シン・一級魔法少女✭ユーリィ10
平成20年6月6日。金曜ロードショーで風の谷のナウシカを見終わって、そろそろ日付が変わるなって時間帯。
伊達安寿に瓜二つな少年にコケにされて以来、一週間ぶりに変身したわけで。で、魔物の反応があった小さな廃ビルに急行したら――。
「6年ぶりの、東京…か。帰ってきたよ、母さん…」
なんか感慨深そうに、小学生くらいの少女が屋上で呟いていた。風に揺れるオカッパのロングストレートな銀髪が、星空の下で輝いている。
――魔法少女だ。魔物は彼女が既に片づけたらしい。やり過ごして帰ろうかと思った瞬間、ルビーのような赤い瞳と視線が合った。
銀髪に赤い瞳。紺を基調とした和服っぽい衣装。左手に乗せた黒髪黒瞳の妖精。真鶴メイから聞いていた、彼女の特徴と一致してる。
「……神谷ヒカル?」
「そういう君はユーリィちゃんだよね?」
電信柱の上に立つ私のもとへと飛び降りた。翼の生えた靴が、私の目の前、何も無い空間を踏み“着地”する。
「マサキさんから、話、聞いてるよ。会ってみたかったんだ」
「……はあ」
不覚にも、ドキッとした。ちょっとだけ。あの人に、私、どう思われてるんだろう、とか。つい。考えちゃうっていうか、その、なんでもない。
……そう言えば、彼女が居候してるってメールに書いててモヤッとしたっけ。今はちんちくりんだけど、本体は高校二年生らしいし。
「火曜の夜には実家に帰ったって聞いてますけど」
「帰ったよ? 男の人の家に泊めてもらってたって言ったら、一番上の兄ちゃんに怒られまくった」
「も~なんでラトビアは素直に言っちゃうの、ですわん」
「口が滑っちゃって」
へらへら笑い、ヒカルが下で話そうよと地面を指さす。下を見ると、靴の翼が羽根を散らせて消失し、一拍の間を置いて「どすん」という落下音。
釣られてこちらも飛び降りると、ヒカルの代わりに黒髪黒瞳の女の人が市松人形を抱えて立っていた。変身を解除したらしい。
「じゃ、改めて自己紹介するね。ボクは八神あかり、一級魔法少女の神谷ヒカルを名乗ってる」
「ヒィナだお! よろしくおねがいなの!」
「……妖精の姫様キャラ変わり過ぎでしょ」
言いつつ変身を解き、仔猫のネネコを抱き上げ、腹話術みたいに口を閉じたまま喋る市松人形を思わず凝視する。
ござる口調も大概アレだったけどこれはひどい。人形になるタイプの妖精は、この状態だと思考力が酷く低下するらしいと聞いてはいたけど。
「で? 何しに来たんです? 『デュエルしようぜ!』って話ならお断りですけど」
「違うよ。今回は、マジメな用事で来たんだ。さなちゃん……茅ヶ崎まゆら、ね。二級魔法少女の。あの時、現場にいた子。面識ある? 東京の子だって言うけど」
「名前は知ってる、くらいです」
ノートPC抱えて妖精ネットで実況してた。相棒が光妖精ナナルリエ――リアにチクチク絡んでた子。知ってるのは、そのくらいだ。
……今までずっと、同業者に出くわしても知らぬ顔でやり過ごしてきてたし。
「彼女から連絡あってさ」
と、ヒカルがケータイを取り出し液晶画面をこちらに向ける。送信者の千秋早苗というのが本名らしい。
ヒカルの尋ね人が目撃された、というようなことが書かれてる。
捜してたんだ。あの騒動で、複数の魔法少女を再起不能にし、マサキを暴走させ、重症を負い逃走した雷使いを。あれから、ずっと。
……ただ、真鶴メイらに特徴だけ教えられたまゆらが、交流のある魔法少女たちに又聞きさせた情報でってのが――。
「和服の上に黒いコート着た女の人ってことですよね……」
「なのー。もくげきほうこくぞくぞくなの」
「ちっとこさ他にない目立つ格好だし、人違いの可能性は低いんじゃないかな」
「……他にないってこともないんですのよね」
思い返せば、荻野真咲と初めて会った日。桃色の着物に黒いロングコートと赤い手袋という、彼女の衣装。
あれに遭遇して怪しいと思わない方がどうかしてるし、端的な特徴は例の雷使いと一致してるからタチが悪い。
ここのところ魔物の反応が一瞬で消滅するケースが多発してるのも、真咲の仕業じゃないかって、ネネコと考えてたところでもあって。
ひとまず、ヒカルとヒィナにどう説明したものか。思案する間にメールが閉じられ、待ち受け画面が映し出された。家族写真、らしい。
「まあ、放置しとくわけにはいかないしね。取り敢えずボクとさなちゃんで対応しようって」
「あぶないやつなの、はやくつかまえなきゃなの」
「タイマンで戦ってみたい相手ではあるんだけど」
息をつき、ヒカルがケータイをいじる。ごつっとした指が画像フォルダを開き、ファイル名が200806で始まる写真を順番に呈示した。
マサキの部屋で撮影したらしい。散らかった部屋を背景に、リアとシオン、そして荻野真咲によく似た女の人がヒカルやヒィナと映ってる。
「……この人、マサキさんなんですか?」
「うん。そういう呪い、かけられたみたいでね。ボクらが捜してる女の人に」
――似てる。あり得ないくらい。華奢で小顔になったせいで本当に瓜二つだ。
「性別変わったって真鶴メイに聞いてはいましたけど……」
「女の人っぽくなっただけだってさ、実際は。……まあ、だったら別にそのままでいいってわけにもいかないしね」
「それは……そうです」
気にしてないってマサキ自身はメールに書いてた。多分、誰より責任感じてる真鶴メイをはじめ、関係者全員にそう言ってるんだろう。
「私も――」
手伝うって。私も、あの人の力になりたいって。借りがあるから。それを返したいから。何か、したいって。
そういう気持ちを言葉にしようとしたとき、腕の中でネネコが尻尾を逆立てた。
――異変。数メートル先、電信柱の蔭、街灯が作る影の中で何かが蠢く。黒い球体。魔物になる霊気の塊。形を、得ようとしている。
ヒカルが超反応で両腕を交差させたのと同時に、白い翼のようなものが虚空に現れ黒い球体を包んだ。ぐちゃっと何か、咀嚼するような音。
「魔力消失……食べられ……ましたの……?」
魔物の身体を構成する力の塊が、精霊界に還る際に発する閃光が、翼の隙間から、漏れた。――違う。還ったんじゃ、ない。
「とりこまれたなの! あかり!」
「純情・愛情・過剰に異常、ヤマトナデシコ七変化!」
ヒィナに応え、ヒカルが変身。小さな身体がアスファルトを蹴り、卵のような形に閉じた、白い翼に跳びかかる。
衝撃。大気が震えた。ヒカルの右拳が、翼の中から伸びた腕――白くて細い人間(の、ようなもの)の腕に受け止められている。
私が遅れて変身する間に、不可視の速度で攻防が繰り広げられた。ヒカルの連続攻撃をいなしながら、翼が徐々に開き、その中心を曝け出す。
人間の女性。一言で表現するなら。違った表現なら人形だ。揺れるブロンドの下には顔がない。ただ白いだけの裸体には無機質な印象を受けた。
「――天使」
と、妖精の姿に戻ったヒィナが呟く。そうだ。ヒカルとやり合う、有翼で白い人型の何かは、それの一般的なイメージの特徴を備えてはいる。
それでいて、神々しさだとか、善玉オーラなんてのを微塵にも感じない。不気味なだけ。翼の生えたマネキンが、ただ、動いているような。
「魔物を憑り代として、並行世界より我らが世に干渉している?」
「取り憑くタイプなんだ? ……へええ?」
意味ありげなやり取り。妙に引っ掛かる語句。ここのところ、魔物の反応が異常な短時間で消えていたのはこのせい? 並行世界って?
考える間に、ヒカルが人型の放つ衝撃波を受け流し、一瞬で距離を詰め、その胴を小さな拳で突き上げた。
空中で翼をはためかせ、態勢を整えようとするところに追撃。ヒカルの飛び蹴りが、人型をさっきの廃ビルまで吹き飛ばし、外壁に叩きつける。
ガラスが割れる音を聞いたとき、ヒカルの姿は既にない。廃ビルへと飛び込んで行ったらしい。
「……我が炎は破邪顕聖の剣!」
白兵戦をやってる状況で、遠距離射撃は危険だ。炎の剣を構成しつつ後を追い、窓の割れた部屋を探す。見つけた。一階左方。戦闘の気配。
――刹那、どこからか現れた黒い影が窓ガラスを割り、ヒカルと人型が戦う部屋に侵入した。一拍の間をおいて聞き覚えのある声。
「ファンクション!」
荻野真咲だ。初めて会った時と同じく、黒いコートを着てた。状況が状況だけに、話がこじれそうな予感しかしない。
慌ててその後を追い、飛び込んだ時には戦闘終了。埃だらけの部屋で、真咲とヒカルが相対している。
「マサキ……さん?」
驚きを隠せない様子で、ヒカルが呟いた。彼女のケータイに映っていた荻野柾によく似た顔が、黒髪の下で太い眉をひそめる。
「初対面で、おかしな格好した女の子に名前を言い当てられたのはこれで二回目だわ」
赤い手袋で首筋を撫でながら、私を見やる真咲が溜め息をついた。武器は持っていない、とヒカルに両手を広げて見せる。
「オギノ・マサキは私の他に二人いるようだな、とでも返したらいいのかしらね道明寺ちゃん」
「……最初からわかってたんですか」
ファースト・コンタクト、魔法少女に変身していた私。その翌日、教え子の一人として対面した私。これ、同一人物だって。
「気づいたのは今。なんか認識を阻害する仕組みがあるわね?」
「はあ」
「……言われてみれば、雰囲気とか似てなくもない、か」
「はい?」
「ん、こっちの話」
とんとん、と床を踏み鳴らし、真咲が視線をヒカル――もとい、その相棒のヒィナに移す。
一般人には見えない、妖精の姿が見えているらしい。霊感強いんだってリアクションも今更か。
「アーマークラス低そうな種族の魔法的な力を、人間のパートナーが代行するってとこかしらね?」
「……八百万の神と、その巫女にござると思し召されい」
「どんだけ斜め上の現代風リメイクなのよ」
警戒気味に応答したヒィナに肩をすくめ、真咲がまた首を撫でる。嘆息。赤い指が、黒い髪を絡めてひらひら動いた。
「未成年を深夜に連れ回す神様には感心しないわ、教育者として」
「そこ!?」
「立場上、教え子の夜遊びに知らぬ顔の半兵衛を決め込むわけにはいかないの」
と、赤い右手が私を指す。ヒカルが私に視線で問い、ネネコが「事実ですの」と短く答えた。
桃色の着物に黒いロングコート。赤い手袋とランニングシューズ。……これで先生ですって言われても、か。
「……こんな先生ヤだなあボク」
「社会人には役職に相応しい身嗜みというものがござるな」
「うっ……それはともかく、あなた小学生でしょ。こんな時間に夜更かしして」
「えーと、ボク高二なんで……だからいいってこともないですけど」
短いやり取りで、真咲を無害と判断したらしい。ヒィナと顔を見合わせてから、ヒカルが変身を解く。
市松人形のヒィナを両手に、“最強の魔法少女”であった女の人が、小柄な真咲を見下ろす形になった。
「……子供が大人に変身するのがステレオタイプなアレだと信じてた私」
「だめなのー。おとながふぃくしょんとげんじつをこんどうしちゃいけないなの」
「うわ、三十路を前にしてオモシロ生物に説教されたよ……」
「――八神あかりです」
「ヒィナなの」
真咲に手渡された名刺を、ちらちらと気にしつつ名乗った、女子高生と市松人形が顔を見合わせる。
「……二等陸佐って肩書きじゃないんですね。荻野真咲さん?」
「二佐だと?」
ヒカルの唐突で意味不明な発言に、真咲がぴくっと片眉を持ち上げた。
空気が張り詰める。互いに僅かな動作だけど、相手の攻撃を警戒して、二人が身構えた。
じりっと油断なく動いた摺り足に、フローリングの床から埃が舞い上がる。
「どこ情報なわけよ?」
「シオンちゃん」
緊張気味の硬い声で、ヒカルが覚えのある名を口にした。
「もとい、紫苑弐式。あなたと、同じ名前の男の人に仕えています」
「……なるほど? 紫苑の後継機……か」
ぱん、と真咲が両手を打ち鳴らして、納得したわと肩をすくめる。
シオンこと紫苑弐式。並行世界からやってきた、ロボット少女。真咲が彼女の知り合いなら――。
ああ、そういうことなのかなって。置いてきぼりにされて、疑問符でいっぱいの頭で、そうなのかって。
「万年少佐の、鉄のクラウスじゃなくなってたわけだ、いつの間にか」
「はあ?」
「や、こっちの話」
赤い右手が黒い髪をかきわけ、白い首を撫でる。やれやれって仕草が、本当に、マサキとそっくりで。
「道明寺ちゃん」
「はい」
「あなた、私を見て、誰かに似てると思った?」
「……はい」
「さもありなん、と」
腕組みし、真咲が私に歩み寄る。困ったような、苦い笑みが浮かんだ。
「あなたに聞きたいことが色々あるけど……あなたの問いに、私が答えるのが先よね。筋としては」
私の、問い。何度か尋ねて、その度はぐらかされた。――あなたは、何者なのか?
――平成20年6月7日。あまりに馬鹿馬鹿しくて、マンガとか、ラノベみたいで。そんな告白と共に始まった一日。




