変な部屋。
※今回は不快になる方も多い話題かと思いますので、キモいおじさんのグロい思い出話にお付き合いいただく謎の覚悟をお持ちの奇特なお方だけが読み進めてくださいませ。
※特に、食事の前に読むことはお控えください。
転勤を控えた我らが科長殿が「社宅」の押し入れに3年分の空き缶を90リットルのゴミ袋で10袋分ほど貯め込んでいるという話を聞き、部下たちと「いくら何でも水でゆすぐくらいはしているのでは?」「いやいやそんなマメなことするならそもそも3年も貯め込まんやろ〜」「ビールは腐ったら臭いっすよ?」「まあ、やばいやろなあ」「押し入れ腐ってるんちゃう?」「俺、科長の部屋の退去点検行くのマジで嫌っすよ!」というアットホームな職場的な会話を楽しんできた本日である。話を聞くだに「社宅」が一戸ダメになっているようで――よりにもよってこれを管理する部署の科長がやらかしてくれたので、マジで頭が痛い。
臭い部屋という話題から思い出してしまったのが、少年時代のある出来事である。母が教職員住宅での人間関係に疲れ、一般のアパートに引っ越してからしばらく。中学生か高校生くらいにはなっていた気がする。
当時、エレベーターのない5階建てのアパートの5階の505号室に住んでいたのだが、その隣の503号室――死を連想させるから4は欠番だった――に大家族が引っ越してきた。小学生くらいの子供たちと会話したことすらなかったから、私が中学生か高校生くらいにはなっていたのだと思う。
足が不自由なおじいちゃんと、彼の介助をする一回り歳下に見えたおばあちゃん、その子供であるらしい夫婦と、小学生から幼稚園児くらいの兄弟という家族構成であったと思う。彼らと近所付き合いがなかったので記憶は朧気だが、杖をついて歩くおじいちゃんに「わざわざ5階に住むことはなかったろうに…」と思ったことだけ強く記憶に残っている。
それから数年が経った。私が大学生になって一人暮らし――と言っても県内なので2〜3週間ごとに実家に帰っていたが――をしていた頃なのだと思う。当時、鬱病の母の代わりに洗濯をしていた弟がベランダに出ると変な臭いがすると訴えるので、確認すると確かに生ゴミのような、しかしながら今まで嗅いだことのない、妙な臭いがした。どこかでベランダに生ゴミを置いているのかと思ったが、真相はそうではないとわかったのはそれから一ヶ月ほど後のこと。
アパートの階段が奇妙な白い跡だらけになっていた。1階から5階に登り切るまでずっと。何だこれはと父に聞くと、蛆虫を踏み潰した跡だと言う。
――隣に住んでいた老人が孤独死していたのだ。
思い返せば、弟が臭いを気にする前から知り得たことだった。玄関扉の郵便受けに入らない新聞紙が、扉の前に平積みされ、毎日毎日積み重ねられていた時点で、既に亡くなっていたのだと思う。それより随分前から、奥さんが運転していた車も駐車場で見なくなっていた。しかしながら私たちは名探偵ではなかったので、隣に住んでいながら全く気がついていなかった。大家族で住んでいたことを知っていたから、却ってそんなことが起きるはずないと思い込んでいたところもある。
遺体は腐り、蛆虫だらけになっていて、警察官の手により地上に降ろされたのだが、その間にぼろぼろ落ちた蛆虫が踏み潰され、奇妙な白い跡を残していたというわけだ。新聞紙の山の下からも蛆虫がうじゃうじゃ出てきたというから、本当に長い間、故人はあの部屋でたった一人、ただ蛆虫の食料として過ごしたのだろう。
故人とその家族に何があったのかは想像するしかないし、想像すること自体が邪推でしかないのだが、当時の私は、故人は「家族に捨てられた」のだろうと思った。真相は逆かもしれないが、それこそ邪推もいいところか。あの、いつも車を運転していた奥さんがいなくなったら、階段を一人で登り降りすることもできないあの老人が、どうやって生活できるのか。子供夫婦は? 孫たちは? 一緒に暮らさないまでも、こんなことになるまで、死に目に逢えないにしても人間から蛆虫の食料に変わってしまう前に、誰も会いにこなかったのか? 考えても仕方のないことだが、こんなに寂しい死に方をしなくても良かったろうに…とは思った。
以来、私は孤独を必要以上に怖れている。あれが孤独の行き着く先かという得体の知れないざわざわした感覚に、今も囚われているのだと思う。
まあ、孤独死するだろうなという点では、定年まで単身赴任を続ける限り、完全に明日は我が身なのだが。




