檸檬視点
「寝過ごした」
勢いよく身体を起こすと、知らない部屋にいた。
エアコンが弱くついている音と、扇風機が回るその部屋に、戸惑う。
パークの帰り道、途中からの記憶が全くない。
手に持っていたはずの荷物は、体にかけていたボディバッグは、近くのテーブルに乗せてあり……
ーー上半身が裸だった。
「やっばい覚えてねぇ……」
汗を書いていたはずの上半身は、やけにさっぱりしている。
行きずりの女性の部屋にでも連れ込まれてしまったのだろうか。
ピンクのフリルがあしらわれたベッドは、完璧女性用に見える。
ギシリと軋むベッドからおり、見回すと、ひとり暮らしの女性の部屋、と言った感じのワンルーム。ベッドの足元の床には、猫型のルームランプがぼんやりと灯っていて、テーブルに置かれた時計は夜中2時をさしていた。
桐谷さんとねこまんま……いや、桜と一緒にいたはずだけど、おいて行かれたんだろうか。
そしてこの部屋の主はどこ行ったんだろう。
ぼんやりと鈍い頭で部屋の扉を開けると、廊下になっていて、左手に扉が2つ、正面に玄関が見えた。
トイレらしき扉をノックしてみても、返事はない。
かすかにブォォォーという音が聞こえ、隣の扉を開けてみる。
「あのーー……」
「にぇっ!?!?」
ねこまんまだ。
身体にバスタオルを巻いて、ドライヤーで頭を乾かす桜が、そこにいた。水気を帯びてしっとりしていそうな足に、柔らかそうなタオルにギリギリ包まれたヒップ、胸元の谷間に露出した肩に……
一瞬で下から上までしっかり見たあとで、熱が集中するのを感じた。意識がしっかりしてきてーー
「うわっ、ごめん!」
慌てて、でも煩くならないよう扉を締める。
うわーー……、びっくりした。
ねこまんまの部屋だったのか。
意識しないと、"桜"と呼ぶのはまだ慣れない。
部屋に戻ると、小さなテーブルの前に腰を下ろす。
扉の向こうにいたバスタオル姿の彼女を思い出し落ち着かない。
ねこまんまの部屋……
ベッドの向かい側の壁には、小さめの机とパソコンが置かれていて、マウスカバーが肉球になっていた。
本当に猫好きなんだなぁ。
あんまり見回しちゃ悪いと思いつつ、落ち着かない気持ちをごまかすように部屋の内装物に意識を集中した。
程なくして、シンプルな半袖ワンピース姿、すっぴんの桜が戻ってきた。
「檸檬くん、おはよう? はぁ、やっと起きたぁー……」
桜が大きく息を吐いている。
「おはようには、早すぎる時間だけどさ。ごめん、俺寝ちゃったーー?」
「うん、電車で寝ちゃって……起こしたんだけど、この前の駅でも全然起きなくて。終点でなんとか寝ぼけながら歩いてくれたんだけど……家知らないから、とりあえず私のトコに連れてきたよ」
今日は朝早かったし、久しぶりにあんなに歩いたから疲れてたんだろうな……。
「ごめん、本当にごめん。ご迷惑おかけしましてーー。それでーー上半身裸は何事?」
「あ、それはごめん。私が脱がせて、ついでに上半身裸と足を蒸しタオルで拭きマシタ。今日も暑かったし、布団に寝かせるには絶対汗かいてるよなぁと思って、つい……」
水の入ったコップを2つテーブルに置きながら、薄明かりで隣に腰をおろし見上げてくる。
化粧を落として昼間より幼い顔が、可愛い。
「何か着せてあげたかったんだけど、私の服じゃ檸檬くん着れるの無くてーー。上の服は洗濯して干したから! エアコンついてるし朝には乾くと思う。しっ、下はさわってないょ……」
ごにょごにょと語尾が小さくなっていく。
なんだろうこの可愛らしい生き物は。
今すぐ押し倒したい。
そう思った時には、トサリと、床に押し倒し彼女の手首を押さえつけていた。
「えっ? えっ? どした檸檬くんっ」
左右の俺の手の下で彼女の手に力が入るが、余裕で抑えられる。
またがった下で、彼女の柔らかい身体が強張る。
可愛らしい、血色の良い唇が何やら言葉を紡ぎながらパクパク動く。
今すぐ塞ぎたいーー
顔を近づけようとしたところで、なんとか自分の頭を彼女の頭の隣に着地させ、そのまま口を開いた。
「桜さぁーー。……男、部屋に連れ込むと、こういう目にあうこともあるんだよ? この間のラブホといい、わかってんの?」
二人の身体の隙間の覗きこめば、ワンピースの下から胸の膨らみが押し上げて存在を主張するように小さく上下していて、たまらない。たまらないが、ぐっと我慢する。
「ふ、不注意でしたーー。でも檸檬くんなら、大丈夫かと思ってーー……」
大丈夫なわけあるか! そう言おうとして、顔を離して再度見れば、薄明かりに顔を真っ赤にして瞳を潤ませた桜がうつる。
「私が不注意でした! わ、わかったから、そろそろ手離して? 」
プツン
何か切れる音がしたかのように、荒々しく唇を塞いだーー。
くぐもった声が耳に響く。
両手で床に縫い付けていた手首を片手にまとめ、首筋にキスを落とし、柔らかな胸をーー
朝、目が覚めると上半身裸、下はズボン、夜中と同じ服装をしていた。
なんとなく、シャワーを借りた気がするが、全てがぼんやりしている。
近くのテーブルには水の入ったコップが2つ。
荷物は床に下ろされていて、Tシャツも畳んである。
あっれ……何処までが夢?
部屋の中にはバターのいい香りが広がっていた。




