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シン・二級魔法少女☆荻ノ花真咲11

挿絵(By みてみん)

 ここはオオサカシティ。じゃりん子チエやバイトくんが暮らす街だ。東淀川大学が架空の存在であろうと、スターシステムがあれば伊藤・久保・鈴木・三宅さんは別の作品で生きていけるものだ。だが、よしおとたかしが何気に入れ替わってるのは――。

「雨の中、傘をささず踊る者がいてもいい。自由とは、そういうことだ」

 平成二十年五月三十一日。都会(大阪)は雨。テレビでは宇宙人の小隊の問題をケロロが深刻な顔をしてしゃべってる。だけども問題は今日の雨。傘がない。そして僕の隣にはいつも女性の前でキラーパスを放って下さる風の妖精様がいない……!

「御主人サマ、紫苑ハ防水加工も完璧なノでアリマス! チ、チチ、チークダンスだっテ、踊レるのデす!」

「……何で若干エロいチョイスなの?」

 姉さん、事件です。シオンがその構造上[検閲削除]できない女性であるのはともかく、肌の露出が極端に少ない服を着せれば二次元キャラをそのまま立体化したような目の覚める美少女でしかも性格がマンガに出てくるような純情ロマンチカ!

 オタクの理想を具現化した美少女と二人きりでショッピングに興じている今この時は、僕にとって生まれて初めてのデートと言えるのかもしれません。長い冬を経てついにモテ期到来です。これってやっぱり死亡フラグなんでしょうか?

「ジ、自分ハっ! 御主人サマに身モ心も尽クす所存なノでス!」

「俺が大塚愛を歌うと変に意味深になるのと同じくらい危険な発言だなあ」

 わ~たし錯乱坊。ど~も~、セロテープ総一郎です。僕は~、経験が、ないっ! ……なんて逆上せている場合ではなかったりする。とんだ災難に遭った一級魔法少女ユーリィこと道明寺ジュリアが、昨夜からずっと目を覚まさない。

 ひとまず彼女の相棒であるネーネコニャの指示でこの大阪に一人暮らししている兄貴の元に連れてきて、こけしにも例のマジカル☆ヒーリングを手伝わせているにも関わらずだ。で、せめて妖精たちに気の利いた食事でもと僕らが買い出しにきたわけだが。

「ま、居候だし『春雨じゃ、濡れて参ろう』ってのは自重しとくよ」

「踊ラないノでアリマスか?」

「六畳の1Kに三人で駆け込んどいて、濡れたから着替え貸してくれとは言えないからねえ」

「借リてモ御主人サマには道明寺サンの衣装は着ラレまセンしネ」

 ……ああ、そうさ。日本人とイギリス人のダブル(差別的な意味を含まないニューウェーブな表現)なイケメンである奴――道明寺レイ(19)のモデルみたいな体型を鑑みれば、胴長短足・中肉中背の僕が着られる服なんかないさ。特にズボン。

「あんま手持ちないんだけどなあ――」

 と、レジ前に並べてあるビニール傘を見やり、気づいたの……気づいてしまったのよ! これは嬉し恥ずかし相合傘を初体験する絶好の機会だってことに! ……なんて中学生みたいな妄想にふけっていたら雨がやんだ。ハハハ、なんだこの茶番。

「御主人サマ? 脳波が低下シていルのデス。疲レてイルのでアリマスか?」

「……そうだね。みんなでなかよくポチャポチャおふろ。あったかいふとんで眠るといいよね」

 勿論、性的な意味で。……なんてことはない。単に寝不足で眠いだけの話だ。六畳の1K――それも、中央に万年床が敷いてある以外は足の踏み場にも困るような十九歳男子の部屋(不思議な既視感)に若い男女が六人いる光景を想像してみて欲しい。

 中央の万年床には“眠り姫”たる道明寺ジュリアが横臥し、その傍らには姫の手を握り締めるドキッ☆身長158cmの超絶美少女ネーネコニャ(女ネ申)とチビっおまけが鎮座かしましていて、王子が押し入れから血走った眼で妹を見守っている。

 そしてシオンは冷蔵庫横に正座してコンセントから充電を開始。……僕は仕方がないので玄関で体育座りしていた。こんな状況で熟睡できるわけがないじゃないか、そりゃ疲労もたまるし他にも色々たまってるさ。ちくしょう、太陽が目に染みるぜ。

