ジュリアの懺悔2
ある異邦人が、ここは本来の歴史から外れた平行世界なのだと言いました。
西暦1999年に何も起きなかった特異な世界。
本来の歴史で英雄となる荻野真咲という女性が産まれることができなかった世界。彼女という「主人公」が存在しないため、「物語」そのものが全く別の脚本に書き換えられた世界だと言うのです。
異邦人たちが語る本来の歴史では、件の西暦1999年に「天使」と呼ばれる強大な力を持つ無機生命体たちがフランスに降臨し、一神教を信仰しない「異教徒」を弾圧しました。彼らは宇宙を漂う無機生命体が、たまたま出会った人間の望む形に、彼らとコミュニケーションを取るために、その姿を変えたものでした。
これに立ち向かった「救世主」が荻野真咲という少女です。真咲は天使とは異なる姿を取る無機生命体「AH」の少女――紫苑を従え、米英日がプロデュースする「黄色い肌のジャンヌ・ダルク」として常に最前線で戦い、幾度となく精神を擦り減らし、肉体を損傷しながら、紫苑を失いながら、欠損した肉体に紫苑のそれを取り込み、人間ではない何かに変質しながら、長い長い戦いの末に天使を討ち破りました。
真咲の戦いは、終わりませんでした。
ヨーロッパが戦場となったその裏で、天使が粛清の対象とした「異教徒」の国々は、これに対抗するための軍事力の強化を推し進めました。
その過程で産み出されたのが、人間に天使の死体を移植する技術でした。天使には他者とコミュニケーションを取るため変型する性質があり、人間と天使の融合自体は比較的容易に実現したといいます。
融合を果たした後、著しい変調により支障をきたす精神を如何に制御するのか。そのアプローチの一つが、ヨーロッパで天使と戦う少女たちの人格をエミュレートする融合体を、常にチームで運用するというプランでした。
ヨーロッパ戦線における最強の戦士だったドイツの軍人、「十二使徒」ユーディット・ブッフホルツ。
ヨーロッパ戦線において最大の戦果を挙げた日本の自衛官、「十三人目の使徒」荻野真咲。
そして、ヨーロッパ戦線の難局で常に生き延びる悪運の強さを発揮したフランスの学生、「十二使徒」ジョゼット・レヴィ。
彼女たちの姿と人格をエミュレートする、かつて中華人民共和国の孤児だった三人の少女たちで編成されたチームにより、当該プランは一つの成功例を完成させたのです。
アメリカ合衆国はこれを「非人道的な人体実験」として糾弾し、アジア諸国の軍事研究を牽制しました。そして彼女たちを「フェイク」と呼称し、その「廃棄」を中華人民共和国に要求したのです。
「フェイク」は研究施設から脱走しました。真咲と、真咲とともにヨーロッパ戦線で戦った「少女」たち「十二使徒」は「フェイク」の捜索及び「破壊」を命じられ、やがて、ユーディットのコピーである「フェイクワン」の「破壊」に至りました。
「フェイクワン」は、ユーディットの偽物と呼ばれることを嫌い、そのエミュレート元との一騎討ちを望んでいました。望みは果たされ、彼女は自分の本当の名前を思い出せないまま、その短い生を終えました。
彼女たちは「本物」であることに強く執着していました。「フェイクワン」は本物のユーディット・ブッフホルツになること。「フェイクツー」は失われた記憶を取り戻すこと。そして「フェイクスリー」は自らが歴史の表舞台の中心に立つこと。
やがて、真咲とジョゼットたちが逃亡する「フェイクツー」と「フェイクスリー」を追い詰めました。「フェイク」と呼ばれる彼女たちは祈ります。ここではないどこかに。どこか異なる世界で、幸せになりたい。偽物ではない本物の幸せを。
死の淵で、「フェイクスリー」は強く祈りました。ここではないどこかに。生まれ変わりたい。生まれ変わりたい。生まれ変わりたい。生まれ変わりたい。生まれ変わりたい。生まれ変わりたい。生まれ変わりたい。生まれ変わりたい。今度は私が、奪う側に。
祈りは、届きました。
荻野真咲が存在しない、天使の降臨に端をなす戦乱のない、平行世界へと続く「道」が開いたのです。
「フェイクツー」は、瀕死の「フェイクスリー」を連れて、そこに逃げました。
真咲も激情のままにこれを追います。
――残されたのは、ジョゼット・レヴィだけでした。




