最強から最弱へ 1-2
バニースーツのような露出の激しい肌に密着した官能的な服装をしている女性。
豊満な胸と尻、そして黒い翼と鋭い二本角を兼ね備えている。
彼女は二人を突き飛ばし、無理矢理喧嘩を制しさせると、アリアの元へ駆け寄った。
「もう駄目じゃない、魔王様とは仲良くしてって言ったでしょ? ダーリン」
「だってアイツがごちゃごちゃうるさいからさぁ!」
「誰がアイツじゃ、この最弱勇者が!」
「んだとぉ! この貧弱魔王め!」
「もぉ、魔王様も落ち着いてください」
「お前は勇者の味方をするでない、魔王軍四天王の自覚があるのか!?」
「それは昔の話じゃないですか」
次は尻餅をついたシオンに駆け寄ると手を差し伸べる。
その手をシオンは叩き、自ら立ち上がるとそっぽを向いてしまった。
「ふん、もう知らん! お前なんぞ、我の部下じゃない!」
「このミレーヌ・ミルフィーユ、魔王様への忠誠を一時たりとも忘れたことはございませんよ?」
ミレーヌといえば、かの大戦時、魔王軍四天王の内の一人として人間から恐れられていた大淫魔だ。
男女問わず彼女に出会えばたちまち生気を吸い取られ生きた屍と化す。
なんて、噂話が信じられないくらい今の彼女は砕けた雰囲気をしている。
「ほんとぉ〜? 我に嘘ついているのではないかぁ〜?」
「本マジですって、魔王様マジリスペクトって感じです」
「どの辺が?」
「それは誰よりも恐ろしく威厳があるところですよ! あぁ〜恐ろしや恐ろしや」
「ふふん、そうかそうか、ガハハハ!」
ミレーヌの下手くそなお世辞に機嫌を良くしたシオンは、無い胸を張りながら玉座に座る。
(なんて単純なやつだ、俺と決戦を繰り広げた宿敵とは……)
その様子を見て呆れるアリアであったが、側から見ればどんぐりの背比べだ。
実際、どちらも一族の命運を握っていた者同士、どこか似ているのかもしれない。
「うんうん、喧嘩が治ったようで何よりです」
「してミレーヌ、何故お前が王室にいるのだ?」
「あっ、そうだった! 魔王様、大変なんですよぉ!」
「む? 何があった」
「第一ダンジョンが砂まみれで、低級魔族達が住めなくなっちゃったんですよー!」
「ダンジョンが砂まみれ……原因は?」
「それが分かんねーから俺に助けを求めに来たんだよな、ミレーヌ」
シオンとミレーヌの会話を聞いて「俺の出番か」と言わんばかりに立ち上がるアリア。
「その通りよ、ダーリン♡」
「行ってきていいよな?」
「駄目に決まっておるわ! っと、言いたいところだが──」
真っ直ぐ見つめ問いかけるアリアに対し、シオンは初めて彼から視線を逸らす。
欲望のまま感情を剥き出しにしていた彼女から一変し、憂い残る表情を見せた。
「はぁ」
「あ、魔王様のため息」
「幸せが逃げるから、その癖やめた方がいいぞ?」
「魔王が幸せを求めるわけなかろうが」
「んで、答えはどーなんだよ。第一ダンジョンっつーと『プリメロ』だろ? 行ってきていいのか?」
何かを言いかけ直ぐに言葉を飲み込むシオン。
しばらく考えた後、絞るような声で呟く。
「しかし、これは我ら魔族の問題……人間の手を借りるなど……」
「今更何言ってんだか。じゃあ、俺は行くからな」
「なッ、おい、待て!」
「オッケー、ダーリン、腕につかまりなさい」
シオンの静止も虚しく、手を繋いだ二人はミレーヌが作り上げた魔法陣の中へと溶けるように消えていった。
騒がしさが嘘のように静まり、王室に一人残されたシオンはまた「はぁ」とため息をつき、顎肘を立てる。
(本当に理解しているのか……貴様が我々に協力する意味を)
魔王が弱体化したことにより、魔族の中では様々な問題が発生していた。
行き場の失った者、自分の生き方に不安を持つ者、現状の魔族に満足できない者。
制御の効かなくなった魔族たちは内部崩壊を起こしそうになっている。
シオンは自身の拳を血が滲むほど握りしめた。
勇者に倒され転生し、レベルがリセットされなければこうもならなかっただろう。
(奴は責任を感じているのか? 我を討ち倒した責任を? ならば、お門違いもいいところだ)
正々堂々、正面から殴り合い、敗北した。
アリアだって人間の命運を背負い戦ったのだ、責任を感じる必要はない。
それに、アリアの末路を知っていれば彼を憎む者などいない筈だ。
「貴様は本当に、あの夢物語を実現させようというのか。アリア・アリアンサ」
誰に言うわけでもなく、魔王は一人、呟いた。