「――コの世界が0と1の二進数デ構築サれていルト想像してミて下さイ」

 水たまりを避けつつ買ったばかりの手袋に覆われた右人差し指を伸ばしたり曲げたりしながら、シオンが「物質が0、思念が1デスよ」と続ける。通行人の視線が気になるが、早乙女正美と百合原美奈子よろしくゲームか何かの話だとしか思われないだろう。

 ……て言うかね、うっすらヒゲを生やした上に風呂にも入ってない油ギッシュなロン毛の僕と銀髪オッドアイなシオンの取り合わせって、コスプレ美少女がキモオタ相手に新手の風俗サービス中にしか見えないんじゃないかって。

「紫苑は世界トいうプログラムに干渉シ、書き換エるコトで力を行使スるのデス」

「勇者特急や護衛神エイトみたいなオチがついたら発狂しちゃうかもしんない……」

「ハい? 御主人サマは自宅警備員デはナカったのデスか?」

「……いや、悪気がないのも誰が仕込んだのかもわかってるんだけどね」

 アニメ業界に消費者として参入。護衛神エイトはファンタ&スエットを読んでから読むともう少しだけ面白いんですよ。私立荒磯高等学校生徒会執行部はむしろWILD ADAPTERの存在を完全に忘れた方が楽しめると思いますけどね。

「大ガかりなプログラムを大キく修正シタらエラーが発生シやすクなりマスよネ? デすカラ本筋を損なワぬ範囲内でノ修正しかデキまセんが」

「……ああ、そういうことか」

 と言うのは昨夜シオンのオーバースキル(仮)で、道明寺ジュリアの両親の記憶を「娘が家に帰ってこない」という事実から「兄の家に遊びに行っている」という善意の嘘に“書き換えた”という話のことだ。

 道明寺ジュリアが五体満足で親元に帰ってこない事実自体に変更はないが、後付けでもっともらしい動機付けをしてしまえば受け止め方は大いに変わる――。つまりZガンダムのTV版と劇場版の違いみたいなものなんだね。

「紫苑壱式の主でアル平行世界の御主人サマは、ソの応用デ自らの肉体ヲ天使以上に強化デキるそウでス」

「……ああ。イエスの猛女(モー娘。)仕様だったもんね、あの刀」

 昨夜シオンが召喚した2メートルの刀、すごく…大きいです…。参考程度に比較例を挙げると、武田信玄の信州最強と呼ばれた側近・真田信綱が愛用した「DEKKEEEEEEEEEEEE!」と評判の刀ですら1メートル。現実はそんなもんだ。

「あのガキ、姉さんは典型的な一匹狼キャラだって言ってたな……。そりゃ恋人の一人もできんわ……」

 僕とよく似た仏頂面したゴリラ女を思い浮かべ、思わずげっそりしながら濡れたアスファルトの上を歩く。生きてたら27歳か……。


「又兵衞殿。木村長門守、只今帰還仕りて候」

「大儀じゃ重成。早々に井伊の赤鬼をたいらげて見せよ」

「尽きましては浅ましくも伸びし髪を清めたく。ほーら、一晩水浴びしなかっただけで顎に吹き出物が」

「銭湯に行け、銭湯に。真田丸は年頃の娘で溢れておるでのう」

 大四畳半ならぬ六畳の中央で眠るジュリアとネーネコニャを指さし、キッチンに置いた買い物袋からこけしが大好物の蜂蜜を取り出す。……ちなみに兄貴の方は押し入れの中で眠っているらしい。シオンの充電に要する電気代の件も含め悪い事をした。

「百合サンはマだ目を覚まサれナイのデすカ?」

「……そちは戦時の日本人か。人の名前を強引に日本名に変換しおって」

「ソの言葉はアナタにノシつけて御返シすルのデス」

 熊のアップリケがついた手袋を胸に抱き、シオンがぷうっと頬を膨らませる。むき出しになった黒光りする鋼鉄の手とは正反対に、その表情が妙に人間くさくて愛らしくて僕のハートにラストシューティング。ときめいて死ね!

