずかだ。