昨夜何があった?
「檸檬くん……私、平常心で語れる自信がナイ」
「はい」
「なので今から言うことはロボットが喋ったと思って、聞いてね」
「……? はい」
顔が絶対赤くなってるだろう、そう思うくらい熱い。
目を瞑って、檸檬くんの顔は見ない。
私はロボット私はロボット……
「ヨナカレモンクンハワタシヲオシタオシタノチ
イチドシャワーヲアビニイキ
モドッタアトフタタビワタシヲユカニオシツケルト
キスヲシタリムネヲサワッタリシマシタ」
「ベッドニワタシヲハコンデ ソノママノシカカルヨウニネマシタ。
オカゲデワタシハ ユカニハイメンヲキョウダ、
ベッドデモミウゴキガトレズ キョウハアチコチイタイデス」
はーーーーっ
早口、一定のトーンでツラツラと言い終えると大きく息を吐いた。
檸檬くんは言葉の理解が遅れているのか、ポカンとしている。
なんて朝からイケメンに面と向かって言うのはシンドイ。
「わ、わかったのかなぁ?」
数秒遅れて、檸檬くんの顔がみるみる赤く染まる。
「うわ! 俺! ごめん! ゆ、夢だったのかと思って……」
そう言いながら手をわきわきと動かし……いやほんとやめて! その手思い出さないで!
「手! 手!! やらしい動きしない! いやーー、もう、恥ずかしい」
残りの朝ごはんをパクパクと口に押し込んだ。
「そっか……桜には悪いけど、でも、まだそれだけで良かった。俺、やることやって覚えてないような本当に最低なやつになったのかと……」
食事を取る手をとめ、掌で制する。
「檸檬くんストップ。爽やかな朝に、この話はもうやめよう。あれは眠気とパークの高揚感と暗さに誘われた事故だよ事故。お互いノーカウントにしよう」
「さ、桜がそう言うなら……」
その後は、少し疲れてるからのんびりしようと言う話になり、サブスクでアクション映画を一緒にみたり、パークで買ったものを見せ合いっこして檸檬くんを送って行った。
「こっちだけ桜んち知ってるのも、気味悪いでしょ?」
そう言って、建物と、部屋の番号をしっかり教えてくれた。
◇◇◇
「ねこまんま、久しぶり」
「結ちゃん!」
ゲームでギルド部屋にいると、かなり久しぶりに結ちゃんに会った。
結ちゃんは今年高校3年生の女の子、あったことは無いがゲームで電話番号だけ交換し、話す仲だ。
ちょっとハードルの高いところを受験するらしく、しばらくゲームに入らないと聞いていた。
「受験勉強はどう?」
「うん。なんとかやってるよ。最近、学校も友達が出来て……やっと楽しくなったんだ」
「そうなんだ!? 良かったーー!よかったよ、結ちゃん」
「ありがとう。辛いとき、話聞いてくれてありがとう。ねこまんま」
結ちゃんが操作するキャラクターの顔が、真っ直ぐ画面の中の“ねこまんま”を見つめる。
「なんか、電話で言うには気恥かし過ぎて。今日ゲーム入ってくれてて良かった。3月までの私、話、聞いてもらうだけで、すごく楽になってた。学校で無視されても、親が帰ってこなくても、私を知ってわかってくれる人がいるって思うだけで、次の日も学校行く力になってた」
「結ちゃん……なんか、そんなお別れみたいなことを。受験終わったらまた戻ってくるんでしょ?」
ゲームの中の“結ちゃん”はあらぬ方向を向く。
「……わからない。もしかすると、ギルドは抜けることになるかもしれない」
7月のオフ会、りなちゃんの言っていたことを思い出す。
「ギルドメンバーと、何かあった?」
「……うん。うん、あった。でも他のメンバーも絡んでるから、これをねこまんまには話せない」
そっか……話せないと言うことを、これ以上掘り返したりはしない。
「結ちゃん……勉強、もう充分頑張ってるとは思うけどでも、頑張ってね。希望の進学先に、合格できるといいね」
「うん……。ありがとうねこまんま。他の人たちに、あいさつ回りしてくる」
「うん、わかった。またゲーム入ったら声でもかけて。抱えきれないことあったら、電話してきてもいいからね」
3月まで、いじめに悩んでいた少女は立ち直った。
いじめを受けていると話すようになったきっかけは、ギルドチャットでの相談だった。
ギルドメンバーが“かまってちゃん乙乙”等と返事をする人がいる中、私を含めた何人かは相談に乗っていた。
家でも親はあまり帰って来なくて1人だ、と電話で一緒に喋りながら、同じテレビをつけながらご飯を食べたこともあった。
お互い会ったこともない、心が通り過ぎるだけの関係。
何があったのか、自分が何か役に立てていたのかわからないけど、彼女が幸せの鍵を手に入れたならそれでいいと思う。
オンラインって、悪い出会いばかりじゃないから不思議だーー。
◇◇◇
それは唐突に来た。
7月に行われたオフ会からも、最後に檸檬くんと会ってからも随分間が空いた頃……
「ねこまんまちゃぁん、次の金曜日夜、都内来れないーー?」
「へ?予定ないけど、どうしたの真白」
ゲームの中で、胸を強調したポーズで、萌え系キャラを座らせている真白は言った。
「一緒にご飯いかなぁい? 仕事休みでさぁ」
真白の中身はりなと言うキャバ嬢……関わりのなかった人種に、少し身構えてしまう。
「あ、あんまり高いところは無理だよ?」