「さしずめコッコさんは関ヶ原以前っとこスね」

「やかましいわクロマニョン頭」

「自分は大破シた紫苑壱式の魂をサルベージしタ急造コピーなのデス。言語中枢に欠陥ガあるのハ仕様なのデス」

「……君の“親”って何者? ビビアン・スー大好きっ子の俺の萌え所をピンポイントで突いてくるね」

「貴様は貴様で……いや、言うまい」

 こけしが疲れた声で話を打ち切り、食パンに蜂蜜を垂らしながら眠り姫様方へと視線を移す。そこでようやく、彼女が寝ずに僕達の帰りを待っていたことに気づいた。

「ネネコとレイレイはジュリアが目を覚ますまで寝ないと言い張っておったがのう」

 疲れた表情で蜂蜜オン・ザ・食パンを一口かじり、「気持ちはわかるが、周りが焦ってどうなるものでもないでな」とベタベタになった口でこけしが続ける。

「誰ぞの御蔭で肉体的な傷は何度か治したが、どうもそれとは手応えが違うのじゃ」

「どういうことスか?」

「何と言うのかの……。ジュリアの中で魔力が渦を巻き、まるで繭の玉が立っているような――」

 口の中のスイーツな食パンを飲み込みながら、こけしが蜂蜜でベタベタの手を右往左往させる。コーヒー牛乳(1000ml@98円)をコップに注いで手渡すと、こちらの手もベッタベタになりやがりました。舐めたら甘あ~い!

「繭玉から揚羽の蝶が出てくるのを待っている感触とでも言うのかな」

「……カネゴンでなきゃいいスけどね。で、魔神が 目覚める 日はいつになるんスか?」

「さて……。今すぐ目を開けそうでもあり、しばしこのままやも知れぬでもあり」

「魔法少女から進化したら魔女ってとこスかねえ」

 Bボタンを押したらキャンセルできますか? ……ミュウツーを四匹揃えた昔ならいざ知らず、今の僕にならわかる。どんなに能力が伸び悩んでも、ライチュウよりピカチュウを使いたくなる気持ち。成人してしまった霧間凪の過去を描きたくなる気持ち。

「炎の魔女と黒田慎平……いや、岸田一朗になんのかな。どのみち俺の死亡フラグ立ちまくり」

「またわけのわからぬことを……」

 六月になる。実は明日の六月一日、コードギアスの特番(総集編でいいじゃないか)が異常なまでに高い確率でどうでもいい内容になることも考慮して、某公務員専門学校のオープンキャンパスに参加するつもりだったんですよカテジナさん!

「へへっ、明日のデートはキャンセルした方がよさそうだぜ」

「……妙な見栄を張るな」

「女子大生と肩を並べるだけで心弾むなんて白状したら、余りに俺が可哀想じゃないスか」

 というわけで明日の予約をキャンセルしようとケータイを手に取った。メールが届いてた。発信者名は真鶴メイ、コードネームはマナヅルMay。そして件名は……「福岡に戻ってきなさい」。ユニバース。ユニバース。

「……ぱくろみの声で脳内再生された。∀ならXの兄さんだって間違いも萌え所ですよねー」

「何なのじゃ?」

 ジュリアとネーネコニャがまだ眠っていることを確認し、きょとんとするこけしとシオンに目配せをする。そっと扉を開けて玄関から外に出ると、狙い澄ましたような雨が僕を打った。むう、と口をへの字にしてこけしが続く。

「……ネネコには聞かせられぬ話ということなのか?」

「んー……」

 最後に部屋を出たシオンが音も立てずに扉を閉めたのを確認し、左手で頭を掻いたため髪に蜂蜜が付着したことに後悔したりしながら、真鶴メイから送られたメールの内容をかいつまんで切り出した。

「神谷ヒカルって子が、例のネットで宣戦布告したらしいんスよ」

 一級魔法少女・神谷ヒカル。全魔法少女における単独トップランカーで、僕と同じく妖精ネットとやらに全く顔を出さないために噂ばかりが先行している謎の少女(とは限らないかもしれないとかなんとか言ってみちゃったりして)。

 そのヒカルちゃんが突如として妖精ネットに現れ「世のため人のため“魔女狩り”の野望を打ち砕く」「日曜に福岡を訪れるからかかってこい!」と言い捨てていったと、真鶴メイはメールを送りつけてきたのであった。

「それはまた、随分と思い切ったことをする小娘じゃのう」

「大た~ん過ぎぃってとこですかね」

「馬鹿が。そんなことより……いかんな、眠うて頭が回らぬぞ」

 大きくあくびをして、こけしがごしごしと目をこする。しつこいようですが、僕達、しばらく眠ってません。体力的に限界ギリギリ!! ぶっちぎりの凄い奴。熱き炎が身をこがす闇の中の過去の夢は憂鬱ミュージアムです、正直しんどい。

「すまんがわらわは寝る。続きはその後じゃ、どうにも今はろくに物を考えられぬ」

「……そうスね。俺も公園かどっかで寝てきます。ついでに銭湯にも寄ってきますよ」

「御主人サマに自分もついテ行くのデス!」

「む……」

 眠気がピークに達しているのだろう。不機嫌そうに大きな瞳を細め、こけしが僕とシオンを見上げる。数秒して、ふと何かに気づいたと言うように細められた瞳が軽く見開かれた。

「……弟君がここいらに住んでいるのではなかったか?」

「会えませんよ。俺は半年ニートのまんまで、社会復帰に向け一歩も踏み出せてないんです」

 のこのこ遊びに行ける状況じゃないでしょうと続けると、こけしが怪訝そうに眉をひそめる。そう言えば彼女は天涯孤独の身だったのだなと思い当たり、足りない言葉を重ねた。

「将来とか、現実なんてのから逃げているようにしか見えないでしょ。仕事も探さずに遊び呆けてるんじゃ」

「……貴様は貴様なりに、家族に恥じぬ志を貫いておるではないか」

「家族に事情を話す気はありませんから」

 仮に家族と立場が入れ替わっていたとしたら、僕は必ず「他人の世話を焼くより自分の事を何とかしろ」と言いたくなる。でも相手の気持ちを尊重したくて、思い悩む。……多分、それは両親も弟も同じなのだ。

「弟の前では強い兄貴でいたいんですよ。余計な心配をかけたくないんです」

 その意地が張れなくなったら俺はもうどうしようもないクズだという言葉を飲み込み、納得しきれていないという表情のこけしに軽く手を振ってから背を向ける。扉が開き、再び閉じる音を聞いたのはしばらく歩いてからだった。

 小池徹平(WaT)を己が少年時代役に推した田村裕(麒麟)の勇気は、若かりし日々の自分を安田成美(ナwwwウwwwwシwwwwwカwwwwww)に演じさせた橋田壽賀子(春希)に通じるものがあると思う。

 ホームレス中学生よろしく公園で一眠りした頭は冴えていた。だから、どちらかと言えばウエンツ瑛士系なイケメン(コバルト文庫的表現)に裸で迫られてもこちらは極めて冷静に対処させていただくのである。

「あなたは何で――」

 子供に混じって魔法少女なんてのをやってるんですか。その問いを、いかに上手く暗号化して公衆の面前で荻野柾という男に投げかけるか。それが道明寺レイに与えられたミッション・インポッシブルであった。

 道明寺君の声はよく通る。日英のダブルだというその美貌と相まって、そりゃあ女子にモテまくりんぐだろう。その澄んだ声で、それが大きく反響する浴場という舞台で、このハンサム野郎は大きなミスを犯した!

「いい年して女の子のコスプレなんかしちゃってるんですか?」

「よりにもよってそういう誤魔化し方!?」

 ざわ…ざわ…。さすが土曜日、銭湯には客が溢れてるぜ! 明らかにドン引きした視線が、僕の半端な胸毛がカッチョ悪いおヌードに熱く注がれているのは誰のせい? Say MarkⅡ 優しさが生きる答えならいいのにね。

「……っ! ミ、ミスラはクリティカル率が高いから!」

「何でFFⅩⅠ……? あ! いや、そうですね! ミスラは女の子しか使えませんよね!」

 自分で自分を誉めてあげたいよニャンコ先生。ネトゲーにハマっているキモオタを演じ、早口で「ミスラの男も使わせろよ常考」などとまくし立てることのできた僕はまさに超頭脳シルバーフルチン。銀狼怪奇ファイル大好きでした。

 ……ま、冷静に考えたらどのみち十分すぎるほど痛い人なんですけどね。いや、しかし…さすがにモノホンのコスプレイヤーよりはネカマやってるヒッキーの方が比較論としてまだマシだ……と信じる。信じたいのよ、信じさせて!

