居候
「ピピピ ピピピ ピピッ」
「桜、桜起きて。出る時間聞いてなかった。もう7時だよ」
身体がゆさゆさ揺れる。
どこか既視感を感じつつまだ眠い。
「……まだ大丈夫ママ……」
「ーーおーい、寝ぼけてるよー。仕事大丈夫?」
「…………仕事!?」
ガバリと勢いよく身体を起こすと、困り顔のイケメンと目があった。
「おはよう。7時過ぎてるけど大丈夫?」
えっとなんだっけ。なんで朝から部屋にイケメンが……
そう考えたところで意識が浮上してくる。
「うわっ、お、おはよう。起こしてくれてありがとう」
「勝手に入ってごめん。スマホ、何回も鳴ってたみたいだから」
見れば、目覚ましが何度も鳴った痕跡があった。
「爆睡してた……目覚ましの音で起こしちゃった?」
「ううん、ちょうど顔洗いに来たら聞こえた所」
◇◇◇
「はぁーーーーーー」
「どうしたの? そんな大きなため息吐いて」
会社の給湯室でコップを洗っていると、ポンと肩に手を置いて翠ちゃんが声をかけてきた。
「翠ちゃん……」
「今朝やけに早かったよね? なんか関係ある?」
檸檬くんに起こしてもらった後、朝食を作って一緒に食べて……
身支度を終えたら、朝8時半までに出社すればいいところ、いつもと同じ時間に家を出て30分早くついた。出る家が違かった上、檸檬くんが車で送ってくれたため尚更だ。
「んーーーーーー、実は、アパートの辺りを変な人かもしれない人がウロウロしてて、昨日から知り合いの家に居候させてもらってるんだよね……男の」
「え!? 大丈夫なの!?」
心配する翠ちゃんに、ゲームで知り合った人にストーカーまがいのことをされ、檸檬くんの家だとは伏せて、居候することになったことを話した。
「桜……いつの間に彼氏が……」
「いや、つ、付き合ってないよ? 相手も心配してくれてるだけだし」
翠ちゃんは茶葉をティーパック用のフィルターに入れ、お茶テーパックを手際よく茶筒に作りながら話す。
「いやいやいやぁ、気のない相手を泊めたりする?」
「と、友達だし! 」
「ふーーん。じゃあ、明後日合コンなんだけど大丈夫だね!」
「もちろん! ーーえ、合コン?」
そう言って彼女は茶筒3本程満タンにすると、キュポンと蓋を閉めていく。
「女子一人キャンセル出ちゃってさ。19時に、場所は地図後で送るね!」
じゃっ、と言うと給湯室を出ていく。
えーーーー。
◇◇◇
「ただいまー……」
会社から檸檬くんの家へは、徒歩10分もあればついた。いつもは車通勤だったから、本当に近い。
ただいまと言っていいのか、お邪魔しますと言えばいいのかわからないその部屋に、預かっていた鍵で入ると檸檬くんの姿はなかった。
ーー大学院、忙しいって言ってたけど本当なんだ……。
持ってきていたゆったりしたTシャツとハーフ丈のズボンに着替えて、可愛さの欠片もないシンプルなエプロンをつけると夕飯の準備に取り掛かる。
煮魚に酢の物、いんげんの胡麻和えをちょっと甘めにしたり味噌汁を作り。とうもろこしを茹でる代わりに電子レンジ加熱し、半分に折った後フライパンで醤油をかけながら軽く焼き目をつける。
大体出来てテーブルに並べたところで、鍵を開ける音が聞こえて玄関へ向かう。
檸檬くんはこちらに背中を向けるようにして、脱いだ靴をしまっていた。
「お帰りなさい」
ビクリと一瞬大きく揺れた肩が、ゆっくりこちらを振り返る。
「あ……桜。ただいま」
彼は安心したような、どこかほっとしたような表情の後、柔らかな笑みを浮かべた。
「ご飯、ちょうど出来たところ! あ、先に何かやることある?」
「ううん。荷物置いたらすぐいくよ。すごくいい匂い」
話しながら一緒にリビングに入ると、食事を眩しそうに眺めてから檸檬くんは自室へ入っていった。
「「いただきます」」
伊達めがねを外し、前髪を可愛らしいクリップで止めた姿の檸檬くんにも、だいぶ慣れた。
彼は魚を頬張り瞳をキラキラさせている。
「美味しい……」
そう言って、パクパクと箸が進んでいく。
「よかったぁ。一緒に買い物は行ったけど……檸……廉くんはどういう食事が好きか本当にわからなくて、和食の気分だったから和食にしちゃった」
あれも美味しい、これも美味しいと、嬉しくなるようなことを言ってくれながら、あっという間に完食してくれた。
自分の家ではないけど、家でこうして誰かと食卓を囲むって、久しぶりかもーー
「作ってもらったし、洗い物は俺がするよ」
「居候させてもらってるんだし、いいのに……あ、じゃあ一緒に洗おう」
今日はどうだったとか、話ながら洗い物をして、食器をしまう。
「あ、そうだ。水曜はご飯作れないんだった」
「了解。遅くなる?」
「うん……居候の身で申し訳ないんだけど、会社の同僚に合コンの数合わせに呼ばれちゃってーー」
「合コン……桜もそういうの行くんだね。なんか意外かも」
一瞬真顔になった檸檬くんだったが、すぐ可笑しそうに笑った。
なんだか、馬鹿にされている気配がする。
「……どう言う意味かなぁ?」
「ほら、毎晩のようにゲームにログインしてるから。桜のこと男だと思ってた時も、この人相当暇だなと考えたことあったなぁって思わず」
くつくつと笑う檸檬くんに、顔がサッと赤くなる。そんなにゲームばっかりしていただろうか? いや、してたかもしれない。
「あ! そうだ! 今夜暇なら一緒にゲームする? 」
「いいね。 俺置き型パソコンだから、部屋にノート持ってきてよ」
「うんーー。あ、その前に、お風呂もらってきたりしてもいいかな?」
「オッケー。終わったら部屋ノックして」