「つーか待って道明寺君。大事な話を風呂場でするのはGAINAX作品だけでいい」

「……はあ」

「ジュリアちゃんが心配なのはわかるつもりなんだよ。俺も一応、兄貴だから」

 こっちは弟だけどねと付け加え、美しくもない裸身や粗末な未使用品をマジンガーZよろしく湯船から飛び出せ!青春させる(サービスシーン)。頭に巻いたタオルを手に取ると、束ねていた髪がベタっと背中に垂れ落ちた。

 その背中に、色んな事を問い質そうと僕を追って銭湯にまでやって来た夢色チェイサーが続く。振り向いたら負けさ(男性としての自信的な意味で)。見えなくてもわかる。

「ネネちゃんにある程度は事情を聞きました。ジュリを助けてくれたことには感謝してます」

「大したことはしてないよ」

 こけしの名前が出なかった辺り、道明寺君が家を出る前はまだ僕の相棒は眠っていたらしい。そろそろ目を覚ました頃かなと想像しつつ、タオルで全身を拭くと長い髪の毛があちこちに貼りついた。

「入社したばかりの頃さ。これから同じ職場で一緒に働く同期の桜がいてね」

 鏡に映る冴えない青々としたヒゲ面を前に、自販機の嘘みたいにチープな髭剃りの購入を検討しつつ「そいつが深夜ラジオを聞くのが趣味だって……ま、とにかくこっちがついていけない話題を振ってきたわけよ」と続ける。

「荻野もラジオを聞いたりするのって聞かれてさ、俺は一言『いいや』と答えたよ。かなり素っ気なく」

 まあいいか、ヒゲくらい。昔の人が言ってたぜ、安物買いの銭失いってな。……僕は「キレテナ~イ」の安全な三枚刃でもうっかり切り傷を増やすタイプなので、やっすい髭剃りだと大惨事になりかねません。自分……不器用ですから……。

「そこで会話は終了。どんな番組があるのか聞くとか、話を弾ませるネタはあったんだろうけどね」

「営業のテクニックですか」

「人として当たり前のコミュニケーションだよ」

 寝汗を吸った臭いTシャツから首を出し、その襟から生乾きの髪を手で掻き出す。この無駄に長く伸びた髪を切ろうともしないのが、どうやら僕には本気で社会復帰をしようという意欲がないって証拠なのかもしれない。

「……俺は、そういう当たり前のこともできないまま大人になったクチだから」

「マサキさんは感じのいい人だと思いますよ」

「そりゃどうも」

 艶やかな黒髪の下で、二重瞼に彩られた青い瞳が鏡越しに僕を見詰めている。道明寺君の妙に真剣な顔から視線を逸らし、上着という名のワイシャツにゆっくりと袖を通した。

「まあ、ガチンコ体育会系な兄貴達に鍛えられて、少しは空気が読めるキャラになったってことかな」

「そういうものなんですか?」

「半年かかったよ。一人で営業に出ても大丈夫だって、お客さん相手に粗相をしないだろうって認めてもらえるまで」

 赤の他人と仲良くなるためには聞き上手になることだ、相手が気持よく話ができる人間になるんだと辛抱強く教育してくれた人達には感謝してる。だから、その恩返しもしないまま逃げ出した自分が情けなかったのは事実だ。

「……ああ、そうそう。俺が正義の味方を気取ってる理由だったね道明寺君」

 脱線してしまったねと心にもない言葉で誤魔化し、適切な表現を頭の中で検索する。変に重くならず、それでいて僕と同じ魔法少女である妹を案じる少年を茶化すでもなく……。

「子供は大人が守るのが筋ってもんだ。子供に危ない仕事をさせて、守られて、のうのうと生きてる大人なんてさ、最低だよ。格好悪過ぎだろ? だから俺は、年甲斐もなくハッスルしてるってわけなんだろうな」

 僕はこれ以上、自己嫌悪に陥るネタを増やしたくないのだ。貧しい人間関係しか築けなかった人間は、自分で自分が嫌いになってしまったら……もう、どうしようもないのだから。


 道明寺家は四人家族+α。夫・博士と妻マルグリットの間にレイとジュリアの二子をもうけ、そこに人語を解すると言うか顎の形とか何とか物理的な法則を完全無視して喋る黒猫ネーネコニャが一匹。

 ネーネコニャが妖精であることは家族全員が知っているが、ジュリアが魔法少女であることは子供たちだけの秘密。それが道明寺家独特のルールというか何と言うか、むしろステレオタイプなアレって感じではあるが。

「レイ、雨が上がったぜ」

「雨上がりの街は慕情を誘う」

「誰かに恋してるのかよ、レイ」

「男には愛すべきものが存在しなければならない。そして、そのものを守るために戦わなければならない」

 突然だが道明寺レイは真性のアニメオタクである! 少なくとも彼は、ヒートガイジェイのDVDはセル専用なので「じゃあな、ジェイ。またな」するにはDVDを買うしかないことを知っている!

 聞いて驚きなさい。つまるところ、僕とこのかこいい男子の違いは、イケメンかブサイクか、ただそれだけなのよ。どう? ありていに言って、僕らの会話って、普通に気色悪いの。「千葉紗子最高~!」みたいな。

「ははは、元カノには『妹萌えって一生言ってれば?』って速攻でフられたんですけどね」

「ご愁傷さま道明寺くん」

「どうも僕は、いつも二言目にはジュリの話をしてたらしくて……」

「……そりゃ彼女にしてみればいい気はしないだろうね」

 つーか彼女ができてた時点で勝ち組ですよ、やっぱり男は中身だの何だのと理屈をこねても最初は見た目から入るしね。……一目惚れって間違いなくブサイクにはせんよなあ。

「いますかねえ、人見知りが激しい妹を心配するのは当たり前だって受け入れてくれる人」

「ああ……」

 そういう子なのか、彼女は。ネーネコニャの「不器用で、誤解されやすいけど、本当は優しい子」だという発言の意味がわかったよ兄ィ!! 兄貴の兄妹愛が! 「言葉」でなく「心」で理解できた!

 つまり、あの一級魔法少女ユーリィな道明寺ジュリアは天使小僧が言う“クールな一匹狼キャラ”なわけだ、例の第十三使徒マティアこと荻野真咲や少年時代の僕と同じく。人付き合いが苦手で、苦手だから自ら遠ざけて。

「ネネちゃんに出会って、ジュリは前向きになったんです。友達ができたって、学校のこと、話すようにもなって」

「いい傾向じゃないか」

「でも、また今回みたいな目に遭うのかなって考えたら……ね」

 気の利いた慰めだとか、勇気づけるような言葉だとか。「大人だからこそ言える」的な深いセリフの一つもひねり出せないまま、僕とシオンと道明寺君は少女達の眠るアパルトメントに辿り着いた。

 駄目だ……俺……。「シロッコォオオオオ。女たちのところへ戻るんだぁ―――!!」とか空気の読めないコメントしか思いつかない……。はあ、はあ、はあ、はあ(あくまでも溜息)……うっ。……最低だ、俺って。

「お帰り」

 清々しいまでに淡々としたものだった。熱い抱擁を交わすとか、言葉にならない大きな声でお互いに叫び合うとか、なんとなく泣いちゃうとか。現実は、いかにもな感動的シーンにはお目にかかれないものらしい。

 ようやく目覚めた眠り姫が、僕達の目の前で扉を開け……外に出て、音を立てないようにそっと閉める。ケータイを手にしていたあたり、心配している兄に復調した旨を伝えるつもりだったんだろう。

「……ああ、ただいま。大丈夫なの、身体の方は? 頭が痛いとかない?」

「平気」

 それが兄妹の絆と言えばそうなるんだろう。ジュリアの素っ気ない返答にも慣れた様子で、道明寺君ががしがしと妹の頭を撫でる。揉みくちゃにされた銀に近い金髪の下で、青い目がちらちらと僕らを見上げた。

 そうか。そう言えば、この子にとって僕は一ヶ月ほど前に一度会ったきりの他人でしかないんだった。……しまった、目覚めた後の事は何も考えてない。

「……やあ、また会ったね」

「お久し振りです」

 二級魔法少女・荻ノ花真咲の正体が僕のような成人男子と知ったネーネコニャの取り乱しっぷりを思い返し、どう立ち回ったものかなと思案しつつ「元気そうだね」と曖昧な笑みを浮かべて見せる。

 ……このクールな子に真実を告げたらどんな面白リアクションが返ってくるのかな、と悪戯心が騒ぐのはこちらも安心して気が抜けたせいなんだろうが。

「元気です、御蔭様で」

「……? ああ、あの時は災難だったね」

 一瞬、御蔭様でという言葉にこけしかネーネコニャが事の顛末を話したんだと思い込みかけたが、考えてみればいつぞやの珍騒動の話なんだろう。「地元の人なのね、すごい偶然」ってところだ。

 まあ偶然にしては物凄く不自然な再会なわけなんだが、彼女も魔法少女だけに“普通”の感覚がマヒしているらしい。どうにも、何でも「魔法だから」で片付く環境は人間の思考を雑にする気がする。

「あの時の友達は元気にしてる? ……何て言うかその、立ち直ってくれたのかな」

「……はい。美鈴は、強いから」

 ジュリアが視線を逸らし、頬を朱に染める。詳細を話すことは永遠にない予定だが、まあ、彼女の友人はその……女子中学生には刺激が強い体験をしたわけで。

 結局、腹を割って全てを話す事にした。僕が“魔女狩り”の最有力容疑者とみなされている以上、その特異性を曝け出して疑惑を助長させるなとコッコクェドゥースイナクシャータリアは言ったものだったが。

 事実、僕とジュリアが初めて出会った際に、ネーネコニャがその相棒に一級魔法少女ユーリィとして名乗り出ることを控えさせたのは“二級魔法少女・荻ノ花真咲”が当時から胡散臭い人物だと思われていたためらしい。

「――というわけなんだ」

 だが、それ以前にいい歳した大の男がロリっ娘に変身して「月に代わってお仕置きよ!」なんつってた事をカミングアウトする気恥ずかしさが想像を絶するものでありをりはべりいまそかり。

「いやね? 何も好き好んでペルッコ ラブリン クルクルリンクルしてたわけじゃないんだよ?」

「汗を掻き過ぎじゃ馬鹿者。小娘相手に何をしゃちほこばっておる」

「いやこれマジで物凄い羞恥プレイなんスって」

 狭いからと僕の膝の上に座り込み、不快そうに見上げるこけしを尻目に、猫に戻ったネーネコニャを同じく膝の上に乗せたジュリアの顔を見詰める。目を合わせようとしないのは、明らかにヒいているってことですね。

「……事情は“よく”わかりました。ありがとう御座います」

「お、恐れ入ります」

 姉さん、思わず敬語を使ってしまうほど冷たい声です。でも人見知りが激しい子だという実兄の証言も得ていたので、綾波やルリルリ辺りとリアでお話しているのだと妄想でもして気を紛らわせようと思います。

「メイちゃんによると、神谷ヒカルって子が俺達の地元に来るって宣言したらしくてね。会いに行ってみるよ」

「神谷って……一級魔法少女の神谷ヒカル?」

「らしいね。俺は妖精ネットって奴に顔を出したことがないからよくわからないけど」

「どうして来ないんですか、そう言えば」

「……君はこんなオッサンが小中学生の女の子の群れに馴染めると思うのかい?」

 注釈:魔法少女関連の報告も終えて、僕は既にホンマモンの女子中学生と何を話していいのかわからない状態になりつつあります。駄目だ俺……。この半年、ほとんど深夜アニメしか見てないから話題に困る。

 月9になったからって調子こいて「のだめカンタービレなら全巻持ってる」と発言したら女性社員にドン引きされたこともあったさ。ちくしょう、みんな漫画が原作のドラマは大好きな癖に。

「……まあ、そういうわけでもう帰るわ、お大事に」


 24歳、無職。ついでに彼女いない歴24年のキモオタ。僕がそういう立場にあることで、少女を一人救うことができたのなら……。それは、それなりに意味のあることなのだと思う。僕は運命論者ではないけれど。

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